第2358話・文化祭を前に
Side:久遠一馬
学校の文化祭を前に、那古野は賑やかだ。子供たちや職人衆などは、準備をするんだと学業や仕事をしながら頑張っている。
そんな中、菊丸さんと与一郎さんが戻ってきた。
「文化祭には戻りたくてな」
御所に移り住んで結婚もしたんだよね。年内に戻って来られないかと思っていたから少し驚いた。
病ではあるが命に別状はない。休養をしつつ将軍職を務めているというのが世間の認識だ。太平の世ならいざ知らず、本来なら将軍が病気がちだというだけで政情不安になるはずなんだけどなぁ。
理由はいくつかあるだろう。将軍親政ではないことや、三国同盟の軍事圧力があることなど。結局、力かと思うところもあるが、現状の足利政権は戦をしないで統治するという経験を積んでいる段階なんだよね。
安易な戦は駄目だと義輝さんと三国同盟で示したことで、奉行衆は知恵を絞って政権運営をしている。
「きく!」
「よいち、おかえり!」
ああ、子供たちに見つかってしまって一気に囲まれた。
花火の時に将軍として子供たちと会ったが、特にそのことで問題にはなっていない。上の子たちは将軍様と菊丸さんは瓜二つだと気付いているものの、将軍様そのものが身近な存在じゃないため、特に気にすることなくそのままだ。
「おう、ただいま」
「皆、息災か?」
「あのね! 赤子が産まれたの!」
子供たちと戯れる菊丸さんを見ていると、将軍という地位から降りる時間が必要なんだなと思う。
「おお、それはよかったな。会いに行かねば」
なにが正しくてなにが間違っているのか。オレには分からない。庶民を知ることが時には将軍として辛い決断をする日が来るのかもしれない。
ただ、それでも史実の足利義輝を思うと、多少なりとも良かったと思える。
「たびのおはなしして!」
「ききたい!!」
「そうだな。今日は挨拶に出向くところが多い故、後日な」
当初は批判や不満もあったんだけどね。なんのことでもそうだが、上手くいくとそれを認める人が増える。
南北朝時代の清算という一大イベントを終えたんだ。菊丸さんにも年末まではゆっくりしてほしいね。
Side:沢彦宗恩
大人も子供も自ら率先して働き、己が役目を探す。学校では左様なことを皆が当然のようにしておる。寺社ですら成し得ておらぬことだと知る者は多くない。
寺社の中も身分がすべてだ。俗世の身分や実家の力により地位が決まり、身分ある者は身分なきものを当然のように使う。
知識や代々伝える教えは身分ある者らが隠してしまう。すべては己らの地位を守るために。
領内各地の寺社からは、今も寺子屋として近隣の子に学問を教える前にと、新しき学問の教え方を学びに学校にくるのだ。中には己の身分や実家の力の通じぬ学校に不快そうにする者もおるが。心ある僧侶や神職は学校の在り方に驚き、学校こそ神仏の教えを守るのに相応しいのではとすら言うものがおる。
織田が領内の寺社を従えることが出来ておる理由のひとつと言えような。
面目だ体裁だと着飾り贅を尽くす高貴な出の者らと織田の学校、どちらを尊び信じるか。突き詰めるとその一言ですべてが変わってゆく。
もっとも領内の寺社も一枚岩とは言い難い。畿内にある本山などは織田の内情を知らせろと煩いほど求めており、中には知らせておる者もおる。されど、末寺の多くはよう分からぬことをしておると誤魔化したまま本山と疎遠になるところも少なくない。
領国内にあり一帯を束ねるような寺社は特にその傾向が強い。あまり騒ぐなら宗派を変えると示して脅すところまであると聞いておる。
少なくとも織田が領内から出さぬように命じたものは流出しておらぬ。
堕落した畿内の寺社から領内を守っておるのは、領内にある心ある寺社なのじゃ。寺社でも困ったら本山ではなく寺社奉行を頼るのが当然となりつつある。
「お坊様、そんなことはおらたちがやるよ?」
文化祭も近くなり近隣から多くの僧侶や神職が手伝いに駆けつけた。高僧であることが分かる者もおり、子らはそんな者らが働くと驚いておる。
「こら! 年寄り扱いするでない! わしはまだまだ力仕事が出来る!」
「お手伝いします!」
「……うむ、それならば頼む」
なんということはない高僧ですら、ここで働き共に祭りを成すことを楽しみとしておるのだ。身分ある者とて楽ではない。俗世との縁を切るという体裁すら形式になりつつある現状では、出家したとて己が一族の権威や体裁を落とすことが出来ず、相応に振る舞わねばならなんだからな。
そう、真摯に修行をしたいと願いつつ、望まぬ形で高僧となる者もおるのだ。左様な者たちはここに来ると一介の僧に戻れることを喜ぶ。
寺社の生きる道は見えつつある。それが、尾張を更に強く確かなものとしておるのだ。
Side:アーシャ
身分も所属も関係ない。みんなで準備している光景が目の前にある。
文化祭とは思えない規模になったわね、学校を知ってもらうという当初の目的は成功している。
学問と知識をみんなで守り育てる。そんな気風が学校では育ちつつあるわ。この時代ではあり得ないことなのよ。学問も知識も権威権力が私有化して独占しているから。
私たちがいなくなっても、ここはこのままみんなで守ってくれる。そんな確信も得つつある。
「うーん、どうかしら?」
あっちではメルティが灯篭型の山車の最終仕上げに入っている。
「いいと思います!」
「すごい……」
老若男女みんなで祈りながら作る灯篭型の山車は、文化祭の目玉のひとつね。
「そっちをもう少し上だ!」
向こうではギーゼラが職人衆を指揮して臨時の見世物を置く小屋を建てている。職人見習いの若い子たちが作った品などを展示販売する場所よ。
安価で質も悪くないからと、近年では庶民が買いに来るのですぐに売れてしまう。
「うむ、それくらいでよいのではないか」
新任というほどではないけど、久遠家与力を退いて教師として勤めている河尻殿も学校にすっかり慣れたわね。
かつては武闘派と恐れられた人だと聞いているけど、昔を知る人は驚くほど変わったと言うこともある。
無論、厳しさもある。ただし、その人柄から慕われてもいるよね。筆頭家老の佐久間殿なんかは、数年でいいから家老衆に加わってほしかったとぼやいていたほどだもの。
目立ちたくないからと別名で学校や病院に寄進しているひとりになるわ。
いろんな人の思いが詰まっている文化祭。楽しみね。
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