第2385話・新年の始動と雪深い地にて

Side:久遠一馬


 まだ松の内を明けていないが、大評定が終わると織田家では仕事始めとなる。


 年間の休日はきちんと確保してトータルでの休日を増やしている分、長々と休む余裕は織田家にはない。


 まあ、もう十年も尾張だとそんな感じなので、皆さん慣れているけどね。


 今年最初の仕事は奥羽領に関する報告だ。評定で議論する前に、信長さんと信光さん、信康さんと家老衆と、オレとエルと季代子で集まっている。


 そんな中、地図を見た信長さんがため息をこぼした。


「陸奥と出羽か。改めてみると広すぎるわ」


 史実の東北を半ばまで領有化したが、明らかに領国の広さが違う。奥羽領、陸奥と出羽の半ばまで織田領になっているしね。


 経済規模や国力は高が知れているが、それ故に負担も大きい。事実上のウチの負担で維持していると言っても差し支えない。まあ、人材は織田家でもトップクラスの人を送ってくれているけどね。


「守護様と北畠家の助けが身に染みる土地なのよね」


 ウチが領国経営してやっとだからな。季代子も苦笑いだ。斯波家と北畠家の権威と伝手がないと恐ろしいことになっていただろう。


 戦で蹴散らすのは簡単だが、やり過ぎると人材がいなくなってあとで困るだけだし。広く広がる未開の地とか大変だからなぁ。


 まあ、従えても何割かは消えて行くんだが……。


 臣従した諸勢力や村も頻繁に問題を起こすんだ。これ織田領でもあることなんだけどね。バレなきゃなにをしてもいい。バレても謝罪すれば許されるとか、当主とか年寄りに腹を切らせたらいいと勝手なことばかりする。


 公金横領に勝手な年貢の徴収なんて日常茶飯事だ。さらにお家騒動や寺社内の権力争いも珍しくない。領地を失ったことで当主や寺社の住職に権力が集まりつつあるからなぁ。


 奥羽領以外だと次男以降や叔父などお家騒動を起こしそうな人、独立して自分の力で働くんだけどね。あっちはまだ権威主義が強い。


 ちなみに武士や土豪、村のまとめ役に寺社のお偉いさんまで、みんな揃ってそんな感じだ。この時代がそういう時代だから一概に責めても仕方ないが、当然許すことは出来ないし死罪か日ノ本の外への遠島送りになる。


 奥羽はあんまり大きな権力構造の変化や大乱がないことで危機感が足りないとも言えるし、権威権力がある者が割と上手くやっていると泣きを見るのは弱者なんだよね。


「捨て置かれた地だからな」


 細々とした報告をすると、信長さんは仕方ないと諦めにも見える顔をした。


 今までは見向きもされなかった土地に近い。形式だけでも従えればいいという感じで、日本海航路がないと見捨てるのではないかと思えるくらいに畿内や尾張の人の関心がなかった。


 現状で注目を集めているのはウチが関与しているからであって、それ以上ではないからな。


「それで、戦はどうなる?」


 悲観していても仕方ないと言わんばかりに信光さんが口を開いた。正直、あまり細々とした政策には口を挟まないが、奥羽領への派兵は常に武官衆の課題だからなぁ。


「出羽はあまり懸念がないかも。あの国は北方の海路をウチが押さえたことで勝敗は決まっているわ。多少動いても対処出来る。ただ、陸奥は伊達を中心にもう一波乱あるかも」


 出羽は長尾や最上が動かないと面倒にはならないだろう。どこもまとまりがないから一部がコソコソと動いているところもあるが、敵対行為まではしていない。


 対抗する動きを見せている伊達ですら、現状の関係は可もなく不可もなく。軍使を送って戦をするという段階ではないし、隣接する係争地もないし。奥羽領と接する葛西にちょっかいをかけているが、こちらには関係ないことだ。


「今年から農政も手を加えるわ。それで数年後には今より良くなるはず」


 そうそう、今年から馬鈴薯ことジャガイモと、寒冷地向けの米の試験栽培も計画しているんだ。普及させるにはまだまだ越えなくてはならないハードルがある。


 反対意見もまだあるが、奥羽、史実の青森県あたりはほぼ敵対勢力もおらず寺社もだいぶ大人しくなった。余所者が出入りしないようにしつつ試験栽培は始められそうなんだよね。


「最早、捨てられぬからな……」


 信康さんはなんとも言えない顔をしている。当初は駄目なら蝦夷に撤退してもいいという方針だったが、もう無理だ。


 ただ、もう撤退しない前提の戦略は考えている。


 最上は伊達に従属していた過去があり今も緩やかに従う感じだが、あそこ斯波一門だしね。なにより越後の景虎さんがほぼ動かないと思うことが大きい。


 エルたちと戦略を考えている。評定の裁定が下り次第正式に動くが。密かな根回しとかは数年前から続けている。




Side:上杉憲政


 越後の冬は厳しい。一面に広がる雪景色に心まで凍てつくような気がする。


 近江と尾張は良かったの。雪が降らぬことではない。なんと言うべきか。皆が笑うて暮らしておった。あの様子が忘れられぬ。


 寺社すら恐れる、仏の弾正忠の国と考えるとさもありなんと思うが。


「管領様におかれましては……」


 新年の挨拶に来るのはよいが、わしを領国も守れぬ愚か者と内心では軽んじておるのであろう? 共に越後まで落ち延びた者らでもそうなのだ。他の者は言うまでもあるまい。


「今年こそ、上野を取り戻しましょうぞ!」


 帰れとも言えぬので酒と料理を出してやるが、また上野の話か。代々の領国故取り戻したいところはあるが、ろくな策もなく戦だ戦だと騒ぐのは聞き飽きたわ。


 近江や尾張を見たからか。戻って以降、家臣らのあまりの愚かさに幻滅した。己が都合しか考えておらぬのがありありと分かるのだ。


 はあ……、酒も料理も美味しゅうない。料理番は責められぬので口には出さぬが、物足りぬ。尾張料理が食いたいの。久遠料理が食いたいの。


 なにを使うておるのか知らぬが、あまりに料理の味が違い過ぎた。塩すら尾張の塩は品があるように感じたほどじゃ。


 こやつらすべて織田にくれてやるので、代わりに料理番をひとり寄越してくれぬかの?


 斯波武衛は家臣を仏の弾正忠ひとりとした。なにを考えておるのかと首を傾げたが、今になると分かる気がする。


 わしも家臣を越後守ひとりに出来まいか? 上野を取り戻したとて、こやつらはわしの命など聞かぬぞ。


 まあ、無理であろうな。越後守とて、こやつらは要るまい。いかにあやつでも仏の弾正忠と同じことは出来まいて。


 ああ……、越後でも尾張料理や久遠料理が食えるようにならぬかの。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る