第2356話・大寧寺参拝

Side:毛利隆元


 正直、拒まれるかと思うた。


 大内の御屋形様を討った陶殿は最後まで大内家家臣を名乗り、大内家の立て直しをしておられた。噓かまことか、大友から当主を招く話もあったとか。


 まあ、左様な体裁であったのだ。実態は大内家の乗っ取りであったとしてもな。


 大内家は形としては続いておったのだ。毛利が陶殿を討つまでは……。


 案内役の者も口数少なく、因縁を懸念するような顔をしておる。わしは無言のまま馬に乗りたどり着いた。


「ここが……」


 尾張大寧寺か。目の前にある山門は熱田門であろうか。ここには熱田門と津島門があるという。花火を見たいと遺言を残された大内の御屋形様のためにと、熱田と津島の方角に門を構えたと聞いておる。


 許しを得て境内に足を踏み入れると、いずこからか子らの声がする。


 案内されるまま寺の奥、本堂からほど近い宿坊に入ると客間で待つ。


 遠くから近づく足音に、いつ以来であろうか。胸が締め付けられるような気がした。


 ああ……、最後に会うたのはいつのことであろうか。立ち居振る舞いからして、僧侶となったのだと分かる。


「お久しゅうございます。……隆光殿」


「よう、参られた。備中守殿」


 それは過ぎた年月故か、それとも西国と尾張と離れた故か。遠く感じる。目の前におるというのに。かような形で再会しとうなかったな。


「竜福寺様の墓所に案内致そう」


 隆光殿の背を見つつ歩くと、冬の寒さが身に染みる。御屋形様はかような地で眠っておられるのか。


「……」


 ……御屋形様。


 立派な墓石に胸の奥から込み上げてくるものがある。決して強き武士ではあられなんだ。されど、皆に笑みを浮かべて見守っておられた。


 何故、何故かようなことに……。


 わしは……わしは大内に成り代わろうなどと願ったことなどない。陶殿は、何故、かようなことをしたのだ?


 何故……。




「備中守殿、そろそろ戻ろう」


 いかほど時が過ぎたか分からぬ。気が付くと隆光殿の声で我に返った。


 いつの間にか日が傾いていた。来る時に聞こえた子らの声も聞こえず、カラスの鳴き声が聞こえる。


「隆光殿、某は……」


 話したいことはあるが、言葉が続かぬ。いかに取り繕うたところで、わしは御屋形様を見捨て大内を滅ぼした男なのだ。


「そなたは変わらぬな。御屋形様を慕い、御父上を慕い、その狭間で今もなお揺れておるか。お二方は似ても似つかぬのだがな。それもまた人というものであろう」


 隆光殿……。


「御屋形様ならば、そなたにこう言われるであろう。『そなたは己の道を生きよ』とな」


 己の道か。そのまま隆光殿と別れ、わしは清洲への帰路に就いた。


 隆光殿は己が道を生きておるのであろうな。伝え聞くところによると、共に自害するべく戒名も授かったという。それが御屋形様の遺言を受けて尾張に来て花火を見て今に至る。


 かつての隆光殿ならば、花火を見て自害したのではと思えるが。何故、隆光殿はあれほど生きた目をしておられるのか。


 尾張か、御屋形様の遺言の地。ここは御屋形様の夢の地でもあるのか?


 人質として山口におった頃、生まれ育った地とはあまりに違い過ぎて分からぬことばかりの日々であったな。


 わしが困った顔をしておると、笑いながら教えてくだされた御屋形様はもうおらぬ。


 振り返ると御屋形様が眠るような闇夜が大寧寺を包んでいる気がした。




Side:久遠一馬


 夜更けにもかかわらず太郎左衛門さんが報告に来た。


「毛利殿、清洲城に戻ってございます。例の件は露見してございませぬ」


 エルたちと顔を見合わせてホッと一息ついた。


 毛利隆元さんの大寧寺訪問、それ自体は別にいいんだけど。ひとつだけ懸念があったんだよね。そのために隆光さんと連携して密かに動いていた。


「夜分遅くまでごめんね」


 寒かっただろう。太郎左衛門さんに熱燗を出して温まってもらう。


「いえ、某も安堵致しました。亡き大内卿の忘れ形見でございまする故に……」


 そう太郎左衛門さんが言うように、尾張大寧寺には秘密がある。これは織田家評定衆も知らないトップシークレットのひとつだが、大内義隆さんの遺児が尾張にいるんだ。四男。史実で大石義胤と名乗った人物。


 尾張大寧寺の門前町にある商家で母親である大原氏の娘、せきさんが働いていて、義胤となる子は亀丸と名乗って生きている。今は尾張大寧寺でやっている寺子屋に通う子供として隆光さんが密かに養育している。


 元の世界では大寧寺の変の時に身籠っていて石見で生まれたと歴史にあったが、概ね事実だった。


 史実と違うのは、母であるせきさんが義隆さんの遺言に従い、尾張を目指していたところをウチの忍び衆が保護して尾張に連れてきたことか。まあ、妻たちが裏で手を回していたというのが実情だが。


 せきさんが働いている商家も、ウチの忍び衆が隠居した際に出した店だ。諜報というより隠居後の仕事のために出した店で、商いがメインのところになる。


 尾張に来た時に隆光さんたちと話し合い、とりあえず元服までは身分を隠して隆光さんが育てることにしたんだ。将来的に大内家再興もあり得る子だが、果たしてそれが許される情勢なのか当時ははっきりしなかったしね。


 武士にしてしまえば、望まぬ形で大内家再興の旗頭として祭り上げられる可能性もある。そのため商家で勤める母の子という形にした。


 隆光さん自身、陶に狙われていたので、あの子が大きくなるまで生きられるか自信がなかったのだろう。武士の子にしてしまえば自身の手を離れて身分が露見するかもしれない。そんな懸念があったと聞いている。


 それもあって商家で育て、万が一の際にはオレが母子共に引き取って久遠家に仕える商人として育てる手はずになっていた。


 幸い、陶が滅んで刺客が来ることもなくなり隆光さんも健在だ。とはいえ義隆さんの忘れ形見は今でもデリケートな問題なので素性を隠している。


 事実を知るのは義統さん、信秀さん、信長さんとかごくわずかな人だけだ。


 ちなみに亀丸君とお母さんであるせきさんは、今日は一緒に蟹江の店に行っているはずだ。万が一にも遭遇しないようにね。商いの勉強という名目で数日は蟹江に行かせた。


「一安心だけど、しばらくは大寧寺に戻さないほうがいいかもね」


 エルたちと今後の相談をするが、あの子の将来を思うと、このまま商人になった方が幸せな気もする。西国で大内義隆の名はあまりに重いんだ。


「ええ、今しばらくは素性を伏せたほうがいいでしょう」


 毛利元就、暗殺とか割と多用するからな。義隆さんの遺児が生きているとなると、刺客が来ることもありえる。


 隆元さんを疑うわけではないが、どこから漏れるか分からない以上、彼に知られるわけにいかない。


「太郎左衛門殿、引き続きお願いね」


「はっ、畏まりましてございます」


 この件は太郎左衛門さんに任せている。本当に信頼出来る人たちで密かに護衛しているんだ。


 子供の命くらいは守ってやりたいからな。


 

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