第2372話・師走の報告
Side:久遠一馬
師走も半ばとなると、各地から妻たちが集まってくる。日ノ本の外で暮らしている子供たちは、数か月に一度は会っているものの大きくなったなと実感する。
そんな中、六角から届いたのは千種街道と八風街道の後始末に関する報告だった。評定の前に信秀さんと信長さんとエルと共に確認している。
「まあ、いいのではないでしょうか」
捕らえた賊の証言などもあり、現地の寺社や村が取引相手となっていたことが確定したことで処罰された。蒲生さんや義賢さんを怒らせた寺社や村も無条件降伏したことで寺社や村の偉い人が処罰されたものの、それぞれに存続は許された。
これなにがまずかったかというと、六角の体裁とか面目が立つように賊と
今までなら六角の面目が立つようにしたらお茶を濁して許されたことなんだが、六角としては独立志向が強い寺社や末端に今後厳しくすることとした。
寺社は守護使不入の廃止、村も六角家の管理下に置かれることで許された。
六角としては宮川堤の崩壊後に北畠に従わなかった者たちのように放逐することを本気で考えていたが、上位の寺社が泣きついたことと宮川一帯のようにすぐに人が集まる場所でもないことで厳罰化したうえで許すことになったようだ。
村を支配していた国人や土豪は所領の返上と俸禄化で許されることとなり、六角領においても領地整理が始まったことを実感させる。
ちなみに地域には賊と関わりがない寺社や村もある。そんなところは今まで通りだ。
とにかく賦役で両街道を整備する必要があり、六角もそのために頑張っている。
「かず、こちらはいかがするのだ?」
信長さんが判断に迷うと言いたげなのは、保内商人の扱いだった。後白河上皇の院宣を偽造していることは元の世界の歴史からも明らかなものだ。
近江で義賢さんとこの件について話したが、保内商人の綸旨が怪しいというのは昔から言われていたことだが、利になることで認めていただけらしいね。比叡山も似たようなものだろう。
今回の街道問題の根幹を調査するとの名目で、六角は保内商人に対しこの綸旨の提出を求め、足利政権に設ける綸旨の真贋を確かめる部署にて改めて真贋を確かめ検証すると通告して保内商人が慌てている。
「管領代殿にまかせていいのでは? 保内商人の力はすでにないに等しいですし」
近江を中心に商いと流通で強大な力を持っていた保内商人だが、すでに一連の主導権は織田家にある。潰すも従えるも義賢さんの好きにしていいと思う。比叡山はこちらが商いを続ける限りは、形式としてとりなしても争うことはしないだろう。
保内商人もまた過去を精査するとろくなことしてないのは分かっているが、それはみんな同じなんだよね。六角で従えるのが無難だとは思うが。あとは因縁や義賢さんや蒲生さんの考え方次第だ。
比叡山の影響力を六角領から排除していきたいと覚悟を決めているなら、潰してもいいかもしれない。正直、保内商人が消えても尾張と近江の流通に影響は少ない。
義輝さんの婚礼で義賢さんの権勢も確かなものとなった。こちらが一々、口を挟む問題じゃないね。
「これで尾張から近江の商いにおける古き形が消えるか」
信秀さんは少し感慨深いと言いたげな顔をしている。湊屋さんもこの件では感慨深いと言っていたんだよなぁ。対等な商いなんてこの時代にはないからね。弱い立場、東国なんかは長きに渡り苦汁を舐めていた。
そういう意味では保内商人も結構恨まれている。もっとも、ここ数年は時世を読んで大人しくしていたことと、畿内からやって来る商人がさらに酷いことでだいぶ恨みも薄まっていたらしいが。
「そこはこちらで握るしかありませんね。管領代殿には政で天下を見ていただかないといけませんし」
不承不承ながら、足利政権としては畿内を現状維持くらいの統治をしないといけない。
経済や流通はどのみち六角では寺社に対抗出来ないしね。こちらで管理して尾張の経済圏として近江も発展させていく必要がある。
ほんとひとつの時代の終わりだなというところかな。
Side:エル
六角家は天下を差配しつつ、新しい形に変えていくべしと覚悟を決められましたね。正直、それの両立は本当に難しいことなのですが。
支援や助言は出来る限りしていますが、それでも決めて動くのは六角家の者たちです。よくこの短期間でここまで覚悟を決めて動けているものだと感心するばかりです。
少し前には管領代殿が思いつめているということで、六角家が臣従した場合を真剣に想定していたのですが……。
「管領代殿に代わるお方はおりません。私たちでしっかり支えていかねばならないでしょう。現状の体制ではあまりに負担が大きすぎます」
大殿も若殿も司令も同じ思いなのは分かっていますが、改めて言葉に出して管領代殿を支える意志を確認する必要がありますね。
「立身出世は人の夢、されど、その先に待つのは安息のない日々かもしれぬ。管領代殿を見ておると考えさせられるな。味方を苦しめてまで畿内を助けてやる価値があるのか」
私の言葉に大殿はしばし思案したのちに、誰に問うわけでもなく呟かれました。
私たちが築き上げてきたものを子や孫たちに残していくには、私たちの代で解決しなくてはならない問題がまだまだ多い。
日ノ本の統一、その過程で既存の既得権と諸勢力をどうするのか。それは今も議論が続いています。
味方の血を流して、諸勢力に恨まれてまで他国の面倒を見る必要があるのか。その疑問は今も織田家で消えておりませんし、今後も残ることでしょう。
大殿はそういった声にならない声を胸に刻まれている様子。
「必ずしも正しいと言える道はないのかもしれません。ただ、今よりも少しは良い道はございます。皆でそれを探していかねばならないかと」
突き詰めると、原因はいろいろとあります。ただ、そもそも政治に正解やベストと言える道があるのか。私にも分かりません。
私たちが目指す中央集権も現状では必要なことというだけで、やがて世が落ち着いたら相応に地方分権を進める必要もあるでしょう。
少し本題から逸れましたが、比叡山延暦寺の影響が強く畿内の隣となる近江は、他国と比べ物にならないほど難しい。
根本的な議論に立ち返って、朝廷や畿内の堕落した寺社は本当に残すべきなのか? 歴史を学び、一から国の在り方を学んでいる織田家中において密かに議論されていることです。
聖域を設けず議論して考える。危ういことですが、何年もその価値観で考えているとたどり着く議論のひとつでしょう。
無論、同盟国とはいえ他国。六角家や北畠家が離反した場合も想定しなくてはならない。
他国から羨まれることもある織田家の現状も決して順風満帆とは言えません。
ただ、それでも前に進まないといけない。答えの見えない道を探して。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます