第2376話・大晦日
Side:久遠一馬
大晦日だ。ウチの屋敷はいつもより賑やかだろう。
妻と子供たち、猶子の子とその家族、孤児院の子たちと、とにかく若い子と子供たちが多いからね。
ほんと子供たちはみんなで面倒を見て、みんなで遊ぶ。権威とか序列とか、そんな形の欠片もないが、個人的にはこの形が気に入っている。
「う~う~」
「どれ、いかがした? 怖い夢でも見たか? よしよし……」
お年寄りたちも元気だ。オレたちが来た最初の年の流行り風邪で捨てられたお年寄りの皆さんだが、みんな今もピンピンしている。
そろそろお迎えがと言いつつもう十年を過ぎた。もっと十年でも二十年でも生きてほしいね。
「せっそんさま、えがうまいね?」
あっちでは雪村さんが子供たちに水墨画を描いて見せてあげているが、ひとりの子が褒めると雪村さんは笑みを見せた。
聞いていると思わず苦笑いが出そうになるね。本職の絵師に絵が上手いと褒める。気分を害さないかと少し心配だ。
「そうじゃの。上手く描けるように励んだからの」
本人が気にしていないみたいでホッとする。学校の教師であり、織田領にいる絵師のまとめ役もしている。他には他国からくる絵師の世話とかもしているんだよね。
「うわ!? そうてきさまつよい!!」
「うわぁ。そうくるのね」
あっちでは宗滴さんが妻と子供たちと一緒に久遠絵札ことトランプをしている。
「上手くいったの。負けたかと思うたわ」
カードゲームも強い。駆け引きが上手いんだ。歴史には朝倉宗滴はカードゲームが強いと残るんだろうか?
あと宗滴さんの近習の人たちもすっかりウチに流儀になれたようで、周囲の子たちと遊んでくれている。
ちなみに宗滴さんの評価は今も高いままだ。一昔前と違い、織田家中の皆さんも外交と因縁の難しさを痛感していることもある。
斯波家のお膝元で命尽きるまで生きることで斯波と朝倉の因縁を軽くしようとしている姿に、織田家中の皆さんも、武士の中の武士だと心酔する人すらいる。
余生すら主のために捧げる。この時代でさえ、そこまで貫ける人は多くない。
「……おうたききたい。いつきける?」
「そうね。みんなで一緒に歌いましょうか」
みんなそれぞれに楽しんでいるが、ひとりの子が遠慮がちにお願いするとニッコリとほほ笑んだラクーアが快諾した。
「拙者も歌うでござる!」
「ハモリなら任せてほしいのです!」
すずとチェリーがすかさず加わる。賑やかな歌になりそうだ。ウチの年越しはこのくらいでいいね。みんなで大騒ぎして楽しんで、疲れたら寝るくらいでいい。
オレは一緒にいるロボとブランカを撫でながら、のんびりと楽しもう。
ただ、二匹とも結構な歳なんだよね。今のところ元気だが、そろそろ若返りの処置をすることを考えなくちゃいけない。
ただ、もう少しこうして一緒にいたいんだよなぁ。
Side:かおり
まだお昼を過ぎたばかりですが、子供たちを順番にお風呂に入れてあげます。気持ちよく新年を迎えさせてあげたいですからね。
「ごしごしする?」
「ええ、優しくね」
「うん!」
本当に子供が多いのですが、年上の子は下の子の面倒を見ようとしてくれるので助かりますね。
年長の子がやんちゃ盛りの子の面倒を見てくれている間に、私は琉璃と一緒に赤子や歩き始めたばかりの子を洗ってあげましょう。
「まーま! まーま!」
「うん? 気持ちいいのかな? どう? かゆいところない?」
子供たちも琉璃も楽しんでいるようで、なによりです。
「十分温まった?」
「温まったよ!」
風邪をひかぬように湯船で温まった子は、脱衣所にいるプリシアとアイムに任せます。
屋敷のお風呂は複数で入れるようにと広いのですが、それでもこれだけ人が多いと大変ね。
日頃からお風呂に入っている子たちだから、そこまで汚れているわけじゃないけど。人数が多いと湯船の中のお湯が少し汚れてきた。
「プリシア、そろそろお湯を入れ替えるわ」
「了解、みんな。一旦、あっちで遊んでて」
「はーい!」
今浴室にいる子たちを終わらせたら、一旦お湯を抜いて浴槽を洗いましょう。
「かおりさん、代わるわよ」
「ううん、まだ大丈夫よ」
浴室でずっと子供たちの世話をするのは大変なことね。ただ、こういうのもまた楽しいと思えるようになった。
「おらがあらう!」
「わたしも!」
「あら、そう? じゃお願いね。私はこっちを洗うから」
お湯を抜いた浴槽を洗おうとしていると、子供たちが手伝ってくれる。私は洗い場を軽く掃除しましょう。
楽しげにお手伝いしてくれる子供たちを見ていると、ふと、私が子供だったらどうしたんだろうなと考えてしまう。
仮想空間で生まれたアンドロイドである私に子供時代なんてなかったから。
案外、今とそんなに変わらないのかなと思うと可笑しく思える。経験が少ない分、私は子供たちにもいろいろなことを教わって生きている。
さて、あと少し頑張りましょうか。
Side:イザベラ
ウルザとヒルザと共に尾張に戻って、ゆっくりとした時間を過ごしている。
「へぇ。そうなんだ。やっぱ代官は大変だね」
仲間のみんなや子供たち、孤児院のお年寄りたちと一年のことを語るのは、なによりの楽しみになる。
リアルで得た経験はなるべくみんなで共有することを心掛けて、この十年余り頑張ってきた。ただ、それでもリアルは奥深く難しいと教えられるわ。
「分かっていることでも皆で考えて確と命じる。これは大切ね」
司令の元の世界だと無駄だと言われることもある会議や飲み会。これの大切さを私は信濃に行って学んだ。
社会が成熟した時代なら不要なのかもしれないけど、日々変わるこの時代では人と向き合い話すことがなによりの方策になる。
「信濃が落ち着くと一安心ですね」
「そうね。関東は難しいから……」
私の話にセレスとメルティが安堵している。今の織田家が関東と争いになる可能性はそこまであるわけじゃない。ただ、なにが起きてもおかしくないと言えるだけ世の中は変わりつつある。
信濃だって少し前までは悩みの種だった諏訪神社が、寺社の権威と繋がりを活用して織田家を支え始めた。北信濃の善光寺もそれに習いつつあるわ。
「神宮と熊野が口を出したことで領国がまとまった。皮肉にも思えるわ」
仁科騒動と若武衛様と若殿が司令と共に信濃を訪れたことで、あの地は変わったわ。助けてくれるはずの本山が軽々しく末社に責任転換する様は、多くの人にとって衝撃だった。
そのおかげで、みんな自分で考えて動き始めた。
足利と北畠の慶事が騒がれたのであまり目立っていないけど、奥羽の強訴もどきとこの件で、東国の寺社では畿内に対する不信が強まった。
ほんと、今年は歴史の転換期だったのかもしれないわね。
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