第2361話・文化祭・その三

Side:杉原定利(寧々の父)


 賑やかな学校を見ておると、世は変わったなと思う。幼い子らが憂いなく学ぶばかりか、遊ぶことすら教えておるという。


 わしの子らなど、物心付いた時から内匠頭殿が来てからの尾張しか知らぬ。娘の寧々など、それまでの女とまるで違う育ち方をしておるくらいだ。


 いかなるわけか娘は市姫様に気に入られ、学校にてよくして頂いておるという。他にも織田家職人衆筆頭の清兵衛殿の甥を好いておる。木下藤吉郎殿。久遠家家臣だ。


 一昔前ならば武士の娘が職人を好いておるなどと言うたところで、あり得ぬと𠮟りつけて屋敷から出すなと命じるところ。ところが今は違う。まして清兵衛殿は、大殿や守護様への目通りも許されておる評定衆待遇の身。


 木下殿でさえも、久遠家家臣ということで大殿の直臣待遇が慣例となっておる。さらに内匠頭殿が気に掛けておる家臣だとも言われる。よく見積もって対等。職人衆でも特に名の知れておる木下殿のことを思えば、こちらが格下と見られてもおかしゅうない。


 わし如きでは、なにも言えぬ相手だ。むしろ、わしの娘では不足だと言われても文句は言えぬ。


 そもそも久遠家家臣と縁が欲しい者は今でも上から下まで多いが、内匠頭殿が血縁のために婚礼を結ぶことを好まれぬことで縁を得られる者は当人同士が好いた者くらいだ。


 さらにこの件、市姫様の仲介がありしばらく娘への婚約などは控えてほしいと頼まれておる。


 内匠頭殿と大智殿も養育されたという市姫様の頼みは重い。織田家家臣の子らを集めて宴を開き、我ら武士がいかに国を治めておるかということを子らに見せるなどしており、その功はすでに抜きん出ておる。


 とてもわしが口を出せることではない。


「父上!」


「杉原殿、お久しぶりでございます」


 学校の中を見て歩いておると、娘と木下殿が働いておる場に来てしまった。いろいろ思うところはあるが、楽しげに働くふたりを見ておると悪い気はせぬな。


「寧々よ、木下殿の邪魔をしてはならぬぞ」


「邪魔などしておりませぬ!」


 娘たちを見ておると、これはこれでいいのではと思える。少なくとも内匠頭殿は皆が笑うて暮らせるように考えておられる御仁だ。


「木下殿、娘を頼みまする」


「はっ! お任せくだされ!!」


 誰かが言うておられたな。久遠家の方々は自らの意志で生きる者を好むのだと。市姫様も同じなのかもしれぬ。娘は自ら木下殿を選んだ。それ故、力を貸して下されておるのだろう。


 この先、いかになるか分からぬが。内匠頭殿を信じて任せるくらいでいい気がする。


 子らが好きな御仁だ。決して悪いようにはなるまい。




Side:久遠一馬


 文化祭二日目、今日も混雑しているなぁ。


 物品の販売は初日で完売してしまい、今はこの一年に作った品の展示を行っている。


 他には文化祭名物となっている剣術を用いた集団演技は今年も大人気だ。集団演技もまた試行錯誤をしていて、今年は全体演技と年齢別演技がある。主に年少組、年中組、年長組に分かれているんだ。


 あと体験授業、これも人気で各教室に入りきらないくらい人が集まっている。


 学問を見てみたいくらいの認識から、高名な人の教えを一度でいいから受けてみたいという人まで様々だが、学問を欲する人が年々増えていて凄いなと感心する。


 現在だと、寺子屋や公民館で行っている学校分校の授業に関しても、学ぶ人は増えているんだよね。


 ただ、やはり生きるのに精いっぱいで勉強を出来ない人は相応にいる。ちょっとでも働ける子供は労働力として扱われてしまうんだ。


 分校や寺子屋でも、給食を出すことで通う子供たちを増やそうという試みは実行して一定の効果は上げているが、それでも村や地域の慣例はなかなか変わらない。


 尾張と近隣の領国だと変わりつつあるが、それ以外の比較的新しい領地あたりだとどうしてもね。


 小作人とか扱いが悪かった末端の農民が村から逃げることは、領内でさえ今でもなくならない。同じ家の者でも一家の主と長男くらいはいいが、下の子になればなるほど扱いは悪くなり、邪魔だと人買いに売ることもある。残しても無料で使える労働力くらいにしかみていないところが普通なんだ。


 結果として立場が弱い人から逃げ出す。最近じゃ子供だって逃げ出すんだ。


 織田家では領内における移動の自由を分国法で定めているので、村で外に出るなと掟を作ることを禁じている。賦役はあちこちでやっているし、当然、扱いが悪い村からは人が逃げ出す。


 結果として人手不足になったところでは子供を酷使する傾向にある。無論、そういったところは子供を寺子屋などに行かせるように指導している。


 とはいえ、突き詰めると特権意識で村や家族を私有化するような奴は言うことを聞かないし、見せかけだけ聞いても役人がいなくなると勝手なことをするんだ。


 まあ、現地の代官がきちんと指導と取り締まりをしているところは時間と共に改善していくんだけどね。中には代官が現地の地主などと一緒に私腹を肥やすなどして、代官職召し上げと俸禄の大幅削減になったところもあるが。


 真面目に働く分家や部屋住みの弟なんかが出世して、威張ってばかりの兄や本家が没落するのは織田家では珍しくない。


 少し話は逸れたが、そんな村がある一方で村の有力者が学校で学べと私費を投じて村の優秀な子を送り出すところもある。学校の寮にはそんな子が結構いるんだよね。


 そんな子たちから話が伝わることで、一度くらいは授業を受けてみたいという人が各地から集まる。


「学校は難しいね。ただ、もう少しあり方を考えてもいいかも」


 混雑して教室に入りきらない人だかりを見ていると、なにかしらの改善をしなくてはと思う。


「現状でも各地に教師を派遣するなどしていますが……」


 一緒にいるエルが考えてくれている。確かに各領国に教師を派遣することはすでにしていて、分校や寺子屋の視察なども積極的に行ってはいるんだよね。


 一番の学校で学びたいという人が多いんだろうか? 各領国には公民館を利用した分校をどんどん設置しているが、学校を公民館から独立させて整備したほうがいいのかもしれない。


 文化祭が終わったら、みんなで検討してみようか。


 教師陣や末端の寺社の意見も聞きたい。案外、彼らのほうがいい案を持っている気もする。



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