第2374話・餅つき
Side:久遠一馬
学校に続き病院も大掃除を終えた。ひとつひとつ年を越す支度を終わらせていくと、今年も終わるんだなと実感する。
妻たちは蝦夷と奥羽から来る季代子たち以外は尾張に集まり、各地にて働いていた猶子の子たちや家臣たちが戻ってきている中、今日は恒例となった牧場村での餅つきだ。
毎年参加しているお市ちゃんと吉法師君たちもいる。
牧場は今も日ノ本にはいない家畜や、ここでしか育てていない野菜を毎年栽培している。
ただ、ここでテストして広めたこともたくさんある。山羊とニワトリは織田領内の村々で飼われることになり、多少なりとも食生活と栄養状態が改善した。ロバも粗食に耐えるということで一部の地域で労働力として活用している。
野菜も段階的に領内に解禁して、知多半島で栽培を続けたトマトなんかは今では尾張と近隣の領国でも一部で生産しているんだ。
芋類とかぼちゃなんかは、どうしても戦略物資になるので織田家の皆さんが慎重なこともあって一部地域で厳重に管理して栽培する体制が続いているが。
牧場で代表的なのは美濃と三河の牧場だろう。ここと同じように多くの家畜と野菜を育てている。孤児院を併設した牧場であり、孤児となった子たちが働きながら学べる環境となった。
他にも、現在では奥羽を除くすべての領国にひとつ以上の牧場があって、馬や牛などの家畜の飼育から野菜の栽培までしている。
公儀の税で子供たちを食べさせてもいいが、理想は独立採算での孤児院だ。これならオレたちが表舞台から去っても近代までは残るだろう。あとに続く者たちが時代の変化に合わせて子供たちの居場所を作ってくれると信じたい。
ここに来ると子供たちに囲まれる。ただ、新しく来た子はやはり遠慮気味に見ている子が多い。
「おいで、一緒に支度をしよう」
「ほら、こっちこいよ!」
オレと子供たちで声を掛けて、こちらから仲間に入れてあげる。
どういう経緯でここに来たのか。オレはすべて把握していない。ただ、ここに来る子たちは等しくオレと妻たちの子供として育てて一人前にするつもりだ。
「くおんさま、えらいよ? ちかよったら、しかられるの」
ちょっと驚いた。未就学児くらいの子がオレを見てそんなことを言うなんて。この子の親はどういう親なんだろうか? 悪気があったとは思いたくないが。
「ここに来たら、みんなオレの子なんだよ」
戸惑う子に、こちらから近寄って抱き上げてあげる。どうしていいか分からない。そんな顔をされた。
親の愛情を知らない子だ。何年も孤児たちと向き合っていると、そのくらいは分かるようになった。
「ちーち?」
「希美、この子も家族だから。仲良くしてあげて」
「うん! わたしはのぞみ!」
戸惑う子が落ち着いた頃、子供たちの輪の中に降ろしてあげると、希美と孤児院の年長さんが声を掛けてくれる。
後は大丈夫だな。
「さあ、もち米の用意が出来たわよ~」
そのまま仲間はずれがいないかと見渡していると、リリーたちが蒸したもち米を運んできた。
うん、ほかほかのもち米のいい匂いがする。幼い子たちなんか、そのまま食べたいと言いたげな顔で見ている。オレも同じ顔をしているかもしれない。気を付けよう。
さあ、臼と杵で餅つきだ。臼と杵だけでも十セットある。全員には無理だが、家中に配るので大量に餅をつくんだ。
「ちーち、一緒にやりたい!」
オレも餅をつくべく杵を持つと、大武丸が駆け寄ってきた。先月には七歳になっている大武丸は数え歳で八歳になる。すっかりお兄ちゃんとなって下の子たちと遊んでくれる子だ。
「よし、ちゃんと杵をつくんだよ」
「うん!」
一緒に杵を持って餅をつく。餅の返し手はリリーがやってくれるみたい。間違ってもリリーの手をつかないように気を付けつつ、一緒に餅をつく。
大武丸も大きくなったなぁ。日頃は感じないが、こうして一緒に作業をするとそれを実感する。
そのまま何度も餅をつくが、大武丸がオレを見て手を離した。
「ちーち、ありがと! こうたいだ!」
うん? ああ、いつの間にかオレと一緒に餅をつくための順番待ちが出来ている。
実の子も孤児院の子も家臣の子も牧場村の子も、みんな混じって並んでいる。というか吉法師君も並んでいる。主家の若様なんだけど。本人は周りの子たちと一緒におしゃべりして楽しげだ。
日頃から遠慮するなと教育しているから、こういう時はほんとみんなやりたいと集まるんだよね。
よし、とことん付き合ってやろう。そのうち反抗期になり親離れするんだろうしな。慕われているうちが花だ。
Side:望月出雲守
なんと、よきお顔をされるのか。楽しげな殿の様子に、子たちもまた皆が楽しげに笑うておる。
神宮の件もあって殿の怒りは帝の勅勘に匹敵するとさえ囁かれるようになったが、殿はこうして皆と共に暮らすことをなにより喜ばれる。
朝廷でも寺社でも武士でもない。殿は殿として振る舞うことで、皆の光明となり世を鎮定しておられる。
左様な殿の生き様を見た尾張の者らは、皆が変わり続けておる。寺社は忘れておった慈悲を思い出したように世のため人のために勤め、武士は国を治め守ろうとするのだ。
今少し、人を信じる。これを成したのが、寺社でもない殿だということが今の世を物語っておるのであろうな。
ただ、わしはひとりの武士として申し訳なく思うところがある。殿には日ノ本を助ける義理などないのだ。
なにかあるたびに配慮だなんだと殿に折れろと騒ぎ、腐りきった権威どもが生きながらえる。幾度も続いた左様な日々に、朝廷や寺社への信はとうに消え失せた。
もっといえば、殿が太平の世に導くのが当然と思いつつある織田家や尾張者らにも、僅かながら思うところがある。
まあ、久遠に従う者らは、皆、内心で同じであろう。殿が日ノ本を離れる時、皆でお供をする。その時まで日ノ本にいるだけだ。
「じーじ?」
しばし思案しておると、わしのところにも子らが集まっていた。
「おなかいたいの?」
「くすしさまのところいく?」
ああ、子らに案じさせてしまうとは。我ながら情けない。
「いや、腹が痛くはないぞ。餅をいかにして食おうかと考えておっただけだ」
「おもちおいしい!」
「いっぱいたべたい!!」
ふー、あまり苛立ちを溜め込んではならぬな。誰もが悩みつつ生きておるのだ。共に生きる者たちを増やしていかねばならぬ。
大人と違い、身分や立場の違いはあろうと、子らに罪はないだのからな。
わしも少し餅をつくか。
この子らに腹いっぱい食わせるために。
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