第2352話・宴の終わり

Side:斯波義統


 上様の婚礼後の宴なども終わり、ようやく帰国することとなった。


 思いもよらぬ事などなく無事に帰れることに安堵するの。近江での日々は、祖先に思いを馳せることが多かったかもしれぬ。


 何故、世は荒れ、斯波家は遠江や越前を奪われたのか。何故、織田はわしの命を聞かぬのか。左様なことを考えることが多かった日々を思い出した。


 上様は自ら足利の天下を終わらせても世の安寧を求めておられる。そのお覚悟は見事としか言いようがなく、かつてのように足利を疎む気はない。


 されど……朝廷を信じる気には未だになれぬ。相も変わらず己で動くこともなく、自ら穢れることを避けるばかり。


 院とて我らを理解するように振る舞っておわすが、いずこまで信じられるのやら。我らが苦境に陥っても助けにもならぬ祈りをしたというだけなのであろう?


 一馬は新しき形を好むが、古きものを残すのも熱心だ。故に朝廷を重んじておるが、果たしてそれは正しいのか? 後の世のためを思えば潰したほうがいいのではあるまいか?


 確かに代わりとなる王をいかにするかという懸念はあるが……。


 少なくとも公卿と公家はあのまま残せぬな。


 もうひとつ、一馬らも懸念としておる寺社。これが日ノ本を乱しておる元凶ではと思える。


 端の者が勝手をして暴れておるというのに、高僧らは贅を尽くした着物を身にまとい祝いだと上機嫌に宴に出ておる。その姿を見て幻滅した。


 責める気などないが、あの者らに世と神仏は任せられぬと改めて思うた。


「尾張に生まれてよかったの」


 つい出てしもうた言葉に近習が戸惑う顔をした。


 わしは他国で生まれておれば、あやつらと同じような立場となっておったはずだ。己と己の家のために世を乱し、出家したと称して俗世を乱す。


 左様にならなんだのは尾張におったからなのだ。


「尾張に戻れるのが嬉しゅうてな。わしはやはり尾張守護がちょうどよいらしい」


 困った顔をする近習に思わず笑ってしまい声を掛けた。


「確かに守護様は、尾張におられるほうがよきお顔をしておられまする」


 であろうな。近習や弾正らもそれは同じ。同じ足利一門である吉良や今川とて、帰る日が決まった時は安堵した顔をしておった。


 近江でなにか嫌なことがあったわけではないのだがな。公卿公家や寺社、畿内以西の者らを見ておると気が滅入る。


 世を知り、改めて思う。


 わしはやはり日ノ本を統べる地位を望む器ではないらしい。尾張で弾正と一馬とともに生きるくらいでちょうどよい。


 尾張に帰れることを喜ぶとするか。




Side:久遠一馬


 エミールが産んだ娘の名前はエイミーにした。特に由来はないんだけど、母であるエミールと蟹江の江から一字を貰って名付けた。


 清洲では近江から帰国する前に挨拶に来る諸国の使者も来なくなり、ようやく落ち着いた日々を送っている。


 まあ、義統さんたちが帰ってくる時に、同行して尾張に来る人たちがいるので彼らを歓迎する支度がいるんだけど。


 近江に残る、春たち四人以外の妻も一緒に帰ってくる。正直、ホッとするね。厄介事でも起きるかと心配だったんだ。


「殿、流民のことでございますが……」


 今日も仕事をしようと清洲城の商務の間に入ると、一益さんから報告を受ける。流民と言っても織田領のものではない。近江に集まる流民のことだ。


 様々な理由から流民となる者たち、この時代だとそれなりにいるんだよね。それが近江御所に集まる傾向がある。


「うーん。少し手を打たないとだめかな」


 今はいい。町の普請などで人手はあっても困らないから。ただし、足利政権の財政の脆弱さは、あんまり変わっていない。一段落したら今の規模で賦役をするのは無理だ。


 流民や牢人は治安を悪化させかねない。史実の江戸時代も何度も問題になったことだ。今から対策を考えておかなくては。


 六角と話し合い、御所と一緒に造営した町の税は足利政権の税収とすることや伊賀を直轄領としたことで多少改善しているが、どう考えてもそれだけだと足りない。


 足利政権のアキレス腱はやはりお金だ。権勢だけ義満公に匹敵すると言われても義満公の時ほど財政に余裕はない。


 尾張からの支援は欠かせないが、それにしたってもう少しなんとかしないとダメかも。


 義輝さんの婚礼後の宴なども、年内に諸勢力を帰国させるという体裁で終わらせたんだ。なんか放っておくとそのまま近江に屋敷を構えて、いつまでも宴をしようとする勢力もいそうだったんでね。


 あんまり宴を続けても義輝さんの機嫌が悪くなるだろうし。


 無論、近江に屋敷を構えるのは構わない。諸経費を自分で出してくれるなら。


「諸国からの献金は相応に集まっておりまするが……」


「献金頼りにしたくないんだよね。それで政治が歪められて争いになるのが目に見えているし」


 一益さんも指摘したように、現状では結構なお金が入っている。御所完成の祝いや婚礼の祝いで諸国からの献金が集まったためだ。ただ、これも一時的なものだし、諸勢力からの献金を頼りにするとかならず政治に口を出すようになる。


 名前を与えて礼金を貰うくらいなら仕方ないけどさ。守護や役職を金で売るような事態は避けたい。


「評定衆に報告書を回しておこうか。これはきちんとみんなで考えないと駄目なことだ」


 身の丈にあった国家運営が望ましいんだけど、権威至上主義だからなぁ。身の丈以上に大きく見せようとするし、過去のいい時を参考に分不相応なお金を使おうとする。


 はっきりいうと、この時代の日ノ本は貧しいんだよ。にもかかわらず寺社とか一部の武士だけが贅沢な暮らしをしている。尾張のように国の根幹から改革してみんなで豊かになっているところは他にないし。


 オレから見ると、生産性のないところにお金を使い過ぎなんだけど。それを言えないのがもどかしい。


 まあ、近江御所の経済はこちらでコントロールするしかない。流民もすこしずつ近江から東に移るようにして必要以上に人が余らないようにしないとダメか。


 畿内には足利政権の利権もあるが、家職だなんだと中間搾取が酷くて義輝さんが使えるお金にはならない。その分、義輝さんは畿内を冷遇しているのでどっちもどっちかもしれないけどね。


 尾張の改革が進み過ぎて、畿内と別の流れになりつつあるからなぁ。近江御所は東西を繋ぐ役目もある。なんとしても維持していかないと。


 前途多難だなぁ。


 それでも戦で領地を広げていくよりはずっといいけど。



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