第2380話・年始に働く者たち

Side:とある職人


 巷では年始の祝いをしているが、ここはいつもと変わらねえ。


 オレたちは鉄道荷車トロッコに蒸し石炭を積み上げていく。なにがあっても火を絶やせない尾張たたらに蒸し石炭をくべるためにな。


 この時期はさすがに褌一丁で働く者はいねえが、それでも働いていると暑くなるから着物一枚だ。


 家族は今頃、餅やご馳走を食うているだろうなぁ。一緒に正月を過ごしたいが、これも仕事だ。正月には俸禄とは別に褒美がたんまり出るんで文句はねえ。


 近頃は清洲や那古野でも見かけるようになった久遠物も、ここじゃ村が出来た頃から手に入った。金色酒なんて、いくら飲んでも困らねえくらいに安い。


 祝い事や不幸があると久遠様のご家中の方が顔をだしてくださり、慶事には祝いの品を下さる。


 近頃はお忙しいらしく、工業村に顔を出すのはたまにしかないが、いまだにオレたちと子の名前まで覚えておられるんだ。


 あれから十年が過ぎ、久遠様は立身出世をされオレたちと身分が違うんだけどなぁ。


『この高炉の鉄が、尾張を支えていくんですよ。よろしくお願いします』


 高炉、尾張たたらの本来の名だ。火入れの時に久遠様がオレたちを集めて話されたことは今でも忘れてねえ。ここの鉄は畿内や関東にまで売られていく。東国に出まわる鉄の大半はここの鉄じゃないかって言われるほどだ。


「おーい。飯だぞ」


 もうそんなに過ぎたか。ここじゃ交代で飯を食う。オレたちは近くにある食堂に行くと、先に飯を食っていた奴らが満足そうな顔で仕事に戻るところだった。


「今日の飯はすげえぞ」


 ニヤリとした男たちの顔に空きっ腹が騒ぐ気がした。今日は正月の祝い飯だからな。


「おお、なんと豪勢な……」


 雑煮には伊勢の大海老まで入っているじゃねえか。他にもかずのこ、黒豆、正月巻、黄金栗とか食いきれないほどある。


「あはは、祝いの膳みたいだな」


 たしかに、尾張を出るとなかなか食えない料理だろう。


「織田様の領地を出ると、金色酒飲むだけでお叱りを受けるらしいからな」


 近江御所に働きに出ていた大工たちが、そんなことを愚痴っていたな。せっかく近江にいるんだからと近江の商人から酒やら食い物を買うておったのだが、贅沢が過ぎると叱られたとか。


 織田様のご家中の方に話すと、すぐに伊勢の商人が品を運んでくれたからよかったと言っていたが、あの話を聞いて近江に行かなくて良かったと安堵したもんだ。


 公方様の御所以外にも町を造っているらしく職人も集めていたが、尾張から移住したって話は聞かねえ。


 別に公方様や六角様が悪いわけじゃないんだろうが、余所に行くと扱いが悪くなるうえ、先々の暮らしが分からなくなるからな。ここにいると倅たちが職人にならなくても役目を与えてくださる。


 なんでも学問が特に得意な奴がいて、文官として仕官しないかと誘いを受けて武士になった奴もいるからなぁ。


「うわぁ。今年の雑煮は美味いな! 食うたことがない味だ」


 大袈裟なやつだ。どれ……。


「確かに美味い」


 酒が欲しゅうなるなぁ。まあ、それは夜まで我慢だ。


 しかし、こんなに美味い物を食って腹が驚かなきゃいいがなぁ。




Side:とある臨時警備兵


 新年三日だってのに、意外と出歩いている奴らが多いな。


 そろそろ夜も更けようという頃、道端で酔いつぶれている男がいる。近隣の者が知らせを寄越したことで様子を見に来たんだ。


「おい、こんなところで寝ると死ぬぞ。お前どこの者だ?」


「あ~、オレは土岐美濃守ぞ~。頭が……高い……うえええ」


 土岐? そんなわけがあるか。武士じゃないのは身なりで分かる。馬鹿騒ぎして悪酔いしてやがるな。しかも戻しやがった。汚ねえな。


「土岐美濃守様はとっくの昔に身罷られたよ。お前もそっちに行くか?」


「あはは、それは困る。子がおるんだ……うえええ……」


 警備兵が近くの家から水を貰ってこいと言うので、遠巻きに見ていた者に頼んで水を分けてもらう。


 おらは年の瀬と正月のうち、数日だけ警備兵の手伝いをしているだけの下っ端だ。


「ほれ、水だ」


「ああ、すまねえ」


 一昔前なら、こんな酔っぱらう奴いなかったんだがなぁ。そもそも外でこんなに酒を飲めるのは、身分あるお方か銭がある商人くらいだ。


 それに、おかしなところで酔いつぶれてみろ。銭どころか着物や褌まで奪われてそこらに捨てられる。


「立てるか? って無理だな。こいつ寝ちまいやがった」


 水を飲んだら寝ちまっていびきをかいている男に、警備兵も見ていた奴らも呆れてしまう。


 身なりからして賦役で食うている男だろう。


「おい、大八車に乗せるぞ」


「ああ、分かった」


 捨て置くと朝には冷たくなっているだろう。新参者らしく見ている奴らも知らん男だとか。仕方ないので引っ張ってきた装甲大八車に乗せて奉行所まで運んでやることになった。


「まったく、祭りや新年になるとこういう奴が増えるんだ。奉行所は旅籠じゃないというのに」


 愚痴りつつも警備兵は悪うないと言いたげな顔をしている。刃傷沙汰や賊の討伐よりはいいからだろうな。


「それだけ尾張が豊かになったんだろうな」


「ああ、そうだと思う。下郎だ愚かだと端の者を人とも思わない国は嫌だからな。オレだって警備兵になってなきゃ、こいつみたいに飲んだくれていたかもしれねえ」


 警備奉行所に戻ると、同じような奴が何人か寝かされていた。こいつも寝かしてやり寒くないようにと余っている着物を掛けてやる。


 どんな夢を見ているのか。気持ちよさげに眠ってる。


「おーい、もう一度見回りに行くぞ」


 警備兵と共に外に出ると、冷たい風に身震いした。首元に巻いてある手ぬぐいで着物の隙間がないように身なりを整えると、皆で歩き出す。


 いつの間にか正月も働いている者が増えたな。寺社では初詣とやらをする者を迎えるために働いているし、境内では物売りの姿も珍しくなくなった。


「今年もいい年になるといいけど……」


 多くは望まない。ただ、今の暮らしが続けば……。


「なにかあっても、皆で力を合わせて生きていける国にするのだそうだ。祈ってばかりいてもよくならねえのは、京の都やら畿内を見ていると分かるからな」


 天に祈るように手を合わせたオレに、警備兵のひとりがそんなことを教えてくれた。


 確かにそうかもしれねえな。ただ、尾張だとみんなで祈ってみんなで働いているはずだ。きっと神仏も見ていて下さる。


 そんな気がする。



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