第2362話・文化祭・その四
※お知らせ失礼致します。
カクヨムネクスト様にて連載している、異世界帰りの日常はダンジョン日和。
こちら企画として、期間限定で序章を入れて100話まで無料で読めます。
もし、興味のある方はこの機会にどうぞ。
Side:久遠一馬
文化祭最終日、この日も学校ばかりか那古野のあちこちが大賑わいだ。
時刻が夕方に差し掛かると、楽しい雰囲気が少し変わる。厳かなとは言わないが、祈りの時間へと変わる狭間のような雰囲気だ。
そんな中、とある人物と偶然出くわしていた。
「文化祭はいかがでございますか? 毛利殿」
毛利隆元さん、彼は三日間に渡る文化祭の期間中、学校のみならず那古野のあちこちを見て歩いていた。
近江から義統さんたちと一緒に来た人たちの中には同じように文化祭を見物している人もいるが、一番熱心な武士は彼かもしれない。
隆元さんはオレが声を掛けると驚きの表情を見せて、周囲にいる家臣たちは楽しげな様子から一変して控えるようにした。ただ、ふたりほどオレを見て一瞬だが敵意を見せるような者もいたが。
こちらが笑みを浮かべると、すっと表情を消した。
「はっ、初めて来たというのに、どこか懐かしさを覚えるような。そんな気がしております」
いい感性をしているようだ。素直にそう思う。大切なのはまっさらな状態で受け止めることだ、思い込みや偏見は見るものを歪めてしまうからね。
人質として大内家で育った経験が生きているんだろう。隆光さんと同じように、彼もまた文治による治世を知っている人だからか。
「ここには貴殿の義父殿の積み上げたものもありますから。それが理由でしょう」
毛利にとって大内家は今どうなっているのか。せっかくだから試させてもらったが、冷静に受け止める隆元さんと違い、家臣たちは僅かながら表情を変えた。
やはり触れられたくない話だったらしい。西国では未だに大内義隆は偉大な人物として残り、忘れたいのに忘れられないと言ったところか。
史実と違い、オレたちが文治政治をしているせいで義隆さんの評価が高い。苦々しく思っている人も多そうだね。
「初日に尾張大内塗りの箸を見かけ、懐かしさから買うてしまいました。亡き大内の御屋形様が生きておられるようで嬉しかった」
言葉に嘘はないだろう。ただ、先ほど敵意を見せた家臣がピクリと眉を動かした。さすがに感情を露わにするほどではなかったが。
「私はお会いしたことがないんですけどね。決して時の流れに埋もれさせていい御仁ではない。そう思います。勝手ながら大内卿が育てたものは尾張で継承していきます。今は亡き陶殿も毛利殿も要らぬと捨て置かれたものですから」
隆元さんならば、大内の遺産。商人や職人を喉から手が出るほど欲しいだろう。ただ、残念ながら彼では尾張周防衆を帰国させても守ってやれない。
大内家より遥かに家柄が劣る安芸の国人である毛利家が、大内の豊かな国を知る周防をまとめ毛利の国とするにはあまりに時間が足りない。
すでに旧大内領の武士たちの多くは理解しただろう。義隆さんの頃の良さを。ただ、見捨てた手前、表立って懐かしむことや戻りたいと言えるはずもない。そんな隙を突いて元就は旧大内領を制している。
現状で曲りなりにもあの地域をまとめられているのは、元就が保守的であり国人統治が上手いからだ。残念ながら義隆さんを知る者たちがいるあの国で、義隆さんの路線を継承するのは隆元さんでは無理なんだ。
隆元さん自身は有能なのだろうけど、違った歴史を歩めば、大内の文治政治を継承した可能性はあったと思う。ただし、今の彼には足りないものが多すぎる。
最低でも、義隆さんの遺言を超えるなにかを示すことが出来ないうちは無理だろうね。
「それでよいのかもしれませぬ。大内の御屋形様もそう望まれておられたのでございますからな」
少し踏み込んだが、すべてを受け止めたか。惜しいな。こちらの治世ならば活躍出来る人だ。個人的には毛利三兄弟で彼を一番評価している。
「西国と尾張では、これからも関わることがあまりないかもしれない。故に、大内卿の娘婿である貴殿にお伝えしておきます。私たちはこれからも領国を変えてゆきます。いつ私がいなくなっても皆が困らぬように」
清洲城滞在中、一日一度は診察をしている医師団の話では、隆元さんには病らしいものはなかった。滞在中、一度はケティが診察したし、その上での結果だ。
つまり彼が史実と同じく亡くなるとすると、この後で病に罹るか、食中毒か暗殺か。
こちらが手を出せる状況ではない。オレが隆元さんと会うのも今回が最後になる可能性がある。無論、宗滴さんの例もあるので必ずとは言えないが。
次いつ会えるか分からないからこそ、きちんと伝えておきたい。
「内匠頭殿……」
隆元さんなら、この言葉で理解出来るはずだ。無論、義隆さん路線を継続するのは限りなく不可能だが、今後の自分の道のきっかけにでもなってくれればいい。
いつの間にか、日が暮れていた。
Side:毛利隆元
内匠頭殿と別れると周囲は静けさに包まれていた。
「若殿、内匠頭殿はなにを言いたかったのでございましょう」
あまり機嫌がよくなかった父上の家臣が毒気を抜かれたように問うてきた。さすがに内匠頭殿が並みの男ではないと察したか。
「内匠頭殿にとって尾張は、まだ道半ばらしい。さらに大内の御屋形様が亡くなり西国は火が消えたように豊かさが消えたが、尾張は同じ轍は踏まぬためにもう備えをしてあるそうだ」
もう少し言うと、周防や長門など大内領から逃げ出した者らは返す気がないらしい。多少なりとも戻ってほしいところだったのだがな。あの様子では声を掛けただけで懸念となるな。
「なんと!?」
「まさか……そんな……」
御屋形様を思い出した。穏やかで周囲の者が見えぬものを見ておられる御仁だ。故に御屋形様の死を惜しんだのだろう。
「あれが天下を動かす御仁だ。そなたたちも覚えておけ。並び立つ者がおらぬ英傑というものなのかもしれぬ」
比べるわけではないが、父上が不得意とする相手だな。出雲の鉄や石見の銀。博多の町を手に入れればいいと思う程度の父上では翻弄されて終わる。
されど、それでよいのかもしれぬと思う。新たな世は尾張より始まる。御屋形様の遺言のままだとすると、いずれ西国をも呑み込む。
争うばかりの西国にようやく日が昇るのかもしれぬのだ。
その時、毛利はいかがなっておろうな。御屋形様を見捨てた報いをいつか受けるのかもしれぬ。我ら皆がな。
誰からか渡された提灯を持ち、那古野神社まで歩く。
闇夜も照らすように次から次へと提灯や松明を持つ者が集まる。
わしも祈らせてもらおうか。
叶うとは思えぬがな。
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