第2346話・政の合間に

Side:足利義輝


 連日、諸国から集まりし者らとの宴やら歌会やらをしておるが、まったく楽しめぬ。母上に聞いたところ、左様なものだという。


 役目なのだと思うて出ておる故、不満をこぼすほどではないが。


 ふと、婚礼前に近衛太閤殿下が言うていたことを思い出す。なるべく皆を連れて行ってやってくれという言葉だ。オレがこうなることを分かっていたのであろうな。


 皆を導かねばならぬとはオレも思う。されど、己と家のことしか考えぬ者らを見ておると、面目やら意地まで察してやるべきなのかという疑問は今も消えておらぬ。


「上様、ナザニン殿、ルフィーナ殿が目通りを求めておりまする」


「ああ、通せ」


 ふたりと共に京極の姿があった。こやつの顔を見て、己が考えは正しくないのだと悟った。


 管領と共に愚かなことをし逆らった故に隠居させたが、今ではかつてより名を上げておる者だ。愚か者であっても相応しき働き場はあるはずなのだ。多くの者にはな。


「あまりご機嫌がよろしゅうないようでございますね」


 ナザニンに見抜かれて苦笑いをした。今は近習以外はおらぬ故、少し気を抜いていたが、すぐに見抜かれるとは。


「いささか窮屈なだけだ。懸命に働くそなたらには済まぬと思うがな」


 将軍となるべく産まれ育った身であるが、オレは尾張に慣れ過ぎたらしい。三人とも察したような顔をしておる。


「今少しの御辛抱を。形も見えぬところから徐々に変えております」


 そう、理解はしておる。此度の御所披露目も婚礼も古き形を用いつつ新しき形も取り入れた。一度に変える難しさは尾張で学んだからな。


「それで、いかがした?」


「はい、政所のことでございますが……」


 ああ、その件か。なにより人が足りぬ。伊勢と話した一馬が頭を抱えておったからな。ほとんど伊勢ひとりで動かしておったのだ。あの男、実務だけをやらせるならば代わる者がおらぬほどではと言うていた。


 小物管領と違い、陰でおかしな動きをするほどではないが、人を増やして役割などを整える必要はある。


 とはいえ、人がおらぬ。京の都は厄介な地だ。五山の僧あたりがあまり大きな顔をして政をすれば叡山あたりが面白うあるまい。武士が一番いいのだがな。


「当面は今のままか」


「はい、京の都は厄介なことが多く手を付けられませんので」


 人は増やすが、政所を廃して新たな役目を設けるのは先送りか。致し方あるまいな。もともと一馬は己で責を取れぬことはしない男だ。


 責を取る者が京の都にはおらぬ。将軍であっても朝廷の臣でしかなく、肝心の朝廷で責を負う者がおらぬ。寺社は寺社で朝廷とも別の権威で独立しておるしな。まとめられる者もおらぬあの地を変えるなど正気のことではないか。


 朝廷といえば関白とは久方ぶりに会うたが、昔とあまり変わっておらなんだ。内心でオレを愚かだと笑うておった頃のままだ。


 あの男そのものは愚かではないが、父である殿下や周囲の言うことを聞いて大人しゅう励むという形を好まぬ男。主上と院、五摂家以外はすべて己が下の身分だと見下しておった男に、今更、責を取る覚悟を持ち励めというのは無理なことかもしれぬ。


 近衛殿下と関白のもっとも違うところはそこだろう。殿下は己で責を負う覚悟で動く。尾張との繋ぎ役を二条殿下に任せたのも、そこが理由なはずだ。


「それでよかろう。こちらはこちらで新しくやっていく」


「畏まりましてございます」


 近江で新しい政を見せるしかあるまい。京の都にな。さすれば、京の都とて変わろうとするはずだ。


 別にオレの都である必要はないのだがな。尾張以外に新たな都が出来るというのは確かに必要だ。人は己に火の粉が掛からぬと本気にならぬからな。


 なんとも愚かなものだ。




Side:久遠一馬


 今日は領国からの報告に目を通している。尾張と近隣は目が届くが、それ以外はどうしても報告頼りになるからなぁ。


 目に留まったのは志摩国の報告だった。史実だと九鬼家を追い出すなど騒動があったところだが、この世界ではその前にこちらに従う形で併合した。


 水軍として働く者が多い志摩の国人衆、仲がいいわけではないが争うほどでもない。志摩の代官は地域のよって分かれていて東は鳥羽さん、南は九鬼さんになる。


 正直、志摩自体が半島とその南の海沿いに広がる地域なんだ。


「言葉がよくないけど、ほんとそれなりに上手くやっているね」


 なんというか、目立つほど大きな変化はないものの、漁業改革や水軍衆の役割変化などを受け入れ土地としては悪くない穏やかな地域だ。


 久遠船が普及して以降は、この地で獲れた魚や鯨などが尾張へと届く。


 ちなみに伊勢志摩と言えば有名な、真珠の養殖。検討は何度もしたが、未だにやっていない。国内の需要がほぼないことと、南蛮や大陸との交易拡大をあまりしていないことで急いで養殖する必要がない。


 ウチで少量だけ持ち込んで暴利ともいえる値段で売ることで、たまに来る明の密貿易船なんかには十分だし。


 一番の理由は、あの地域で機密保持が難しいってこともあるけど。


「私たちが海で動けるから、海沿い地域は大きな問題が起きにくいわ」


 メルティの言う通りなんだろう。海だと恵比寿船の抑止力が働くし、水軍に関しては佐治さんが上手くまとめている。


 ただ、伊勢と志摩は北畠領が内陸に残っていることと、神宮との関係悪化で大規模開発が難しいことがネックになっているんだよね。


 神宮もね。それなりに付き合いのあった人たちは理解を示すし、もともと神宮に従っていた一族の末裔という意味では好意的な人も少なくない。


 とはいえ、自分たちのお金で支えてくださいと言うと、実際に動く人は数えるほどしかいない。どこも自分の家が第一であることに変わりないんだ。


「そういえば、あの地域で熊野の評判がいいんだよね」


 評価を落としている神宮と対照的に、熊野の評価が伊勢志摩地域では悪くない。実は熊野地域の中では熊野三社と武士や領民の間でそれぞれに問題や不和はあるが、全体として熊野の人たちはこちらと上手くやろうと合わせてくれているので評価がいいんだ。


 信濃の一件のあと神宮との関係が一気に悪化した頃から、特にその傾向が強くなった。


 内情はそこまで変わらないと思うが、これ見よがしに友好的な様子に変わると人々の印象も変わった。


「熊野とすると、神宮への仕返しをしているつもりもあるのかもしれないわね。信濃の件だと巻き込まれただけだから」


 うーん、もともと仲がいいとは聞いていないしね。神宮と熊野。こちらと誼を深めつつ気に入らない神宮へ嫌がらせして一石二鳥か?


 なんとも言えないが、こういうのって結果がすべてなんだよね。どんな思惑があったとしても上手くいくと双方が納得することがある。


 熊野三社から以前頼まれていた定期船、そろそろ考えてもいいのではという意見が出始めているし。


 寺社のお守りはしたくないが、紀伊を敵にするのも望んでいないからね。織田家では。



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