第2359話・文化祭
Side:織田信長
吉法師と峰法師を連れて学校に来たが、朝から賑わっておるな。
かつて、ここは水利が悪いことで田畑にも出来ぬ地であったが、今はもう、それを知る者が少なくなりつつある。
学校と病院をつくりたい。かずにそう言われた日をふと思い出す。
正直、よう分からぬところもあった。多くの者に学問を教えたいというのは理解したが、これほど世を変えるものになるとは思わなんだな。
祭りをするのは珍しゅうないが、前年の祭りを超えようと励むのはここだけではあるまいか?
古き習わしであっても必要とあらば変えるのは、かずらを見てオレたちが学んだことだ。学校の文化祭も皆で去年よりもよくしようと励んでいる。
「ちちうえ?」
「ちーち!」
吉法師と峰法師が待ちわびておるな。中に入るか。
「これは、若殿!」
入り口では刀を預ける者らが並んでおるが、オレはあいにくと刀を持ってきておらぬ。
「たいぎ!」
「たいぎ!」
「ははっ、ありがたき幸せ!!」
預り所の者らに声をかける吉法師と峰法師に思わず笑ってしまう。いつのまにか子は大きくなっておるな。
「あー! すず! ちぇりー!」
中もどこも人で溢れているが、吉法師がすずとチェリーを見つけると走って行き、峰法師が少し遅れて続いた。
「およ? 若様、おはようでござる」
「おはようなのです」
産休に入ったが、じっとしておるのが苦手な者らだからな。こうして出歩いておるほうが楽しげだ。
「あそぼ!」
「あそぼ!」
先ほどと違う子らしい態度だ。少しは物の分別が付くようになったかと思うた矢先なのだが……。これはこれでいいか。
「みんなでお祭りを楽しむのでござる」
「いろいろと面白いものがあるのですよ?」
オレが幼き頃のように争いの続く国に生まれた者と、争いを知らぬ吉法師たちは違うのであろう。血を分けた兄弟が争い殺し合うよりはいい。
今日はオレも祭りを楽しむこととするか。
Side:塚原卜伝
上様の婚礼もあり近江では分不相応な立場で遇される日々が続いたが、尾張に戻るとゆるりとした時を過ごすことが出来ておる。
こうして変わりゆく国を見守りつつ余生を過ごす。なんと贅沢な日々か。
いかに生きようと、人が己の身ひとつで出来ることは限りある。武芸にばかり心血を注いで生きたわしが、かような余生を送るなどもったいないほどじゃ。
「塚原様!」
「うむ、皆、よう励んでおるの」
あまり武芸が得意ではない子も学問や書画などで才を発揮する。己の成果を見てほしいと待つ姿はよいものじゃの。
おお、向こうでは僧侶らの書が並んであるな。名のある者もおるではないか。
ここ数年、身分ある者が学校を好むようになりつつある。生まれながらに人に頭を下げられる者らであるが、ここでは一介の僧になれると喜んでおるとか。
家や一族から離れられる。これもまた、ひとつの贅沢なのかもしれぬの。
ひとりの僧として真摯に仏道と向き合うことすら叶わぬのが今の世じゃ。己で生きる道を決め、争いのない世を生きる。確かに他国ではありえぬこと。
近江にて宴やらなにやらと出席して分かったが、諸国の者らはここまで尾張が変わっておることを知らぬ。一時の勢いがある者としか見ぬ者もおる。さらに世の根幹が変わるなど思いもしておらぬのだ。
……手遅れかもしれぬの。畿内は。
朝廷や寺社などが途絶えることはあるまいが、畿内が日ノ本の中心から外れることはあり得るかもしれぬ。
かつて鎌倉は政として日ノ本を束ねたが、銭や品物の流れは畿内が握り続けた。ところが今やそれらは尾張が握っておる。
さすがに貧しくなるようなことはあるまいが、畿内が諸国に頭を下げて商いをしてもらうような世が来るのかもしれぬ。
少なくとも織田領において畿内のために働きたい者はおるまい。
僅か十年なのじゃがの……。
Side:毛利隆元
武衛様の許しを頂き、尾張の寺社を参り蟹江にて船も見た。供をする者らは父上の子飼いもおるので、さっさと安芸に戻るようにと言われ煩い。
されど、わしは左様な者らを説き伏せ、まだ尾張にいる。
「なんという賑わいでございましょう」
近習が驚くのも無理はない。安芸ではかように賑わうことは滅多にないからな。
わしは、ここが見たかったのだ。内匠頭殿が尾張にて始められたことのひとつ、学校を見てみたかった。
戦ではなく文治にて政をする。大内の御屋形様と同じことをしておる尾張を知るには、是非見ておきたいものなのだ。
「ふん、贅沢三昧のうえ、人を惑わす。ろくでもない者らだ」
父上の子飼いの者は尾張が嫌いらしい。父上は国人領主としては優れておるからな。国人から見ると面白うないことも多かろう。
されど、民からするといかがなのであろうな? 従えて当然、従って当然。間違いではない。とはいえ国人が勝手ばかりすることで小競り合いがなくならず争いも途絶えぬ。
誰のための国で誰のための世なのか。父上は確かに毛利を大きくした。それはわしになど真似出来るものではない。
だが……、父上のような者がおるからこそ、西国は荒れることになる。
「気が進まぬのならば、供をせずともよい。宿に戻って休んでおれ」
「なんたる言い草。若殿はわしを疎むというのか」
「そなたの主は父上であるからな。わしの命は従わずともよい立場。かようなことを言うてはならぬのだったな。ならばもうなにも言わぬ」
他国に来て少し見聞しておるだけで愚痴をこぼすなど、父上も寄越す人を考えてほしいものだ。誰かに聞かれて、それが武衛様や弾正殿の耳に入るといかになるかと考えられぬらしい。
文治と武断で争うた大内家の愚を、毛利はそのまま受け継いでしまうのかもしれぬな。大内の御屋形様を贅沢三昧のせいで滅んだなどとありもせぬことを吹聴し、毛利が陶殿を滅ぼし大内を潰す口実にした。
贅沢だと? 税も富も命じれば得られると思うておる愚か者が。
西国一の侍大将が滅んだ次は、西国一の国人が滅ぶことにならねばよいがな。
相手が毛利では勝てぬことすら分からぬ。いや、分かろうとせぬ。謀がお好きな父上の家臣らしい男だ。
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