第2368話・同盟国の師走
Side:春
師走を迎えた。近江では御所完成と上様の婚礼の勢いのままに、未だかつてないほど賑わっているわ。
無論、苦労は相応にある。一番大変なのは治安維持ね。ただの流民ならばまだいい。ところが近江にやって来るのは、一旗上げてやろうという野心溢れる者や一癖や二癖もあるような旅の坊主も多い。
彼らが厄介なのよね。面目と誇りだけは高く、倫理観もないまま盗みや殺しなどやりたい放題している者もいる。
管領代殿と相談して、その手の輩は徹底的に取り締まって磔にしているわ。
命じれば従うという意味では流民が一番いいのよね。牢人と旅の坊主はろくなことをしない者が目立つわ。
この手の問題は織田領で散々経験していることから、先例がありそれを参考に対処している。
実は御所を守る警護衆の他に警備兵と火消し隊も創設してあるものの、織田領以外では組織の認知度があまりないことで雑兵と同じと軽んじる者が多い。
ただ、上様の婚礼の際に暴れた比叡山の坊主どもを磔にしたことで、それを先例として坊主であっても無法は許さないと処罰を続けている。
それもあって尾張ほどとは言わないものの、余所者が毎日のように集まる割に治安はいい。
「御所近隣と西側では、早くも余所者を領内に入れるなと怒っておる者もおりますな」
治安維持の話をしていると、目賀田殿が近江の様子を教えてくれた。
やはりそうなったわね。今まではどちらかというと近江の者も尾張では無法者だと嫌がられていたが、今度は近江の者が嫌がる立場となった。
流れ者が来て喜べない人はいつの時代も相応にいる。というか喜ぶ人が少数派よね。六角家で対処をしているのは御所と御所町だけなのよね。国人領や寺社領は当然ながら手を出せない。
たいしたメリットも見えず流れ者が次から次へと来ると、当然来るなと思うのでしょうね。京の都とて、実際は下京に集まる者たちを身分ある方々は喜んでいなかった。
「好きにしたらいいんじゃない? そのための所領なんだから」
手を貸してやることも出来なくはないけど、所領というのは本来すべて己の力で治めるもの。ただでさえ本来は与えなくてもいい、経済的な恩恵を六角家に従う国人衆や寺社に与えているんだから。
これ以上は甘やかすべきではないわね。
「騒ぎとなりませぬか?」
「騒ぎを起こさない者を受け入れるべきね。起こす者は尾張だって受け入れていないわ」
目賀田殿の懸念も分かる。ただし、どこかで線を引いて領地と領民を守らないといけない。御所と町で断固たる処置をしているから、このことが知れ渡れば多少なりともおとなしくなるはず。
「湖賊らも不満なのでしょう?」
「はっ、思うた以上に利が回っておりませぬので……」
近江は一枚岩とは程遠い。本来は水運の利があるはずの近淡海の湖賊、六角家に従う体裁を取っているところもあるけど、大元は比叡山の利権でそちらに従う者たちなのよね。
御所と町の繁栄のわりに、水運を利用する者が増えないことに不満を募らせている。ただ、これもさっきも挙げた比叡山の坊主が暴れた件と通じるところがある。
管領代殿が比叡山には手を出さないが、自分たちは尾張と共に人の力で所領を治めていくと明言したことが噂として広まりつつあり、動揺しているところもあるわ。
要は比叡山に従う者には、今以上の利は与えられないと湖賊が察した。とはいえ湖賊など所詮は身分が低い者たち。とても比叡山に逆らって六角家に従うと態度を変えるわけにもいかない。
それと新設した御所防衛の水軍の問題もある。既存の湖賊の既得権を奪ったわけではないが、鏡花が設計した新型船を尾張が提供した影響が思ったより大きい。
そもそも近江御所と目賀田山の砦は、水軍による制海権くらいは維持しないと防衛も怪しくなる。とはいえ、湖賊とするとあとから来て自分たちを超える船を揃えて防備を固められたら面白い事ではない。
街道整備もあり、自分たちがあまり信用されていないとなるとね。今はいいけど、何かあると懸念となる。
まあ、比叡山がある限り、近江と近淡海は尾張や美濃のように一枚岩にはなれない。なかなか難しい土地ね。
side:ミョル
近江から戻った私たちは、北畠家の改革について提言をしているわ。技能型の私は主に技術面の担当になる。
領内の街道や河川の賦役に関する提言が多く、費用対効果や戦略的な見地からの優先度を明らかとして北畠家としてどれから動くかを助言する。
「うーん。なかなか難しいわねぇ。カリナどう思う?」
今日は万能型のカリナと賦役の提言について話しているけど、厄介なのは神宮になる。古来よりこの地にあるだけに、すでに形式だけになっていてもあちこちに影響力が残っているのよね。
なにかやろうとするたびに、そこは神宮が……という話が持ち上がる。無論、実効支配している神宮領とは違うので、そこまで気にしなくてもいいという意見も多い。とはいえ、軽視して後で困らないかなど、北畠家の頭痛の種になりつつある。
「大御所様は気にするなって言うけどね」
大御所様は覚悟が違うのよね。これ以上騒ぐなら絶縁するか兵を上げると、神宮に対して内々に示している。
足利家と縁続きとなったことで、北畠は神宮であっても遠慮しなくてよくなりつつある。特に大御所様は朝廷に対し兵を上げると言ったことで三国同盟の庇護者のような立場だから、その発言はすべてにおいて重い。
また南伊勢一帯の諸勢力や民意も北畠に従うことを選んでいる。少し大袈裟にいうなら神宮は孤立している。
信濃の問題に口を出した時の上層部が、まとめて隠居して神宮を離れてくれると関係改善も望めるんだろうけど、許されるという確証がない以上、引く気もないみたい。
「薬の件はまだ騒いでいるんでしょ?」
「そうね。前代未聞のことだから」
北畠領での医療活動は医師であるやよいが管理しているけど、当然ながら薬は診察をして必要な分しか出さない。
織田家の免状を持つ医師はすべて同じであり、その技は久遠家の管理するものになっている。従って久遠家が神宮との関係を絶ち、技と知恵を神宮には出さないと決めたことで、神宮の神職の中でも身分の高い者ほど薬が手に入らないというおかしなことになっている。
身分が低い神職は名と立場を偽って診察に来るから、薬も手に入れているんだけどね。
身分ある神職は今もあの手この手で薬を手に入れようとしているが、少なくとも私たちしか調合出来ないような薬は彼らの手に渡っていない。
責任も取らない。許される前提でないと動かない。薬や貴重な品は寄越せ。そんな神宮に少し幻滅するのよね。
まあ、私たちも神宮には関わることがないから、こうして愚痴る以外はしないけど。
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