第2353話・帰国

誤字報告など、いつもありがとうございます。

本日、体調不良につき、細かい確認は後日致します。

よろしくお願いいたします。




Side:久遠一馬


 那古野では文化祭の支度が進むが、今日は子供たちを連れて清洲に来ている。実の子と孤児院の子たちだ。


「ちーち、じーじは?」


「しゅごさまどこ?」


 町は人で溢れ、子供たちはじーじこと信秀さんと義統さんをキョロキョロと探している。


「まだだよ。もうすぐ到着するはずだから、ゆっくり待っていよう」


 今日は義統さんと信秀さんの帰還を出迎えるために来た。広くまっすぐな清洲の道が人であふれているが、ほとんどは出迎えにと集まった人たちだろう。


 人が集まると露店や屋台を出している人がいる。串焼きや汁物などを売っていて、結構売れているらしい。


 オレたちの時とかもそうだけど、領外から戻る時は出迎えにと集まってくれる人が多い。実は、こういう光景は他国ではあまり見られないそうだ。


 偶然居合わせた人が見送ることはあるのだろうが、領民はそんな余裕がないからね。この時代では。


「ああ、あきら様、駄目でございますよ!」


 子供たちが多いことで目を離すとふらふらと離れて行きそうな子もいる。大人も相応にいるから、きちんと見守っているけどね。


 輝とか好奇心旺盛で行動的だからなぁ。侍女さんが付きっきりで見守ってくれているようだ。


「戻られたぞ!!」


 義統さんたちは東山道で戻り清洲へと入った。沿道の人々はお祭り騒ぎと言わんばかりに沸いている。


 ウチの子たちは周囲の皆さんが気を使ってくれたので、最前列で並んでお出迎えだ。


「じーじ、おかえり!」


「しゅごさま、おかえり~」


 信秀さんも義統さんも嬉しそうに見える。いろいろ大変だったはずだし、清洲に戻って一安心というところか。


 織田家中ではこういうことに慣れているから皆さん、堂々としている。ただ、戸惑っている人たちもいる。義統さんたちの帰国に同行した他国の人たちだろう。


 東国の当主相当が多いが、西国四国九州からも同行者がいる。


「まーまだ!」


「まーま! おかえり!!」


 子供たちが一際喜んだのは妻たちの姿を見た時だった。子供たちにとっても妻たちは特別なんだな。改めて嬉しくなる。


 ただ、妻たちのところに駆け寄ろうとした子もいたから、慌てて止めたけど。ここで行列を止めると騒動になって危ないからね。


 いつもは出迎えられる側だけど、こうして出迎えるのもいいね。領民の皆さんがどういう感じで待っていたかが分かる。




Side:上杉憲政


 沿道に溢れんばかりで迎える民の様子に身震いする。尾張ばかりではない。ここに至るまでにも幾度も近隣の民が沿道で見送っておった。


 初めは集まった者らになにか施しでも与えておるのかと思ったが左様なこともなく、我らが通り過ぎると各々の村に戻っておる様子。


 武衛殿か弾正殿が命じたのであろうか? いや、命じたとて従わぬであろう。少なくとも上野では民がわしをかように出迎えることはなかった。


「越後守よ。これが仏の国か?」


「御意、ご覧のままでございます」


 臣下の誰ぞが、尾張は銭で薄汚れた国だと蔑んでおったが、これが薄汚れた国か? わしには仏の国に見えるが。


 年寄りは武衛殿や弾正殿を見て拝む者すらおる。それもひとりやふたりではない。幼子はなにが面白いのか分からぬほど喜び、大声で叫んでおるほど。


 越後守の言葉を受けて隅々まで見てみる。この男、言葉足らずなところがあるが、嘘や偽りを言う男ではない。


 今のところ、越後守の申すことが正しいからな。


 上野にしてもそうだ。家臣らや上野の国人らは越後の兵にて上野を取り戻し、小田原の氏康を叩くべしと騒ぐばかりじゃ。されど、越後守がひとり異を唱えておる。


 戦は上野のみとするべし。氏康の面目を潰さず和睦の機を待つ。それが越後守がわしに献策したこと。


 こやつが懸念しておったのは尾張だ。追い詰めすぎると北条が織田に助けを請うであろうとな。


 実のところ、家臣も上野の国人らも関東諸将も誰を信じればよいのか、わしには分からぬ。


 越後に逃れるまでは氏康を恨み殺してくれると思うたこともあるが、越後守と共におるうちにわしは己の愚かさを悟った。


 わしは関東管領の器ではない。故に上杉の行く末を越後守に託したのだ。


 越後守は一廉の男なれど、越後という地は決して恵まれた地ではない。やはり越後守の献策のままに動くべきか。


「噂の久遠料理が食いたいの」


 敵に回せぬならば楽しんだほうがよい。近江の宴の料理も美味かったが、本物の久遠料理を食うてみたいものじゃ。


 楽しみよの。




Side:毛利隆元


 武衛様に同行を願い出て尾張まで来た。


 ここに来るまでも驚くことばかりであったが、清洲の賑わう町の様子は山口を超えておる。


 大内家の行く末すら遺言を残さなんだ御屋形様が夢に見た国か。まさに御屋形様が好まれそうな国であると思える。


 この光景、父上は自ら参って見るべきであったのかもしれぬ。己が目と耳で直に感じねばこの国を理解は出来まい。


 もっとも、父上では違うものに見えるのかもしれぬが。大内の御屋形様に関してもそうであった。わしの見立てと父上の見立ては違う。


 沿道に集まる者の表情も着物も違う。泥にまみれて田畑を耕し、近隣の村と戦をする者らと違うのだ。


 御屋形様はかような国を作ろうとされておられたのか。


「あれは……」


「内匠頭様でございますな」


 沿道にひときわ目立つ者らがおった。髪の色が違う女と子らがいる。その中に内匠頭殿の姿があることに、わしも家臣らも驚き戸惑う。


 何故、かようなところで出迎えておるのだ。城で待てばよかろう。市井の民と出迎えるべき身分ではあるまい。


 大内の御屋形様もよう分からぬところがあったが、あの御仁も分からぬ。


 この国でなにがあったのだ? 近江も御所より東は穏やかで旅する者が行き交うほどだったが、尾張と清洲はまったく別の国のようだ。


 西国や九州は未だ不穏なままであり、畿内も大きな戦はないものの大差ない。近江御所より東だけが争いなどないように穏やかなのだ。


 近江に参る途中立ち寄った京の都は避ける者も多いとのことで、少し寂しく感じるほど静かな町であった。少なくとも清洲のような賑わいはない。


 これでは尾張が日ノ本の中心のようではないか。


 無論、日ノ本の中心は帝がおわす京の都しかない。されど、畿内は外の者のことなど考えもせぬ。


 かつての大内家もそうだが、畿内などに関わったところでよきことなどない。故に御屋形様は周防を富ませようとされたのだと思うが……。


 まさか、畿内を脅かすほど、尾張は変わりつつあるのか?


 まさか……、左様なことが……。



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