第2335話・歓迎の宴と信長の懸念

Side:久遠一馬


 歓迎の宴は自然な形で和やかな雰囲気だ。自然な形と感じたのは、近江での宴に何度か出たからだろう。


 御所造営と義輝さん関連の宴。あちらは外交の場だからね。同じ和やかな宴であっても、やはり外交と仕事を意識するところがある。


 なんというかこちらは気楽に楽しめる様子なんだ。甲賀望月の皆さんも織田家の皆さんもあまり肩肘張らずに楽しんでいる。


 宴の料理に関してだが、この時代の一般的な料理から少し変化が見られて面白い。


「おっ、これ美味しいね」


 メインはナマズの焼き物なんだけど、塩焼きではなくソテーであることに驚く。油は胡麻油だろう。いい風味と塩コショウの味付けが合っていて、胡麻油の味で中華風に感じる。


 ナマズ自体は味がたんぱくだからね。油と相性がいいんだろう。


 ちなみにナマズ、この時代だと贈答品にするような高級魚だ。義信君や信長さんが来たことで歓迎人数がそれなりに多い。食材集めるのは大変だったろうに。


 ただ、ソテーなのでひとり半身だ。焼き魚だとひとり一尾いるが、ソテーなら半身でもおかしくないからな。知恵を絞ったのかもしれない。


 オレの言葉に甲賀望月の年配者の表情が緩んだ。


「尾張で学んだことを持ち帰り、役立ててございます」


 ソテーに関しては、久遠料理のひとつとして尾張だと見かけるものだ。細かい技法はともかく、食用油を用いて焼くというのは広めてもらって構わない技だと言ってある。


 まあ、それを抜いても甲賀望月とは人の交流が今でもあるから、こういう技術が伝わって当然だと思うが。それを加味しても、この時代で知られている胡麻油を使って料理をする工夫とかなかなか侮れないな。


 甲賀の物価、六角家の直轄領なので同盟価格にしてある。特に塩や米や雑穀など生きるのに必要な品は領民でも手に入るように配慮しているんだよね。


 正直、価格調整。甲賀あたりだと尾張でやっているのを知っていることだ。今日の宴なんかでも尾張料理や久遠料理が普通にある。自分たちも尾張と近い料理で歓迎出来るんだと示すことで、オレたちに対して感謝を示しているんだと思う。


 実際、甲賀でも米や雑穀以外の栽培、薬草とか野菜とか挑戦しているんだよね。尾張と観音寺城の途中にあるので、現金収入になる作物転換が成功しつつある。


「さっ、一献」


「これはかたじけない」


 あちこちから楽しげな声が聞こえてくる。織田家の皆さんも尾張望月の皆さんも、近江で大仕事を終えたばかりだから緊張感から解放されているみたい。


 お偉いさんより甲賀のほうが身近に感じるんだろうなぁ。甲賀望月の皆さんも素直に楽しんでいるオレたちの姿を見て喜んでくれているんだ。


 ひとつ気になるのは新しい当主の子だ。彼にとってオレたちは父親の敵に近い。正確には望月さんの弟が尾張望月の面目を潰そうとしたから、六角家と甲賀望月の家臣たちに殺されたわけだが。


 誰が悪いと一概に言えないことだ。大人はみんな理解しているが、彼の本音が見えてこない。今この場では彼は当主として無難に振る舞っている。


 噂をすればというわけではないが、義信君と信長さんにお酌をした彼がこちらにも来てくれた。


「内匠頭殿、よろしければ一献いかがでございますか?」


 見た感じは恨んでいるようには見えない。ただ、他の尾張望月の皆さんのように親近感もあるようにも見えない。彼にとってオレは遠い存在という感じか。


「ええ、頂戴いたします」


 周囲からだいぶ教育をされたんだろうな。そんな感じだ。


 まあ、そもそも家臣に見限られた親の死で恨むなら家臣が先だろうし。親子関係もこの時代だと元の世界と違うものがある。どこまで父親を慕っていたかも分からないことだ。


 少なくともオレたちを恨むのが筋違いとは思っているのかな。


「なにか困ったことがあれば、いつでも声を掛けてください。甲賀望月とは縁がありますから」


 謝る立場でもないし、過去をほじくり返して彼の面目を傷付けることは出来ない。ただ、オレと血縁がある数少ない武家だ。そこは伝えておきたい。


「ありがとうございまする」


 今日はこのくらいでいいだろう。彼がもう少し大人になったら、きっと自分で考えてくれるはずだ。




Side:織田信長


 甲賀望月に対するかずの様子に、いつだったか親父の言葉を思い出す。


 かずは新しきことをさせるのはいいが、古きしがらみを終わらせるのは向かぬと言うていたのだ。


 誰ぞが死ぬと己で抱え込んでしまう悪い癖があるからな。近頃は気にする態度を見せぬ故、変わったのかと思うていたが。隠しておっただけかもしれぬ。


 甲賀望月の者らに悟られぬようになっただけ変わったとは言えるが。まだ、僅かだが責を感じておる節がある。


 若武衛様ですら気付いておらぬが、エルたちと八郎と出雲守は気付いておるとみえる。性分故、致し方ないのかもしれぬな。


 命の価値。一馬らが尾張に来た当初から教え説いたことのひとつだ。確かに軽々に奪うものではあるまい。されど、人の命を軽んじるような愚か者のことまで考えるとは、オレには理解出来ぬところだ。


 望月の争いはかずには関わりあるまい? 兄とはいえ出雲守の面目を潰そうとしたのだ。相応に処されて当然の男だというだけの話。


 分かっておったことであるが、かずの慈悲は己が身を削るようなもの。故に、親父や守護様はあまりかずに争いの始末などはやらせておらぬのだが。上様の治世に関わるようになり、それもうやむやになりつつある。


 今はもう昔ほど抱え込むとは思えぬが、気を付けておいたほうがいいかもしれぬな。


 エルたちもおる。オレが口を挟むべきことではない。されど、言わねば伝わらぬからな。それもまたかずらに教わったことだ。


 幸いなのは甲賀望月の者らが、かずに感謝こそすれ恨む者がおらぬ様子であることか。死した者のことと生きる者の双方の思いを感じておろう。


 もう少し己を誇ってもよいと思うのだが。どこかに世を変えておることへの負い目がある。かずはなにをそこまで負い目と感じるのだ?


 見方によっては、かずがもっとも古き世を変えることに罪を感じておるように思えるが。オレの気のせいか?


 分からん。尾張に戻ったらエルと話してみるか。


 日ノ本に引き込んだのはオレだからな。オレがかずを最後まで守らねばならぬ。



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