第2366話・冬のこと

Side:とある職人


 赤々と熱を放つ炭団たどんで手を温める。


 年の瀬も近い故、もう少し稼ぎたいところだな。


「よう、相も変わらずか?」


 仕事をしようとしておると同郷の昔馴染みが手土産を持って顔を見に来た。


「ああ、日々の飯に感謝して働いておる」


 わしとこやつは、遥か周防からの流れ者だ。


 大内様が討ち死にされ、家も仕事道具も焼かれてしまった。その日の飯さえも食えぬようになったところ、一向衆のお寺様を頼り尾張までやって来たんだ。


 尾張では周防衆やら大内衆と呼ばれ、良くしてもろうておる。


「聞いたか? 周防を従えた毛利様が尾張に来ておったとか」


 いかんとも言えぬ顔で昔馴染みが口にした話に、わしは静かに頷いた。


 一昔前は大内様に従い助けられておった安芸の国人であった毛利が、大内様の御本領を奪ったか。代替わりしたが、未だ先代が健在なはず。先代は謀殺を好むという話もあり、あまりいい噂の聞かぬところだ。


 大内様が守り豊かにしようとされておられた周防が毛利如きに……。


「もう、関わりのないことだ」


 下の子は周防のことを知らぬまま育っておる。周防衆の面倒を見て下されている隆光様もそれでよいと仰せだ。周防を忘れろとは言われぬが、これからの子たちは尾張を故郷として生きよと皆に言うておられる。


「そうだな。来たばかりの頃は、いずれ戻りたいという者もおったな。されど、今では左様なことを言う者はおらぬ。皆、諦めたはずだ」


 いずこで暮らしても同じならば戻りたい。それはわしにもあるかもしれぬ。とはいえ、子らは戻りたいとは思うておるまい。


 そもそも同じならばというのが、まずあり得ぬ。織田様以上に我らの暮らしを守って下される国などない。


 子らは今日も大寧寺にて学問を学んでいて、おっ母は近くの商家で機織りをしている。周防の女衆が織った反物は上物だと尾張でも評判故、多くの銭を頂いている。


 戦に駆り出されることもなく、近頃は賊すら見かけぬようになった。この国での暮らしに慣れると京の都から参れと言われても断るわ。いずれのお方も、我らのことなど虫けらくらいにしか思うておるまい。


「斯波様と織田様以外は、誰が国をお治めになられても変わるまい」


「ああ、左様だな。わしは斯波様と織田様が畿内に兵を上げぬことに安堵しておる。大内家も畿内に兵を出して苦労ばかりだったと聞き及ぶからな」


 こうして故郷を知る者と昔を懐かしむくらいで十分だ。


 わしらの故郷は大内様と共に消え失せてしまい、二度と戻って来ぬのだからな。




Side:メルティ


 司令は留守だけど、私たちは那古野の屋敷で各種調整をしている。今日は流通に関してね。


 領国が広がると大変だけど、メリットもあるのよね。飢饉対策はデメリットもあるけどメリットもあるわ。


 その土地に合わせた農業が出来る。領国や地域単位で考えると、効率が悪くても米の生産を優先せざるを得ない。人が生きるには穀物が必要であり、日ノ本だと米が一番好まれることが理由かしら。


 師走を前に尾張には各地から産物が集まってくる。奥羽からは、数の子、身欠きにしん、たらの干物などなど。伊豆諸島からはかつお節とクサヤ。信濃からは唐辛子や野菜の漬物などがあるわ。


 生産物を売ることで米や現地で作れない品を買う。時代にかかわらず当然のことなんだけど、こういう品が出回ることで遠隔地も同じ斯波家と織田家の領国だとみんなが思ってくれる。


 もしかしたら、こういう意識改革が中央集権化の一番のメリットかもしれない。


「奥羽領もギリギリね」


 奥羽から定期船が届けてくれた報告書に、エルが少し懸念するような顔をしている。蝦夷などと連携しながらなんとか飢えさせないでやっているけど、武士や寺社など一部の特権階級は自分たちの地位と利権を取り戻すことを諦めていない。


 浪岡家や南部家などはもう新しい体制で生きて行く覚悟を決めているけど、国人や土豪や寺社の末端は武力と経済力に恐れて従っているだけ。


 蝦夷など北方は、久遠家の領地。いえ、久遠の国というべきかしらね。日ノ本の外と認識されているわ。あちらとの流通でなんとか食わせている。


 すでに海外領には少数だけど織田家の船や人が出ているので、清洲でも概要くらいは知られていることよ。決して豊かで先進地ではないけど、将来性はある豊かな土地もあるという認識かしら。


 奥羽領にはウチの大鯨船を用いた定期船を運航していて必要な品は順次送っているけど、まだまだ足りない。特に奥羽領の水軍用の久遠船は現地での建造の目途が付かないことで尾張から送っているわ。


「鏡花、久遠船は年内に何隻、奥羽に送れるかしら?」


「あと五隻、ううん。十隻ならなんとかするわ」


 なら追加で船団を奥羽に出せるわね。久遠船はいい船だけど遠洋航海には向かないわ。各地の港に立ち寄りつつ奥羽に送るほうがいい。奥羽に久遠船を送るのは初めてじゃないし、根回しは済んでいるので問題はないわ。


「追加で船を出すなら、鉄製品や鉄板とか、奥羽に運んで欲しい品が多いんだけどなんとかなるかい?」


 それもあったわね。ギーゼラの言葉に年内に送る積み荷のリストを確認して調整をする。


「メルティ、武具も来年の早いうちに送らないと……」


 そうね。セレスの言う通り。史実通り来年も飢饉となると、奥羽から関東まで大荒れになる可能性もあるわ。足りないものがまだまだある。


 尾張から送ることが出来ない分は、シルバーンから蝦夷経由で送るしかないわね。上様の婚礼などあったけど、伊達はまだ争うことを諦めていない。


 いえ、諦められないという事情があるんだけど。あそこは天文の乱の影響が未だ残り、有力な国人衆が大きな力を持つわ。戦をする前から降ることを考えていると示すだけで家が割れるかもしれない。


 もっとも史実のように奥羽に大きな影響を持つわけではないので、割れても荒れても構わないのだけど。


 織田家からも多額の資金と人が奥羽に入っている。今更、撤退など出来ないから可能な限り必要な品は送らないと駄目なのよね。


「もうちょっと調整が必要ね。各自、再検討をお願い」


 船の輸送量が私たちの表向きの限界になる。なにを優先するべきか。今一度検討がいるわ。


 飛び地じゃないなら陸路という手もあるんだけど。飛び地だと途中で現地の勢力に理由を付けて奪われる可能性があるからなかなかね。


 まあ、前向きに考えましょう。それでも私たちは恵まれているのだから。



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