第2365話・立身出世のあれこれ

Side:久遠一馬


 由衣子が産んだ子は由萌ゆめと名付けた。奥羽に来てほしいという由衣子の言葉からインスピレーションを得た。由衣子から一字と奥羽の芽吹きという意味から萌を付けたんだ。


 なんというか、土地に愛着を感じるようなタイプじゃなかったんだけどね。由衣子は。


 人もアンドロイドも変わるということだろう。


 そんなこの日は、御所落成後の近江について報告を受けている。


 足利政権においては伊勢さんと和解したことにより、京の都と近江御所との意思疎通が出来るようになった。奉行衆は不満や恨みもあるようで心配していたんだけどね。今のところ問題なくやっている。


 京の都の体制は検討の余地があるが、ひとまず政権を一本化出来たことは大きい。


 無論、このまま安泰とは言えない。春たちからは、三国同盟が後ろ盾としてきちんと役割を果たさないとすぐに崩壊する体制だと言われている。


 蟹江に戻られた晴具さんとも意見交換したが、突き詰めるとウチが支えないと駄目だというのが現状の認識だ。


 朝廷や寺社に対抗出来る信頼と経済力、それが足利政権には必要なんだ。斯波・織田・久遠、この体制による安心感に代わるものが今のところない。


「西からの流民でございますか。我らが悩んだことを今、六角が悩んでいると」


 土務総奉行の氏家さんは六角から助言を求められている案件に苦笑いを見せた。主に畿内と西から集まる流民や牢人の扱いについて助言を求められているんだ。


 御所があることから相当な数が流れて来ている。おかげで京の都がすっきりしたらしいしね。上洛する人が減っていると危機感もあるようだが、食えない人が集まって治安を悪化させたりするよりはマシだろう。


 面目やらなにやらと近江御所と比較して気にしているが、身銭を切って動く人がいない以上はどうしようもない。


「当面は御所の町の整備を優先させて、少しずつ御所より東の街道整備に回すべきでしょうね。街道整備はやれるだけやったほうがいいです」


 この件はウチでも議論をしたが、集まった人は賦役で使っていくしかない。近江だと古くから発展しているのでそこまですぐに有用な未開の地なんてないが、街道は整備は出来るだけしたほうがいい。


 尾張と伊勢からの移動が三国同盟のアキレス腱なんだ。ないとは思うが、東海道と東山道の難所にて無理やり落石とかで塞いで通れなくされると経済的にも軍事的にもダメージが大きすぎる。


 さらに山岳部でゲリラ戦でも展開されたら面倒にしかならないし。


 千種街道と八風街道も優先して整備したほうがいいし、東海道と東山道の近江側も整備ももっと急ぎたい。


「それは分かるが、六角に出来るか?」


 氏家さんは賦役の規模などを想定して頭の中で予算を勘定したのだろう。無理だとは言わないが、難しいと言いたげだ。


 近江は豊かな地だが、既得権の整理があまり進んでいないからな。六角の実入りは高が知れている。街道整備でさえ、在地の勢力が抵抗する兆しを見せるんだから。まあ、抵抗するなら流通価格を変えると示唆すると街道くらいならと折れるが。


 ちなみにこの手の抵抗、いわゆる形式としてやっているところが大半だ。一族や領内に対して自分は抵抗したと言うためにやっているだけで、多くは本気で六角家に逆らうほどの覚悟はない。


 とまあ街道整備だけでも面倒なところだし、既得権の整理が進んでいないことで六角家の実入りはそこまで上がっていない。


 経済的には尾張で六角家を対等に見せていると言ってもいいくらいだ。見えないところで支援と配慮を多くしている。


「費用は別途どういう形にするか考えないと駄目ですけどね。遅れてもこちらには利がありません」


 三国同盟の形は崩せない。力の差を理解しても義賢さんと宿老が苦労して踏みとどまってくれているんだ。


「尾張と美濃と西三河か。このくらいの頃は楽でしたな。某など所詮は国人でしかない。まさか近江以東の多くの面倒を見ることになろうとは……」


 氏家さんはオレの言葉に少し考えたのち、そんな言葉を洩らした。


 正直、これでもまだ楽なんだけどね。史実の織田を思うと。六角家が支える足利政権がきちんと機能しつつあり、北畠という権威もある同盟相手がいる。このメリットは史実を知らないと理解出来ないところもあるんだろう。


 ちなみに西美濃四人衆、氏家さん、安藤さん、不破さん、稲葉さん。彼らは織田家の中枢だ。


 不破さんと安藤さんは東山道と東海道の領境代官として西の守り手となっている。いくら同盟相手とはいえその先は他国だ。東海道と東山道の重要性を考えると総奉行に次ぐ重要なポストになる。


 稲葉さんは刑務奉行という訴訟とか裁判の担当であり、あまり目立たないが替えの利かない人だ。訴訟や裁判は時として争いの原因になるからな。現行の体制になって以降、大きな失態がないだけで凄い。


「氏家殿ならば、もう少し出世してもいいかもしれませんね」


 少し疲れた顔をした氏家さんにエルが唐突にそんなことを口にすると、氏家さんは考える間もなく首を横に振った。


 そういや、家老衆に増員案があったな。今は尾張の古参が家老衆を務めているが、美濃衆から家老を増やしてはという献策があるんだ。氏家さんも候補のひとりとなる。


「いやいや、これ以上はわしでは無理だ」


 冗談のようにエルも話を振ったことで氏家さんもそれに合わせて戯言として返しているが、割と本気で無理だと言っている気がする。


 織田家家老衆、大変なんだよなぁ。常に最新の情報を頭に入れて各部署との調整をしたりするし、対外的な交渉事などにも出向くこともあるから。増員候補の何人かは密かに打診しても辞退したくらいだ。


 ちなみに家老就任を辞退したのは、織田信友さん、林秀貞さんなどがいる。


 信友さんは現在遠江の代官である織田信広さんの下で副代官として働いているが、領国代官の候補でもあるし家老衆候補でもある。新しいやり方でぐいぐいと動くタイプではないが、周囲をまとめて及第点を超える仕事はする。調整型の人だろう。


 家柄もいいし、最低限の仕事はこなせるので実力もある。もっと出世させていい人だけに、なにかあると必ず候補になるんだよね。


 正直、今の織田家で信秀さんと対立していたなんて過去は警戒されるってより、むしろ勲章並みに凄かったんだと言われるくらいだ。当人が世の中の変わりようと自身の立場に戸惑っているけどね。


 話が逸れたが、家老衆は役割をはっきりさせて仕事量も減らしているが、それでも旧来の価値観と統治法とは違うからね。苦労が多い。


 あんまり忙しい時はメルティや資清さんと望月さんが手伝いに行っているくらいだ。


 上手くいっているが、もう少し増員なり新しい人を入れたいというのが本音だ。とはいえ、なかなかなり手がいないんだけどね。



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