第2379話・宴の席にて

Side:久遠一馬


 年空けて二日、斯波一族と織田一族の新年の宴だ。


 ここ数年恒例となったもので特に目新しいことはないが、落ち着くべき形に落ち着いたというべきか。


 所領が広がり、同族ですべて治めることは出来ない。もっと言えば、同じ一族が役職や地位を独占するのは必ずしもいいことではない。


 ただまあ、内外に複雑な血縁や権威、因縁などが渦巻くだけに、一族で一定の結束を保つことは必要だ。すべてにおいて実力主義というのも、それはそれでデメリットがある。


 男衆と女衆に分かれて、あとお市ちゃんが始めた子供たちの新年の宴もしている。まあ、例によって人数が多すぎるウチは全員で参加することは難しいけど。


「流民と牢人はいずこでも疎まれるな」


「致し方あるまい。近江でも流民が要らぬと騒いでおるとか」


 あれこれと会話が聞こえてくるが、愚痴のような悩みのような話もされているようだ。


 命からがら村を捨てて僅かな雑炊でも食えるだけありがたいという者もいれば、あれこれと不満を抱えて騒ぎを起こす者もまた多いからな。


 特に織田領だと流民や牢人でも食えると噂が広まりつつあり集まる人の中には、自分の満足する暮らしでないと不満を抱える人は増えつつある。


 織田領だって新参者は楽ではない。飯は食えるが生活を整える資金まで出しているわけじゃないから、各自で努力が必要なのは変わらないんだ。腕っぷしや身分で欲しいものや待遇が手に入ると勘違いしている人は、適応出来ないまま罪を犯してしまう事例も意外と多い。


 特に畿内からの流民は鄙の地だと初めから尾張を見下しているからなぁ。


「装甲大八車はよいな。賊の討伐にちょうどよい」


「ああ、尾張ではあまり見かけぬが、他国と接するところは次から次へと賊がくる」


 あっちでは装甲大八車の話をしている。すでに配備は進んでいて、特に警備兵が使う対槍対弓矢の二型は評判が上々だ。


 警備兵、原則生きたまま捕縛なんだけど、抵抗する場合はその限りじゃないんだよね。詮議をするために何人かは生かして捕らえるように指導しているが、全員を生け捕りにする必要はない。


 昨年には八風街道と千種街道で賊討伐をしたが、同じように山に潜伏して里に下りて悪さをする山賊のような者も一定数存在する。


 警備兵も大きな街道沿いは別として山の中まで常時見廻り出来るはずもなく、道なき道を移動して領内に入られると対処が難しい。


 無論、一度でも村や畑を荒らすと、近隣の山で賊がいそうなところは捜索するので討伐されてはいるのだが。はっきり言えばいたちごっこになっている。


 織田領だと村や寺社が賊と取引することはないので、土地に根付いて暮らせないんだけどね。貧富の格差がある限り、この問題の解決は難しいだろう。


 装甲大八車、実際に討伐に使わなくても、荷を運んだり討伐した賊を運んだりと使い勝手がいいらしい。


「ほう、熊野方は左様に無防備なのか」


「ああ、備えなどあってないようなもの。案内する船はいるがな」


 また別のところでは佐治さんが海のことを話していた。


 海は不特定多数の賊が潜伏しない分だけ治安はいいんだよね。不審な船がいるとすぐに水軍に通報されるし、山賊と同じく村や寺社が相手にしないと食い物を手に入れることは出来ない。


「よくそれでやってゆけるな」


「こちらとの争いはないからな。西から来る船が領内を荒らすことや近隣との小競り合いはあるらしいが、それよりも尾張にて働いたほうが実入りはいいそうだ」


 佐治さんの話にも少し考えさせられる。もともと自助努力な時代だけに治安維持という概念すらあまりない。多少治安が悪くなっても稼ぐことが優先なんだ。


 海の賊は流民というより近隣の勢力だからな。織田領には手を出さないが、隣接する熊野や伊豆などでは割と治安が悪い地域がある。


 織田領では掟に従い悪いことはしないが、織田領を出るとやりたい放題になるなんて人は普通にいる。


 ほんと警備兵や武官をきちんと配備して地域との連携をすれば、大きな被害はないんだけど。


 領外の者たちが次から次へとやって来て領内を荒らしたり盗みを働くことで、織田家や領内において余所者などと関わりたくないという内向きな政策が好まれる原因になっているんだよね。


 領内だと話し合うことも協力することも出来るが、余所はそういうのすらないから。




Side:斯波義信


 新年の宴。斯波と織田の者しかおらぬ故に気が楽だな。要らぬ世辞を言うて取り入ろうとする者もおらぬ。


 なにも考えず宴を楽しむ者もいれば、あれこれと愚痴をこぼして己の役目の相談をする者もおる。


 所領がなくなったことで近隣との小競り合いをしなくてもよくなり、一族や家臣らの間での諍いが減った。


「そうか。それはよいの」


「はっ、随分と楽になり申した」


 父上もまた酒を継ぎに来る者らと話しておるが、日頃のたわいもない話をして楽しげだ。


 今の斯波家と織田家の立場を思えば、将軍家ほどではないにしても相応の体裁と形式を整えるのが本来の形のはず。


 ところが誰も左様な話をする者がおらぬ。


 近年で形を整えたのは大評定くらいだからな。宴は昔のままだ。


 親と子の形も変わった。父と母と子が共に飯を食う。民と同じことを今では斯波家でもしておる。わしとて父上と母上と飯をくうようになったのは、ここ数年だ。


 ふと見渡すと、留吉はいつの間にか簡素な絵を描いて見せており、周囲には人が集まっておる。


「そなたはまことに上手いなぁ。見た目は絵師には見えぬのだが……」


 今年は一馬の猶子たちもいるのだ。留吉と数人の者が宴に加わっておる。当人らが遠慮しておった故、去年までは出席しておらなんだが、わしが誘い来てもらった。


 一馬は当人たちが望まぬならば出ずともよいと考えておったが、一度くらいは同席してもよかろうと思うてな。


「私にはこれしか出来ませぬから」


 戦も減り穏やかになった。それなりの身分がある者は茶の湯や書画を嗜む者が増えたからの。留吉の描いておる姿に興味のある者は多かろう。


「いや、何事も極めんとするのは難しいことだ。よいではないか。誰もが槍を持ち争うような世はもう終わった」


 留吉は相も変わらず謙虚よの。上様の御所に襖絵と南蛮絵を納めたほどの絵師なのだが。放っておくと、そこらの武士より格下に見える立ち居振る舞いになる。特に今のように警護の者などがおらぬとな。


 当人も気を付けておるようだが、一馬ほどその場その場に応じて変えることは出来ておらぬ。


「次はわしを描いてくれぬか?」


「はい、少々お待ちください」


 なんというか、ゆるりと宴を楽しめばいいと思うのだが。あやつは常に絵を描く道具を持ち歩くからな。いつのまにやら似顔絵を描いておるわ。


 まあ、当人も楽しそうなのでよいと思うが……。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る