第2384話・大評定・その二

Side:久遠一馬


 恒例となったカレーライスでの昼食後、大評定が続く。


 午後は賦役と農政に関する議題なので時間を多めに確保している。大評定で一番議論が盛り上がるんだ。


 軍事と外交は全体に言えないこともそれなりにあるので、説明はするものの掘り下げて議論出来ないことが多いからね。賦役と農政はどんどん議論してほしいことのひとつだ。


 実際、自分たちの故郷が豊かになるにはどうすればいいのか? そんなことを考える人は年々増えている。所領でなくなったとしても故郷なんだ。それなりに地域への影響力はあるし、今後も残したいのが当然だ。


 農政に関しては、織田家で指定した作物を栽培させているところがそれなりにある。意見として多いのは、米などの高く売れる品を作りたいというものだ。これにはウチが持ち込んで段階的に普及させているトマトなどの野菜類もある。


 それ自体は当然の望みなんだけど、同時に織田領全域でどうやって飢えないようにするか。また流通などのコストと価格差をどうするのかも一緒に考えてほしいとお願いしている。


 現在、織田領は価格と流通を統制している。元の世界の歴史では、一時、織田信長の楽市楽座に経済が活性化なんて創作物があふれていたが、市場経済に任せてしまうと物価差により過疎地が発展どころか停滞、地域によっては無人化するだろう。


 この政策、対外的なこととして散々やっているんだけど、意外に理解していない人が末端には多い。


 さらに困ったことに、今の尾張には日ノ本各地から米が集まっていて米は不足していない。尾張の品物を買うことの対価として寺社の割符を使うなど、この時代の経済システムがあるのだが、最終的に諸国が対価として差し出すのは主に米なんだ。


 貨幣経済は浸透しているものの、貨幣を得るには品物がいるからね。結果として巡り巡って尾張に米や雑穀などが届く。


 この経済システム、守護クラスの武士勢力だとほぼ対抗出来ない。正直、斯波家と織田家でさえもウチが経済と流通を管理しているから抜け出せただけだ。


 昨年。東国は全体として不作傾向であり、関東は特にひどかった。ところが、関東から尾張に運ばれた米の量は変わっていないし、今年も変わらないだろう。


 飢饉であっても、自分たちはあれこれと欲しい品を買うのが身分ある者たちであり、その支払いを拒むことはほぼ出来ない。そんなことをすると面目が潰れるし、流通を担う寺社に睨まれて今後、品物を買えなくなる。


 結果として苦しむのは税を集められる末端の領民だ。


 少し話が逸れたが織田家による統制経済は、そんなこの時代において末端の領民にまできちんと品物が届くようにするための政策の要なんだ。


 そのためには売れる品物ばかり作っても困るし、米ばかり作っても困る。農業生産はなるべく安定した収量が望ましい。奥羽領や甲斐のように現在の米が気候風土に合わない場合はリスクが高すぎて植えられない。


 飢饉や天災を含めた対策を説明しつつ、地域によってはあまり売れない品を作るように命じるしかない。そこで格差が生まれるのは承知しているが、それを補うだけの支援をして必要な品が相応に届くように領内優先で頑張っているからね。


 とまあ、こういう話をここ数年は毎年しているんだが、今年も同じ議論が行われている。


 議論は大いに結構なことだ。あんまり内容が進まないことは少し困るが、末端の武士まで世の中の仕組みを理解してもらうにはまだ年月が必要だろう。領民単位に知ってもらうのはさらに苦労がある。


 寺社も武家も自分たちの不利になること言わないしね。そもそも末端に国のことを考えろという織田が異例なだけだ。


 今は議論という経験を積み重ねていくしかない。衆愚政治なんてする気はないので、全体を考えて政治に参加出来る武士は育てないといけない。


 封建体制で大枠を決めつつ武士で議論をする。今のところこの体制が一番いいと思う。現状ではね。




Side:飯富虎昌


 大評定か。わしがこれに参席するのは二年目故、昨年ほどの驚きはないが、恐ろしいことをしておると背筋が冷たくなるわ。


 愚か者を育てようとは酔狂が過ぎると言えば、お叱りを受けような。誰よりも優れ、皆を信じさせる内匠頭殿が選んだ道か。


 人がいかに愚かか、それをよう知る御仁だ。故に、皆が信じる。


 いかに善政を敷いたとて、代替わりしてしまえば世は荒れる。その繰り返しだからな。今の世は。内匠頭殿と奥方衆はそれを超えようとしておる。


 わしに声を掛けた理由も察した。これならば、わしのような愚か者にもやるべきことはまだある。内匠頭殿と奥方衆ですべてやってしまっては駄目なのだ。


 なんと我慢強い御仁だ。それだけで敬意を表する。


 懸念は……、やはり外か。あまりに違い過ぎるのだ。戯言ではなく、まことに仏の国と地獄の国ほど違うのではと思うほど領国が違い過ぎる。


 織田家中を朝廷や寺社の権威で従えようとしたとて、誰も従わぬわけだ。


「所領を廃するか」


「兵部殿?」


 思わず声が出てしまうと隣におった武官がわしを見ていた。話しかけたわけではないのだがな。勘違いしたか。


「他に手はないなと思うてな。甲斐は豊かな地とは言えぬ。故に分かる」


 米ばかり作ったところですぐに不作となる。かというて安値でしか売れぬ雑穀など作りたくないのは皆同じ。今までならば善政を敷いたとて、雑穀や大豆を作れと命じるだけ。それでは貧しき地は貧しいままだ。


 領内の銭と品物の流れを握ることで、貧しき地にも利と作物を分け与える。そのうえで皆で考えて飢えぬようにと雑穀などを植えるように命じたのだ。


 坊主どもが顔を青くして頭を下げるわけだ。この流れを止められるほどの者が寺社におらぬのであろう。


「左様でございますなぁ。内匠頭殿は尾張に来た頃から、支度をしておりました故。山には山の暮らしがあると申されてな」


 甲斐や信濃は、いかにしたとて尾張のようにはなるまい。それを端から承知でせめて飢えぬようにと差配する支度をしていたか。


「武士は銭の使い方を教えぬからな。それが間違いの始まりであろう」


 寺社が賢いこともあろうが、銭が不浄などと軽んじることがようなかった。所詮、戦で業を重ね血塗られた武士なのだ。不浄などと言わず、もっと銭の使い方を学ぶべきであった。


 まあ、今更なことか。



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