第2360話・文化祭・その二

Side:久遠一馬


 文化祭はアーシャが計画し、ギーゼラが差配して始めた学校を知ってもらうイベントだ。実際の内容は学校に関わる関係者みんなで決めていたが、今もそれは変わらない。


 学校で学ぶみんなが毎年考えて盛り上げている。他の祭りとの違いは、先例を重んじないことかもしれない。好評なことは続けるので先例、前年の結果を捨てるわけではないが新しい取り組みをやろうという意思が強い。


 この取り組みの価値に寺社の関係者が一番気付いている。寺社は織田領では医療や学問の末端として働いているので、病院と学校の関係者が出向いて指導をしている。寺社の関係者は病院や学校の説明を受けているからね。


 病に罹った領民は治療をする。学校も求める者には教える。さらに自分たちで学問を見つけていくという形を評価してくれるんだ。


 それもあって文化祭に参加したいと、自費で尾張までやってくる寺社の関係者が結構いる。北信濃の善光寺あたりからも文化祭に参加したいと高僧が来ていて、一緒に準備からしていたと聞いている。


 地域の中核を担う寺社が織田に従うことで、尾張から離れた領国も安定しているんだよね。無論、デメリットもあって畿内と繋がる彼らがこちらに従うことで、畿内とは疎遠になり対立構造になる原因にもなっているが。


 畿内への不満、寺社や武士問わず多いんだよね。



 オレはまず、子供たちと一緒にアーシャたちがいる職員室に来ているが、ギーゼラはすでに学校内の見回りに行ったらしくおらず、アーシャと沢彦宗恩さんがいた。


「うふふ、ここは大丈夫。みんな楽しんでいるわ」


「内匠頭殿に喜んでほしいと皆で励んでおりまする」


 沢彦さん。信長さんの師のひとりだったお坊さんだ。開校当初から働いてくれていて、今ではアーシャに次ぐ、副学校長となっている。


 当初は所属する寺との掛け持ちだったが、今では寺を離れて学校のみで勤めてくれている。学校成功の最大の功労者というところだろう。


 その気になれば、寺社での出世すら出来そうなんだけどね。それだけ功績のある人だ。ただ、今のところこちらにやりがいを感じてくれているらしい。


「では、オレたちは少し学校内を楽しんできますね」


 妻たちと子供たちを連れて文化祭見物に行こう。子供たちの楽しみにしているんだよね。


 今年はどんなものがあるかな?




Side:毛利隆元


 ……言葉が出ぬとはこのことかもしれぬ。ただの祭りであろうとしか見ておらぬ父上の家臣は気付くまい。


 武士も職人も僧侶も神職も……男も女も……老いも若きも……。形に囚われることなく楽しんでおる。


 皆、なんとよき顔をしておるのだ。面目だなんだと体裁ばかり気にして虚勢を張ることが当然だというのに、身分違いの者らが共に笑うておるのだ。


 若い者らに学問を教える場ではなかったのであろうか? それにしては大人が多すぎる。


 庭ではなにやら物売りまで大勢おる。特に人が集まっておるところを覗いてみるか。


「家具まで売っておるのか?」


 驚いた。家具などは職人に作らせるものではないのか? 商人が売るとは聞いたことがない。


「これは学校で学ぶ者らが作った品。名のある職人の品ほどではありませぬが、決して悪い品ではございませぬ」


 年配の職人が集まる皆に説明しておるのが聞こえたが、ここでは職人まで教えておるのか。己の技を人に教えるなど好まぬ職人らがよう従うものだ。


 西国では大内の御屋形様の遺言と、陶殿が職人を軽んじたせいで随分と職人が減ってしまった。さすがに日々の暮らしに困るほどではないが、かつては山口で手に入った品が畿内や遥々尾張から取り寄せなくてはならなくなった。


 また、父上は国人衆を束ねるのは気を配るが、商人や職人にはそこまでされぬことで信が得られぬ。そろそろ謀や謀殺も止めていただきたいのだが。


 ふと同じように職人を育てられぬものであろうかと考えるが……無理か。


「あれは……」


 その場を離れ物売りを見ておると、懐かしい品があった。塗り物だ。かつて山口の町ではよう見かけた品なのだがな。


「いかがでございますか? 旅のお方。尾張大内塗りでございます。弟子らが作った品故、少々至らぬところもありますが、安くしておきますよ」


 売っておる男の言葉に懐かしさを感じる。周防訛りだ。


 尾張大内塗りか。


「うむ、ひとついただこう。そちらの箸をいただこう」


「ありがとうございます!」


 胸の中に込み上げてくるものを感じつつ、銭を払い、頂いた箸を懐に入れる。御屋形様の心はやはり尾張で生きている。


 この者を見て、それを感じたことが嬉しかった。




 建屋の中は暖かいな。今は冬故、外は寒いのだが。


 付き従う家臣らの様子はようない。わしの近習は学校の良さを察しておるが、なにより父上の家臣が顔色一つ変えずただ付いてくるのみ。まるでわしの近習を威圧するように。


 他国にて楽しげにすることすら気に入らぬのであろうな。


「ほう、絵か」


 学校の建屋の中も賑やかであったが、多くの絵が見られるところがあった。


 噂に聞く武芸大会とやらでは数多の絵を見せておると聞くが、ここでも同じようなことをしておったのか。


 うむ、皆、よき絵を描く。


「これが……噂の久遠絵か」


 驚き足が止まったのは、掛け軸などとは違う、横に広い紙に描いたと思われる清洲の城を描いた絵だ。


 色鮮やかで、まるで己が目で本物を見ているように感じるほどの絵は初めてだ。


 『牧斎』、さような名が記されておることで分かった。これが、久遠の猶子の描いた絵か。帝が親王であった頃に尾張へ御幸した際にあまりの出来にお声がけをしたという。


 ただただ、見入ってしまう。わしも絵を嗜む故、分かる。これほどの絵を描くには技法うんぬんではない。絵師の力量がなくてはならぬはず。


「なんと、この書画はそなたが描いたのか!?」


 気が付くと近習が驚きの声を上げていた。珍しいな。父上の家臣に睨まれることで大人しゅうしておったはずが。


「はい! 懸命に描きました!!」


 ……年端もいかぬ娘だ。この娘が描いた……のか? この書画を?


「そなた名は……?」


「牧場みねでございます!」


 牧斎、牧場留吉と同じ名を名乗る内匠頭殿の猶子か。納得したと同時に、なんとも言えぬ心境になる。


「よろしければ、あちらで版画絵を売っております。ご覧ください!」


「ああ、そうするとしよう」


 たかが絵師、されど絵師。周防では絵師すら消え失せた。尾張では年端も行かぬ娘が大人の絵師を超えるような絵を描いておるのか?


 仏の弾正忠。ふと、そんな異名を思い出す。父上と真逆にあるお方だ。仏故、皆が信じて集まるのではあるまいか? この国に。


 御屋形様は、諦めるのが早過ぎたのだ。


 この地に来てそれを確信した。隆光殿はそれに気づいた故に生きることにしたのであろう。すべてを見届けるために。



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