第2383話・大評定

Side:今川義元


 大評定か、思えば奇妙なことをしておると思う。


 抜け駆けや勝手なことは許さぬが、主家の政を事細かく教え、献策や己の考えを述べる場を与える。


 皆に知恵を出させることが狙いなのは分かる。今のところは知恵を与えておるだけとなるが、いずれ時が過ぎればこの場で皆が知恵を出すことを望んでおられるのじゃろう。


 誰が治めても荒れぬ国とする。なんとも難しきことをしておるわ。


 もっとも今の清洲は、武家とも朝廷や寺社とも違う政をしておる。斯波家が治め、織田家が政をする。要となるのは久遠家だ。


 今以上に、よき形などあるのであろうか?


 今川の領国であった駿河も変わった。街道と湊を整えておる。駿府には公民館を置き、そこには学校と診療所がある。


 駿河の様子は変わりつつある。当初は織田からの独立を願う者が多かったが、時が過ぎるに従い左様な者らは減っておる。


 寺社に限らず、武士も民も己が力で生きることを良しとしておったというのに。目下の者を従え己が意のままに使いたいが、己は誰かに仕えるのは嫌だと言うのが皆の本音。


 左様な者はかつての暮らしがよいと不満を抱える者もおるが、ならば独立せよと言われるのを恐れて誰も口にせぬ。信濃の仁科騒動以降は、内々で騒ぐ者も減ったと報告がある。


 多くの者は新しい治世で生きることをすでに考えておるのじゃ。


 駿河は隣国に伊豆と相模がある。北条は十年も前から織田と通じており友誼があるので懸念があるわけではないが、格差が見えておる領境では面倒なことになっておるところもあるからの。


 人とは勝手なものよ。己らは織田家に受け入れてもらったというのに、駿河の諸勢力でさえ関東など厄介しかない。関わりたくないと公言する者まで出始めておる始末じゃ。


 つらつらと考えておると、話は関東に及んでおった。


「春の麦が不作とならば関東は荒れるやもしれぬ。信濃、甲斐、駿河には関東への対処として武官の増員や戦の備えを積み増す」


 家老衆の言葉に少しどよめきが起きた。上杉と北条の係争地である上野を除くと北条の領国じゃからの。よう知らぬ者だと上手くいっておると思うておったのであろう。


 無論、北条家とは上手くいっておる。北条が一枚岩でないことが厄介なのじゃ。氏康はすでに関東制覇など考えておるまい。それどころか信のない国人を切り捨てる機を探しておるように思える。


 上野での動きもそうじゃからの。長尾も北条も戦はすれど、大事になる前に双方共に引いてしまうのじゃ。


「北条となにかあったのでございますか?」


「いや、北条家とは変わらぬ。だが、関東はなにかあるとすぐに荒れるからな。流民も多いのだ」


 誰ぞの問いかけに家老衆が答えるとまたざわめきが起きた。家老衆も事細かに話してやっておるが、関東と離れておる尾張や美濃などの者らは今一つ理解が及んでおらぬ。


 家老衆が苦慮しておるのが分かる。もう少し話して聞かせる必要があるな。わしが話したほうが良かろうな。




Side:久遠一馬


 今年の大評定は、大きな目玉となるような人事異動も新政策もない。細々とした運用の改定や人事異動はあるけど。


 前年に続いて信濃の代官交代も議論したが、やはり産休中の人事異動は反対する人が多い。


 加えて信濃警備奉行である佐々孫介さんからは、あと数年でいいので現状の維持をしてほしいと報告書も上がっている。


 仁科騒動と神宮との関係悪化があるから、あそこは現状維持しかない。


 少し議論が起こったのは関東対策の変更だった。


 もともと備えは十分にしてあるが、さらに備えを増やす。上杉憲政さんと長尾景虎さんが史実同様に北条攻めをする可能性も考慮している。


 さらに両名が動かないことで関東が更なる泥沼になることも考えられ、とにかく国境沿いを固める支度はしておかないといけない。


 無論、北条から要請があれば援軍を送る支度も今からしてある。まあ、これは単純な派兵以外の選択肢もあるので、裏ではもっといろいろと検討と支度しているが。


「少しよいか? わしから関東の争いについて話したいのじゃが」


「今川殿か、頼む」


 関東の難しさをどう伝えるか。家老衆もなるべくみんなに分かるようにと伝えていたが、苦労をしている様子を見た今川義元さんが動いてくれた。


 駄目そうならウチで説明しないと駄目かと思ったんだが……。さすがに動く時を知っている人だ。


「関東ではここしばらく北条が叩かれておる。無論、それに値する理由もある。されど、あの地は昔から争いが絶えぬ」


 前に出て語り出した義元さんの言葉を、皆さん静かに聞いていた。


 ざっくり言うと、誰がどうやって勢力を広げても現状では関東は争いが絶えないってことなんだよね。


 頼朝公が関東で政をした影響が今も残っている。独立心が強いのはどこも同じだが、尾張よりずっと前から畿内と対峙してきた人たちだからね。いろいろと難しい。


 それと飢饉についても義元さんから説明してくれた。


 領内は清洲で物流をコントロールしているので、飢饉に対する危機感があんまりないんだ。各地の代官や末端の武士には必要な情報として関東の不作などは伝えてあるけど、自分の役目に関係ないとそこまで危機感は持てないのが実情だからなぁ。


「つまり飢えた民が一揆のように押し寄せてくるやもしれぬと……」


「そうじゃ。今年の麦と米の収量次第じゃがの。関東で飢饉に備えておるのは北条一族と重臣だけ。あとはすぐに飢えるぞ」


 正直、一年程度の飢饉は珍しくないんだが。とはいえ去年と今年の飢饉は歴史にも残ったくらいに大規模で被害が大きい飢饉なんだ。


 義元さん、そういう史実を知らないはずだが、織田家の動きから最悪の可能性を察しているらしい。


 ほんと、あの人を駿河に戻してよかったとしみじみと思う。


 こういう可能性の説明をウチがやらなくてもしてくれる。今までにはあまりなかったことだ。


 そのまま義元さんと家老衆、それと武官衆が対関東の説明をしつつ対策を議論していく。


 西が思った以上に安定しつつあるから、今年は東に備えの比重を置いても大丈夫だろう。


 まあ、憲政さんと景虎さんの様子を見ると、史実のように動くとは思えないんだが。


 結局のところ飢えると争いが起こるのは止めようがない。最悪の場合として、北条への援軍を出してそのまま関東の平定も視野に入れた検討は以前からしてある。


 あくまでも検討って形だけになるが。検討だけなら奥羽領への援軍や三好家への援軍も含めてずっとしていることだ。


 今の織田家だと遠征が当然になるからな。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る