第2351話・冬の都では

Side:久遠一馬


 十一月だ。まあ、これは例によって旧暦での暦なので完全に真冬なんだけどね。


 ことしの那古野文化祭は十一月に行われる。これに関しては日にちを決めたほうがいいのではという意見も、ちらほらと出ていて検討している。


 ただ、武芸大会の直後だと準備が大変なんだよね。実は武芸大会に関しても秋の収穫直後くらいになる太陽暦の十月前半をめどに開催しているので、暦としては日程が安定していないんだが。


「こんなに寄進が集まったの? 無理して集めてないよね?」


 この日は、アーシャとギーゼラと共に文化祭関連の報告書を確認しているが、学校に集まる寄進がかなりの額になっていることに驚く。


 学校と病院は社会インフラとして織田家の資金で運営しているが、学校は人件費を抜くとお金がかなり余るほど集まっていることに驚くしかない。人件費は俸禄として与えている分もあるから別会計にしてあるんだ。


「まさか。それだけ学校に寄進してくれた人が多かったのよ。こっちが目録ね」


 アーシャに渡されたリストを確認するが……、菊丸さんとか晴具さんの名前がある。あとは寺社と職人からの寄進が物凄く多い。寺社は学校と病院の下部組織になったからなぁ。余ったお金を役立ててほしいと寄進してくれることだってあるんだ。職人衆は単純にお金があるしね。


「絵師とかも多いね」


 意外だったのは絵師の寄進も多いことか。茶の湯や書画など、一部の授業は紹介状があると受講を許しているからだろう。絵師の繋がり、雪村さんから始まり畿内の狩野派の人とかも来るしな。


 こういう寄進して地域で支えるって文化もいいね。同調圧力による強制になりかねないから、気を付けないと駄目だけど。


「卒業生たちも寄進してくれているからね」


 ギーゼラの指摘した部分も今見ている。ああ、懐かしい名前もある。学校でよく会っていた子たちの中には、勤務地が尾張からは離れると顔を合わせる機会がない子とかいるからなぁ。


 元気でいるんだなぁ。良かった。


 歳のせいか、ほろりときそうになるよ。若い子たちも金額こそ多くないが寄進してくれているなんて。そのうち同窓会とか開けるようにしてあげたいね。


 それにしても尾張と近隣の領国に限定すると、ほんとみんなで助け合うことが出来ている。権威も立場も違うはずの人々が。元の世界だって、こんなことは出来なかった。既得権や利権を確保した者たちは余所にお金を出さないからな。


 無論、これが未来永劫続くとは思えない。長い歴史から見ると、ほんのわずかな瞬間の奇跡みたいなものだろう。


 ただ、奇跡が後世の人々の希望となり模範となるなら悪くはないはずだ。


「尾張の寺社だと境内に遊具があるところも増えたからね。あっちもほとんど職人衆や商人の寄進で建てているし、お互い様ってことだね」


 そういや、ギーゼラは那古野の職人衆と親しいんだったな。もともとモノづくりが好きだったこともあって気が合うんだろうな。




Side:京の都の商人


 公方様の祝いに近江へ行っておった者が戻り、向こうの様子が京の都に伝わった。


 静養の御所と言うておったはずが、京の都にある花の御所より立派なものだとか。さらに御所の周辺には多くの屋敷が立ち並び、今も町を広げ商人や職人などが住む町を造っておるという。


 畿内より西。西国、四国、九州の諸勢力も近江に出向いておるとのことだが、京の都へは朝廷に挨拶に出向いて終わりだ。中には京の都を避けて近江に出向いた使者もおるとのことだ。


 さらに東国の諸勢力に関しては、京の都に来ておらぬ者が相応に多い。帰国する前にこちらに上洛するのかしないのか。このまま帰国しそうだな。


「政所の伊勢様も降った。京の都に戦火が及ぶことは当分あるまい」


 三好様と公方様の和睦以来、京の都は概ね平穏だ。皆がそれを喜んでおったが、時が過ぎるとともに上洛する者らが減り続けておる。


 公方様が政をするのは京の都であろう? 何故、近江などに立派な御所と町を造る?


「公方様の慶事はよいが、いささか京の都が寂しいな」


「……仕方なかろう。関税が重すぎるのだ。京の都を避けたほうが商いは利になる。高貴な方々も思うたほど高く買うてくれぬしな」


 そう、商人らが京の都を避ける主な理由は関税だ。利が出ないので上洛出来ぬと頭を下げられると、こちらとしてもなにも言えなくなる。


 尾張にしても献上を続けて京の都に品物を流してくれるが、それ以上は税が重く行けぬのであろう。理解はする。理解はな。


「これは昔馴染みの奉行衆と会うた時に気付いたのだが。上様と奉行衆は、上様と先代様が京の都から落ち延びた時、助けとならなかったことを恨んでおるのやもしれぬ。奉行衆ですら京の都は朝廷の都であり畏れ多いと言うておられたのだ」


 畏れ多いか。その言葉、近頃よう聞く。二言目には畏れ多い故と称して上洛出来ぬ理由とする。


「我らが兵を挙げてお助けすればよかったと?」


「いや、我らではあるまい。朝廷と寺社に対してであろう。現に流浪の際に同行した近衛太閤殿下は久遠様と共に、上様と伊勢様の仲裁に一役買ったとか。あちらには五山の僧もおるが、政は管領代様と四季の方様らが差配しており文官として勤めておる以上の力はないようだ」


「恨むなら世を乱した若狭管領と細川京兆であろう」


「ああ、それ故、若狭管領殿は此度も呼ばれておらぬ。丹波守護の細川様は、三好の働きとここ数年の態度でだいぶ許されたようだがな」


 譲位と尾張御幸、それに此度の南北が和解する足利家と北畠家の婚礼にも呼ばれぬとは。恨まれたものだな。此度こそ近衛太閤殿下が仲介するのかと思うたが、何故か関わることなく伊勢様の仲介しかしておられぬ。


「近江に商いを移したほうがいいのかもしれぬな。近頃は無頼の輩すら来なくなりつつある」


 故郷を追われた者、一旗揚げようと願う者が京の都には多く集まったのだがな。特に下京は左様な者らが多かった。


 近頃は左様な者らすら減った。尾張は遠いが近江は近い。公方様の御所と町が出来ると噂になるとそちらに流れた者が大勢おる。


「生きるとは難しきことだな。かつては、戦に巻き込まれねばそれでいいと皆が言うていた。それが戦に巻き込まれぬようになると、尾張や近江より栄えぬのが不満になる。我らのことも疎まれて当然なのかもしれぬ」


 肩を落とした友の言葉が胸に響く。確かにな。つつましく生きるなら困るほどではない。


「尾張では武士が商人も守ってくれると聞くが、ここで我らを守ってくれる者はおらぬからな」


 公方様も叡山もあまり頼りにならぬ。噓偽りなく我らも少し身の振り方を考えたほうがいいのかもしれぬ。


 世の流れには逆らえぬ。



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