第2382話・新年の宴

Side:久遠一馬


 烏賊のぼり大会を終えると、斯波家と織田家の新年会となる。


 細々としたところを除くと昨年新規で臣従した大物はいないので、今年の新年会で新顔なのは僅かだけだ。


 領国が落ち着くと、新年会も特に悩むこともなく楽しめる。


 去年はやはり義輝さんの婚礼が大きかったなぁ。その影響は年明けた今日も感じる。織田家も大きくなったからね。南朝方だったところなんかは安堵していると聞いている。


 実のところ、南北朝の因縁を終わらせて、なにかしらの実利を得たところは多くない。とはいえ、代々の不満や因縁がようやく解消されたことで、それに絡む細々とした因縁も解消しようという動きが家中にはある。


 所領があった頃に近隣と争うとか珍しくなかったが、突き詰めると南北朝の争いが絡むとかよくあるんだ。


 織田家や織田領では過去の因縁やしがらみの解消が盛んだからね。


 心なしか新年会を楽しむ人々の表情も明るい気はする。慣れてくると誰でも楽しめるようにお酒を強要しないように命じているし、今年も形式とか作法は最低限にしてある。


 形式と作法は大評定のほうで残しているから構わないだろう。公私の区別。これをこういうところから取り入れて行きたい。


「いやはや、某がかような席を賜るとは……。武衛様のお心の深さに感銘を受けておりまする」


 ああ、今年初めて参加する大物がひとり。朝倉宗滴さんがいる。割と上座に近いお客さんの座る席次で周囲の皆さんと酒を酌み交わしている。


 宗滴さんを呼んだのは義統さんの判断だ。


 斯波家や織田家の公式行事には基本呼ぶことはなかったが、新年を祝う宴にそろそろ呼ぶかということになった。これも昨年の南北朝の因縁解消の影響だ。


 義統さん自ら斯波家の因縁を解消する姿勢を見せることを決断した。


 今のところ体調は安定しているし、余命幾ばくもないということではない。ただ、もう若くないのは誰の目から見ても明らかだ。そろそろ許す道筋をつけてやらないと、万が一亡くなったら、そのまま争いとなることもあり得る。


 この決断には昨年近江で朝倉義景さんと会談したことも影響している。斯波家を上位と認め自ら挨拶に出向いていたし、オレと会った時に戦はなんとしても避けると明言した。そんな義景さんの覚悟と態度への返礼の意味もある。


 正直、宗滴さんが最後まで許されなかったという形は良くないと誰もが理解している。斯波家としても自ら許すとは言えないが、もう朝倉との因縁を拗らせている余裕はない。


「年始の慶事じゃ。よいよい。それに越前が荒れると、ようやく落ち着いた世が乱れるやもしれぬからな」


 宗滴さんと笑顔で会話する義統さん。その姿をみんなが見ている。この影響は計り知れない。これで家中の因縁解消がより進むだろう。


 若狭も加賀も厄介だから、ほんと越前朝倉が安定する意味は未だに大きいんだよね。若狭管領とか安房の里見みたいに意地を張ったままのところとか、堺のように責任取らないところは和解のしようもないけど。


 オレは周囲の様子を見ながらのんびりと料理とお酒を楽しむ。


「お雑煮、美味しいね」


 おお、今年のお雑煮も白醬油を使った上品なものだ。これもウチが尾張に伝えて生産しているものだが、醤油の色が琥珀色に近いくらいに薄いので料理として使うと見た目がいいと大人気だ。


 丸い餅と餅菜の青物に鶏肉も入っていて色合いもいいな。


 ちなみにお雑煮はオレたちが来る前からあるものだ。そんな伝統と醤油や鰹節などウチが持ち込んだ新しいものを取り入れつつ、織田家のみならず各家で独自の味を楽しんでいるだろう。


 その土地で手に入りやすい食材などを取り入れつつ、食文化が発展していくのが楽しみのひとつなんだよね。


 いつか、みんなとのんびりと旅でもしながら、その土地の味を楽しんでみたいよ。




Side:朝倉宗滴


 今まで呼ばれることのなかった年始の宴に招かれた時には、流石に驚いた。幾度か祭りの最中の宴に出たことはあるが、さりとて年始の宴は家中の皆が集まるところ。祭りとは別格だ。


 なんと慈悲深き者たちであろうか。武衛様を筆頭に、皆がわしを気遣ってくれる。


 因縁ある相手ぞ。他家ならば、この機に従え潰そうとする。それがわしの体を気遣い労ってくれるのだ。


 慈悲の国。まさに仏の国としか言いようがない。


 今日の宴の前に、武衛様には招いていただいた返礼に出向いたが、そろそろ因縁を解きほぐしていきたいと直にお言葉があった。


 越前の殿が近江にて、和睦の道筋を自ら切り開かれた様子。乱世にはあまり向かぬお方と案じておったが、いつの間にか頼もしくなられたものだ。


 座してはおれぬな。わしも自ら方々に酒を注ぎにゆかねば。まずは武衛様から……。


「人はなにがあろうと、最後まで諦めずに生きねばならぬのだな。そなたを見ておると、一馬が言うておることが正しいと分かる。死んで忠義を尽くすのではない。生きるからこそ成せることがある。そう教えられた」


「過分なお言葉を賜り、恐悦至極に存じまする」


 内匠頭殿は死を美徳とすることを好まぬのであったな。無論、己の命を懸けて成すことは時として必要であろうが、死した者の面目や意地など多くの者は忘れてしまうからの。


 命の大切さ。命を懸けた者たちの大切さ。内匠頭殿は決して忘れぬのであろう。故に戦を嫌い争わぬように動く。


 ふと武衛様が内匠頭殿を見ておられるのでわしも見てしまったが、近くの者らと楽しげに話しながら酒と料理を楽しんでおる。


「我らは運が良かったの」


「はっ、まことに……」


 顔が綻んだ武衛様のお言葉に、わしもついつい笑みをこぼしてしもうた。因縁に囚われて末代まで争うなど御免被る。


「畿内の真似事をしたとて上手くいかなんだからな。我らは我らの道を生きるしかあるまい」


 それは尾張の、いや東国の皆が思うておることかもしれぬ。畿内の真似をしても上手くいかぬ。そこに突如現れた久遠が新しき道を示した。


 争いの先には争いしかあるまい。少なくとも今の世ではな。


 朝廷の不始末であった南北朝の因縁を解きほぐしたのは、久遠の助力を得た武士なのだ。この事実は、この先も大きく残ることであろう。


「武士に足りなんだ柱が、今はありまする故に」


「柱か。上手いことを言うの」


 久遠とは城の柱のようなものなのだと思う。朝廷という武士を爪弾きにする御殿の柱ではない。皆を受け入れる武士の城にある柱。


 それ故に、天の気まぐれで雨が降ろうと雪が降ろうと城があると信じて動ける。


 まさか、斯波家と因縁がある朝倉まで受け入れてくれるとは思わなんだがな。


 生きねばならぬ。武衛様もおっしゃる通り。今しばらく今の世から変わるための時を稼ぐためにも。



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