第2355話・宴の最中に

Side:久遠一馬


 宴は和やかな雰囲気だ。関東管領と長尾景虎、古河公方と北条氏康さんが同じ場にいるんだけど。みんな大人ということだろう。近江でも大人しくしていた。


 今日のカレーは、元の世界の日本でお馴染みカレーライスだ。カレーに関してはカレー粉を使った鍋からカレー味の料理などいろいろとあるが、このカレーライスが尾張でも大人気だ。


 天竺料理というより久遠料理という扱いかな。本場天竺の料理と違うと教えているしね。


「おお、これは近江で食うたカレーと違うの。飯とよう合う」


 関東管領、上杉憲政さん。カレーライスがお気に召したらしい。お代わりも出来ると教えると喜んで食べている。元の世界でカレーは飲み物だと言った人がいたが、そんな感じの食べっぷりだ。


 にしても、この人。会った印象が事前の印象と違う。織田家とオレは、どっちかというと北条に近いんだけどね。特に気にすることもなく、近江にいた頃も政治的な話は一切していない。


 もう少し言えば、こちらと積極的に誼を深めようともしていないんだけど。


 他の関東諸将や奥羽南部の諸将も大人しいね。伊達とか最上もいるものの、普通に楽しんでいる様子だ。こういう姿はさすがだなと思う。伊達あたりは奥羽で季代子たちと対峙する様子をみせているんだが。


 それはそれ、これはこれということか。公の場や中央では大人しくして領国に戻ると好きにやるというのは珍しいことではない。


 どちらかというと関東諸将のほうが誼を深めようと動いている。駿河・甲斐・信濃と、関東と接する地から尾張まで広く織田領となったことの意味をようやく悟ったというところか。


 中には織田一族との血縁を持ちたいと内々に話があったはず。斯波家はともかく織田家は今も守護代家としての家格しかないからね。名門である関東の武家であるのだから織田は喜んで血縁を結ぶと思ったところもあるらしい。


 当然、丁重に断ったらしいけど。はっきり言うとメリットがない。


 実は他国からの婚姻外交の話は多い。これある意味、当然なんだよね。他家と血縁を持つことで外交をしている時代だから。


 ただ、ウチはもとからそうだが、斯波家と織田家も基本この手の話は断っている。序列が低くてもいいから側室に娘を出したいという話でさえ断っているんだ。


 織田一族の娘だと尾張や美濃などの元国人衆に嫁ぐことが多い。古参と言える家臣団を固めるという意味もあるし、今の織田家の価値観を理解しているところに嫁に出したほうが双方にとって理想であることが理由だ。


 生活習慣からして、もう他国と織田一族だとまったく違うしね。最近の若い子だと、那古野の学校で共に学んだ男女が家の都合で結婚することが多い。


 オレとしては斯波家と織田家の婚姻には口を出していないが、聞かれると助言はしていた。血縁外交を否定はしないが、価値観の違いからデメリットが多いのであまり勧めなかったんだよね。


 他国だと外交になると坊主が出てきたりするが、織田家だときちんと外務方を作って外交をする形を整えたし。


 ちなみに家中にいる名門とか元守護家とか、彼らが血縁で苦労をしている。血縁があるところは無下にも出来ず、たいしたメリットもないのに手を貸したり仲介したりしないといけない。


 家中で血縁に悩まされ続けていることで有名なのは、三河鵜殿家だろう。今川義元さんの妹婿となったが、それが仇となって織田に鞍替えしたい分家が本家を追放してしまった。今川の臣従後に関係者が尽力して本家と分家の和睦が済んだかと思ったら、今度は鵜殿家の本筋である熊野が神宮と一緒に信濃で問題を起こしたことで対応に追われていた。


 運がないと言えばそれまでだが、織田家中で同情されているところだ。本人たちは変わりゆく時代の中、なんとか生き残ろうと必死なんだけどね。


 なお、織田家臣が織田家の外と血縁を結ぶのは許可制だが、許可しなかった事例はない。ただ、決める前に相談があるが。


 要らないとは言えないが厄介になる縁は疎遠にしたいというのが割と本音らしく、家老衆が相談に乗っている。断る時はしかるべき理由作りとかまで協力しているんだ。


 織田家が上手くいっているからね。厄介になると分かる他家よりは織田家中の中での婚礼が圧倒的に増えているのが現状になる。まあ、それも関東諸将あたりからすると面白くないひとつかもしれないが。


 ただなぁ。織田家だと、名門とか権威とか一種の地雷扱いされ始めているくらいだし。領地制に戻らないと悟った人は、一族の扱いや血縁を結ぶことも新しい価値観にアップデートしている。


 立身出世を望む人なんかは特に学校で学んだ娘を欲しがるし。織田家の各種イベントで相応に振る舞って存在感を出すには、織田家の作法と常識を知らないとどうしようもないからね。


「美味いの~。いくらでも食えそうじゃ」


 宴に出ている人を観察しながらいろいろと考えていたら、憲政さんがお代わりしていた。カレーライス三杯目じゃないか? まあ、この時代の人は米をよく食べるから珍しくないんだけど。


 初めて来た人でここまで堂々と楽しむ人って、公家衆を除くと結構珍しい。公家衆は場を楽しむことで配慮をするが、武士はどっちかというと自分の体裁とか見られ方とか気にするからね。


 隣の景虎さんは食事をそこそこにしてお酒がメインだ。この人は初めてではないが、あんまり遠慮とかしてないよね。数種類用意してあるお酒を順番に頼んで飲んでいる。


 料理はカレーも食べているが、鶏の照り焼きが割とお気に入りなのかもしれない。二皿目だ。


「八郎殿、どう思う?」


 オレはどうしても史実というフィルターであのふたりを見てしまうので、こういう時は資清さんの意見をきくことにしている。


「開き直っているだけかと。これだけ他家の者が集まれば、いかに振る舞ったとて悪うなることはございますまい」


 うーん。そうか。まあ、それもひとつの手法だよなぁ。上杉と長尾、警戒はしているが、上手い具合に争いを避けて動いている。


 どういうわけか、史実よりも対北条への態度が柔らかい。北条を難敵と認めているというか関東の者と認めるような態度で戦をしているんだ。


 景虎に至っては戦火を広げないように戦っている。史実のように軍神というほどの活躍はないが、正直、こちらの評価は史実より高いかもしれない。状況への適応力があるという意味で。


 損得勘定が出来るなら、共存も難しくないんだよなぁ。上杉と長尾。



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