第2349話・予期せぬこと

Side:久遠一馬


 エミールの陣痛が始まったと知らせが届き、清洲から急いで戻り那古野で子供たちと一緒に蟹江に到着したんだけど……。


 既に産まれていた。心配していた分だけ、力が抜けちゃったな。


「あかご……うまれてる!?!?」


 子供たちは、さあ、出産だと楽しみにしていただけに、すでに産まれた赤子を見て戸惑っている。いや、誰も悪くはないんだよ。いいことなんだ。ただ、一緒にお手伝いするんだと張り切っていたからね。


「まっ、私にかかれば、こんなもののワケ」


「しゅごい!」


「まーま、しゅごい!」


 上手いなぁ。戸惑う子供たちがその一言で大騒ぎに戻った。


 赤ちゃんは女の子だ。まだなにも分かっていないだろう赤ちゃんはさっきまで泣いていたらしい。


 抱っこしたいがちょうど寝ているからなぁ。我慢しないと。


「金色酒で祝杯でも挙げたいワケ」


「おさけ?」


 おいおい、子供たちが褒めるからエミールが調子に乗って元気アピールをしているし。


「駄目だよ! 赤ちゃんに母乳をあげるんだから!」


 当然ながら赤ちゃんを取り上げたパメラに叱られている。冗談だと分かっているんだろうけどね。子供たちもいるからなぁ。


 赤ちゃんが産まれたことが伝わったのだろう。日頃から賑やかな蟹江がさらに大賑わいになっている。ここは港と商いの町だから清洲とかと比較しても賑やかなんだよね。


 毎日、東西から陸路海路問わず多くの人がやってくる。


 港が出来た当初は、あれこれと問題を起こす余所者が多かったが、今ではそんな人はだいぶ減った。京の都でさえ平気で荒らす、この時代の人が尾張では大人しくする。それは尾張のみんなで努力した成果だ。


 乱暴狼藉は許さない。身分や権威にも屈しないと治安を守るのは警備兵だけではない。蟹江の町衆も一緒になって協力してくれている。


 朝廷や寺社の信頼が落ちて、彼らの権威が通じなくなったことはデメリットもあるがメリットもある。自分たちの国と町に誇りを持って生きているんだ。


「はいはい、みんなおやつよ。エミールを少し休ませてあげましょうね」


 いつもと違う出産の様子にはしゃぐ子供たちを、ミレイが別室に連れて行くべくおやつを用意してくれたらしい。確かに少し休ませるべきだな。


「わーい! おやつ」


「まーまも!」


「私はあとで頂くワケ」


 中にはエミールも一緒に連れて行こうとする子もいるが、やはり疲れもあるんだろう。そんな様子だ。オレも子供たちと一緒におやつに行こうか。


「赤ちゃんが起きたら、また会いにこよう」


「うん!」


「おやつ!」


 屋敷の中では家臣たちが忙しそうにしている。さっそく祝いの品が届いたんだろうな。祝いの品を持ってきてくれた人にはお酒とか振る舞うから、あとで顔を出しておこう。


「ワン!」


「ワンワン!」


 途中、ロボ一族の子たちに会った。今では孫の世代が子を産んでいて蟹江、熱田、津島の屋敷にもいるんだよね。ロボ一族は、基本、屋敷の中で飼っているからか、お座敷犬になりつつある。


 生まれた時から大勢の人に囲まれているからか、柴犬本来の警戒心とかあまりない人懐っこい子が多い。


 オレは祝いの使者と会うので忙しくなるからいけないけど、おやつを食べたら子供たちにはこの子たちと一緒に海のほうに散歩でも行ってもらおうかな。


 うん、子供が増えたんだ。その分、今日から今まで以上に頑張ろう。




Side:エミール


 鏡花の子である穂乃花は、日頃は大人しい子なんだけど、今日は兄弟や姉妹が集まったおかげで楽しそうね。


「みんなが来る前に出て来ちゃうなんて、せっかちな子ね」


 スヤスヤと眠る我が子を見たミレイがクスっと笑った。


「そうかもしれないワケ」


 この世界に来て十年が過ぎた。私とミレイはまだ仮想空間で過ごした年月のほうが長いけど、かおりさんや琉璃なんかはとっくに仮想空間で過ごした年月を越えて、リアルで生きた時間が長くなっている。


 本人たちに聞いてもあまり変わらないとしか言わないけど。かおりさんなんかは子を産んでから確実に変わったところがある。


 司令はどちらかというと細かい性格だから、経験が少ない彼女たちのことを随分と気に掛けていたのよね。


 生きる上での苦しみや苦労を経験していた、ただひとりの人間だったから。その苦労と難しさを理解していたからだと思うワケ。


「あら~、ほんまに産まれてはるわ~」


「お帰り、鏡花」


 知多半島の大野にある造船の視察に行っていた鏡花が戻ってきた。織田領の拡大に伴い造船施設の分散拡充をしているけど、鏡花が船大工衆とあちこち出向いて技術指導と改善点の洗い出しをしているのよ。


「大野はどうだった?」


「うん、順調や」


 今後を見越して蟹江の造船所では恵比寿船の建造整備を優先している。久遠船は駿河、遠江、三河、伊勢、志摩と各領国での建造に切り替えつつある。


 尾張では大野で久遠船の建造整備を続けていて、久遠船用の乾ドックを増設したばかりなのよね。


 久遠船の造船技術は今も核心部は漏れていない。見て真似出来る部分は一部真似されたところもあるけど、帆布ですらウチの専売品となっていて、他所の船では見かけることがないワケ。


 もっとも、帆布は木綿であることが見抜かれていて試作するところはある。普及を妨げているのは費用対効果。移動速度や安全性より、経済性を重んじるのがこの時代の商船なのよね。


 戦船は性能を求めるけど、こちらも戦の形態が変わったことでどこの水軍も対応に四苦八苦している。


 鉄砲や焙烙玉を多用する私たちの戦の戦訓が一部伝わったことで、相応の水軍衆は同じように火薬を用いた戦を想定している。


 ただし、硝石は未だにウチが運ぶか大陸からの輸入しかない。史実のように南蛮勢力が日ノ本近海にほぼいないことで倭寇などが代わりに運んでいるけど、経済力の違いから高くてどこの勢力も満足するほど買えるものではない。


 結局、水軍は経済規模に合わせて戦力を整えるしかないけど、海上案内と海賊行為での収入で尾張に対抗するのは無理なワケ。


 船も武器も中途半端というのが多くの水軍衆の現状になるわ。熊野水軍なんて、尾張の保有する船の数を見て争うのを諦めたくらいだもの。


 とはいえ、海上輸送と領海警備を考えると、織田はまだまだ船が足りていない。余所の水軍衆は未だに理解していないけどね。


「早く帰ってきたなら。子供たちと遊んであげなさい。さっきあなたを探して騒いでいたのよ」


「うん、そうするわ」


 放っておくとまた仕事に戻りそうな鏡花を、ミレイは子供たちのところに行かせた。


 仕事というより船を造るのが好きなのよね。




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