第2343話・一馬たちの慶事

Side:ウルザ


 頭上に広がる星空を見ていると、司令から通信があった。


『テレサが無事出産したよ! 男の子だ!!』


 興奮気味な司令に楽しそうだなと思い、尾張で出産すればよかったかと思ってしまう。無論、こちらも寂しいわけじゃないわ。同じアンドロイドが何人も滞在してくれているし、尾張から出産のために来ている家臣たちもいる。


『そっちは大丈夫か?』


「ええ、順調よ。もういつ陣痛があってもおかしくないわ」


 喜んだばかりだというのに寂しそうな顔をする司令に苦笑いが出る。私は私なりに司令を愛しているし、一緒にいたくないわけじゃない。


 ただ、信濃のこの地で赤ちゃんを迎えたいと思った。何故かしらね? 結構、気に入ったのかもしれない。信濃という国が。


 私たちはこうしていつでも連絡が取れるし、その気になれば飛行機で密かに会うことも出来る。そんな安心感があるからこそ、そう思ったのかもしれない。


「近江では大変だったわね。なんか昔を思い出すと信じられないわ。私たちの司令は、あんなに立派な人じゃなかったから」


 通信機越しに見る久遠一馬という人物は、かつてギャラクシー・オブ・プラネットにいた頃の司令と別人に見える時がある。


 司令は決して武士に向いているような人ではなかったのよ?


『そうだなぁ。時々、自分が自分じゃない気がする時があるよ。求められるままに演じているだけだし』


 育てられた。その一言に尽きるのかもしれない。司令は周囲の意見をよく聞いて合わせてくれる人だった。だからこそ、周りの期待や望みを受けて合わせている。ただ、それだけなのかもしれないわね。


 歴史上に現れる偉人も、もしかしたら素のままでは普通の人だったのかも。


「うふふ、いつかいい思い出としてみんなで笑える日が来るわ」


『そうだなぁ。ただし、あんまり美化はしないでほしいよ』


 その気になれば叶わない望みなどない司令でも、それだけは無理だと思うわ。久遠一馬という人物は人々の希望から誇りへと変わって、伝説として語り継がれるはずよ。どうあがいてもね。


 そんな様子を一緒に見るのもまた一興だと思うわ。


『おっと、そろそろ戻らないと。また連絡する』


「ええ、頑張って」


 静かになったから、また星空を見上げる。


 今この時間を大切に生きましょう。永遠とも言える命があっても同じ時間だけは二度と戻らないんだから。


 そう考えていると、お腹の中で赤ちゃんが動いた。


 あなたも楽しみなのかしらね? 生きることが。


 そうであってほしい。一緒に生きるみんなが待っているんだから。




Side:テレサ


 いつの間にか眠っていたわ。起きてすぐにお腹に違和感を覚えて冷や汗がドッと出たが、隣で眠る我が子を見て、昨夜、産んだことを思い出した。


 難産ではなかったものの、陣痛から出産まで時間がかかったことで思った以上に疲れていたみたいね。


「多少でも疲れは取れた? 随分、熟睡していたから少し心配していたのよ」


 マリア姉さんに声を掛けられてホッとした。同じ部屋には医師のマドカと侍女もいるけど、それに気付かないくらい私は熟睡していた。


「ええ、いい目覚めよ」


 外からは賑わう町の喧騒が聞こえてくる。いつもより賑やかかしらね。この子が産まれたことを祝って騒いでくれているのかもしれない。


 すぐにマドカが診察をしてくれるけど、私自身は特に異常はないとのことで一安心ね。無論、この子はすでに診察済よ。


「起き上がって大丈夫か!?」


 診察が終わると侍女から知らせを受けた司令が来た。あんまり寝てないみたいね。少し寝不足そうな顔で心配されると笑ってしまいそうになる。


「大丈夫よ。今ならジュリアにも勝てそうなくらいに」


「へぇ。そりゃ楽しみだね」


 あら、ジュリアたちも一緒に来ていたのね。別室で起きるのを待っていたみたい。


 みんなも大変だったみたいね。陣痛が始まってすぐに、津島神社では母子の無事を祈る祈祷をしてくれていたわ。どうやら産まれるまで続けてくれていたみたい。


 司令は産まれたばかりの子を抱いてあげると、診察するマドカに渡してすぐに挨拶に行った。私が覚えているのはそこまでなんだけど。


「お乳は?」


「元気な子だよ。ついさっき、気持ちよく泣いてお乳を飲んだばっかりね」


 みんなが見守る中、赤ちゃんは気持ちよさげに眠っている。あまりに静か故に、少し心配になってマドカに確認したけど、元気そのものだと笑われてしまった。


 離れたところで大人より短い間隔で廊下を走る音がした。子供たちね。ただ、そんな子供たちが部屋の少し前から静かに歩き出して部屋に入ってくる。


 市姫様と子供たちだった。市姫様も昨夜は帰られなかったのよね。


 喜びのあまりジャンプしたり手を叩いたりしている下の子たちに、市姫様と上の子たちが静かにするように言い聞かせ、みんなで赤ちゃんを見ている。


「なんか食べたいものはあるか? 祝いの品とかもたくさん届いているし支度はしてあるから、すぐに用意出来るけど……」


「うーん、なんかダシの利いたものが食べたいわね」


「分かった!」


 侍女が動く前に司令は自分で動いて取りに行ってしまった。その姿にみんなと一緒に笑ってしまう。


 嬉しさとか、見ているだけだったこととかあって、動きたいんでしょうね。


 いつもの日常、当たり前の日々。こういうのも悪くないのよね。


「おきたら、おさんぽいく?」


「まだ早いわよ。ひと月くらいは屋敷の中で大切にしてあげないと」


 うふふ、下の子たちは気が早いわね。マドカが珍しく困っているわ。


 子供時代なんてない私たちの子供たち。どうなるのかと心配したこともあるけど、なるようになるのかもしれないわね。




Side:久遠一馬


 津島の屋敷に来ると、この世界に来たばかりの頃を思い出すなぁ。


 津島の景色はあの頃と変わりつつある。どこにでもあるさびれた漁村のように見えた津島だが、今では多くの船が連日来る場所だ。


 町も区画整理をした結果、道の拡張に屋敷の一部を提供している。ただ、商いも拡大していたので隣接する商人の屋敷をウチが買い上げて敷地面積自体は広くなっている。


 ここで造っている清酒は久遠清酒と呼ばれていて、縁起物のような扱いで織田家中と領内の寺社の注文分と、ウチが消費する分、贈答として贈る分で精いっぱいなほどだ。


 清酒自体は信光さんが酒造り村で造っていることもあって、領内外などに一般販売する分はそちらで賄っている。


 最初に働きだした信長さんの悪友の皆さんは、今では酒造り職人として一人前だ。ちなみに彼らも身分は武士になる。ウチに来てから一度も戦に出たことがない人もいるけど。


「エル、テレサは出汁の利いたものが食べたいって」


「そうですか。念のため消化のいいものにします」


 台所も賑やかだ。次から次へと祝いの品が届くので、食べきれない生ものなんかは保存しなくちゃならないしね。


 台所にあるかまどの技術で作った薪オーブンは今でも現役だ。それを見ると、ついつい懐かしくなる。


 エルたちの説明を聞きつつ、職人が四苦八苦して作ってくれたものなんだ。


 ちなみにその職人。オーブンの和名である天火てんぴ職人として、工業村の一員になっている。天火というのは久遠語として尾張だと伝わるくらいに有名になった。


 各地の城以外でも、寺社とか裕福な商人とか設置しているところ結構あるんだよね。


 さて、テレサに料理を届けよう。



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