第2354話・帰還と思案する者
Side:久遠一馬
義統さんたちの帰国に清洲は沸いている。義輝さんの婚礼とかも喜んでいたが、一般的に将軍様は遠い存在だからな。
同行者はそれなりに名のある人たちが多い。ただ、こちらはおまけみたいなものだ。軽んじるわけではないが、尾張だとそういう人が来るのは珍しくないしね。
歓迎の支度はしてある。義統さんと信秀さんと具体的に何日歓迎するかなど相談したが、全体の歓迎は宴と茶会など三日ほどして終わることになった。
義輝さんが年内に帰国するようにと帰したこともあり、尾張でも同じく年内に帰国出来るようにと配慮した。
これデリケートな問題なんだよね。個々の事情で早く帰らないと駄目な人もいれば、長居してでも誼を深めたいとかいろいろとある。
歓迎の宴などがあるのに他より先に帰ると角が立つとか、近隣の勢力が誼を深めて不利にならないかとか気にする人もいるし。
まあ、個別に残るのは構わないが、全体としての歓迎は三日くらいで終えて帰すほうがなるべく丸く収めるにはちょうどいいだろうということだ。
「まーま!!」
「まーま! まーま!」
近江に残っている春たちと北畠家と一緒に伊勢に戻ったシンシアたちはいないが、義統さんたちと一緒に帰国したシンディ、セルフィーユ、ナザニン、ルフィーナたちが戻った。
子供たちは嬉しさのあまり興奮が収まらない様子だ。いろいろと近江での話を聞きたいが、後日かなぁ。
今日は同行者の皆さんとの宴までゆっくりとするか。
宴は尾張料理と久遠料理でのもてなしだ。天竺料理であるカレーをメインにしてある。
同行者の皆さんは和やかな様子だ。昔と違うのは、畿内の形式や作法、料理でなくても喜んでもらえることかもしれないな。近江での義輝さんの婚礼やその後の宴などの反応からも尾張料理を楽しみにしてくれていると分かっているし。
政治的な話は近江で済ませてある。正直、ほとんどは挨拶程度のもので斯波家と織田家は何かを与える立場ではないし、勢力を認める立場でもない。
オレはある程度参加したら早めに退席する人たちと一緒に抜けると思うが、最後まで楽しんでほしい。
Side:織田信秀
ようやく尾張に戻ったが、ゆるりと休んでおられぬとは。
力ある者に挨拶に出向き誼を深めるは当然のことだ。それを怠ると戦になることもあり、あの手この手で面倒なことになる。
とはいえ、かような付き合いから争いに繋がることもあろう。なんとも難しきことだ。
此度は公家衆が来ておらぬのであまり面倒がないが、東国の者らが多く来ておる。かの者らは東西で挟まれておるからな。さすがに気になるらしい。
近江や尾張を見ていかに受け止めるのか。正直、他国に迷惑を掛けず己が道を行くならばそれで構わぬのだが……。
無理であろうな。
名門であろうと力ある者であろうと、武士だけでは国を変えてゆけぬ。寺社が国の根幹を支え利権を得ていたことは確かなのだ。そこを変えねば今の世は変わらぬ。
特に関東は頼朝公以来、朝廷であっても戦をして勝ったという自負があろう。
戦をする。大いに結構なことだ。ただし、勝敗が決まったところで降れば己の一族は助かると安易に考える者が多すぎる。多くの恨みと因縁を残して、己と一族の自負と面目のために戦をして後始末は考えぬというのはあまり好かぬ。
まあ、武士にしろ寺社にしろ、尾張以外ではそれで当然なのだが。一馬らと長く共にいるせいか、覚悟もなく争う者らを認める気になれぬ。
美濃土岐家が消えたことも今は昔。降った者らが家中で己が働き場を見つけたことで、争っても許されると考える者がいそうだな。
考えても仕方なきことか。こちらはいかなることになってもよいように備えつつ国を整えねばならぬ。
Side:隆光
御屋形様の墓前にて祈りを捧げる。
「毛利殿が尾張に来たとはな……」
人質として山口にいた頃には、御屋形様に気に入られておった男だ。
わしが安芸国内で毛利と思われる者らに襲われた件は、恐らく知るまいな。あれはあやつの父である右馬頭が放った者らであろう。
右馬頭が陶の謀叛にいかほど加担しておったのか、わしは知らぬ。されど助ける気がなかったのは事実だ。国人とは左様なものだからな。毛利がおかしきことではない。周防長門など大内領の者の多くは御屋形様を支えることを拒んだ。
もっとも命まで奪わんとしたのは陶だけかもしれぬが……。
まあ、左様なことはもうよい。過ぎたことだからな。思い出しておったのは、清洲から毛利殿が御屋形様の墓前に参りたいと願い出ておると知らせが届いたからだ。
墓に参ることで大内の後継でも名乗るつもりか?
毛利は所詮、安芸の国人でしかない。いかに勢力を広げようとも、大内に従っておった者らが喜んで毛利を
御屋形様は大内の家のことは一切言い残すことはなかった。左様なお方でないからな。されど、毛利如きに大内の名を使われることを御屋形様や大内家の祖先の方々は望まれるのであろうか?
清洲から知らせにきた者も、事がことだけに険しき顔つきでわしの返答を待っておる。毛利が御屋形様への謀叛に加担していたのではという嫌疑は、尾張でも知られておるからな。
「お受け致すとお伝えくだされ」
「……よろしいのでございますか?」
「墓前に参り祈るだけならば拒む理由はございませぬ」
しばし考えて御屋形様ならばいかがするかと考えを巡らせて決めた。あのお方ならば会われるはずだ。
大内家の名を使う程度の知恵しか回らぬならば、遅かれ早かれ毛利は終わる。毛利があの地で名門となるほど時は残されておらぬからな。
尾張より始まった新たな世において、右馬頭のような男が御屋形様のようになることはない。あれは乱世でこそ才を発揮する男だ。
大内や尼子に挟まれた苦難があってこそ今を生きる男。太平の世においては、大きくなれる男ではない。
斯波家と織田家はいずれ西国をも呑み込む。そうせざるを得ぬのだ。
その時まで、わしは大人しく御屋形様の墓前に祈りを捧げるだけでよい。
すべては天の導きのままに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます