第2330話・愚か者と困る者

Side:久遠一馬


 婚礼を祝う声は花火から数日過ぎた現在も続いている。


 こういう言い方が適切は分からないが、細かいことはいいんだよ。お祝いだ! と騒ぐ人とか結構多い。


 一方で婚礼にて明らかに見えてしまった力の差。特に斯波の力が大きすぎるという不満が出ている。畿内の諸勢力の本音は自分たちが世の中の中心であり続けることであり、義輝さんや足利家の行く末をそこまで心配しているわけではない。


 そんな懸案のひとつが報告として届いたが、なんとも言えないものがある。


「これもなぁ」


 各地から花火見物のためにやって来た坊主が、近江にて町や村を荒らしたり娘に乱暴したりしたなどと騒動になっている。


 旅慣れている者たちはまだいい。あまり旅などしたことがない中途半端な身分の坊主が偉そうにしてあれこれと要求したり、荒らしたりしているんだ。


 織田領でも散々あって、もう畿内からの人を入れるなという献策は今でもある。自分たちの行動がどうみられるか。まったく考えていないんだ。


 まあ、そういう時代でもある。京の都だって上洛した勢力が都を荒らすと怒っているのに、自分たちが地方に行くと勝手なことをして揉める。その程度のことだ。


「管領代、騒ぎを起こした者は捕らえろ。諸国の主立った者が来ておるのだ。やつらのいるうちに罪人として裁けばいい」


 近江の民は概ね義輝さんの婚礼を祝って喜んでいる。それに水を差す者たちに義輝さんは怒っている。


「内匠頭殿いかが思う?」


「いいのではないでしょうか。庇うなら公に謝罪させて責を負わせればいいだけですし」


 義賢さんは少し迷ったのかオレに声を掛けてきたが、黙認する必要ないと思う。徹底的に取り締まるべきだ。


 宗教関係者にも人に迷惑を掛けないように花火見物をしていた人たちだって、たくさんいるんだ。彼らと無法者は別だと世に示すのは必要だ。


 ちなみに割と酷いと騒ぎになっているのは比叡山系列の者たちに多い。坊主の特権があるからか関所もお金を払わずに通過するのはまだいいとしても、途中の宿でお金を払わないとか、寄進を寄越せと騒ぎを起こしたなんて報告も届いている。


 お祝いだからと大目に見ることでもないし。


 当然、高僧などはそんな騒ぎは起こしておらず、むしろ下賤な者たちだと呆れていると思う。正直、寺社というのも難しくて簡単に改革出来ないんだよね。昔はオレもそこまで知らなかったけどさ。


 新たに織田領内となった地域の寺社からは密かに相談を受けることが多い。


 寺社も内情は複雑だから命じたところで下っ端なんて言うこと聞かないし、下手なこというと俗世の血縁者などが口を出して権力争いが起きるだけだからなぁ。


 織田領だと割と大人しくしてくれるんだけどね。ただ、根本が変わったわけではないから尾張に行く途中の近江あたりだと酷いと報告が届いている。


 仏の弾正忠なんて言われて、武士が信じられるようになっている現状でのことだ。織田領のみならず人々の寺社離れは近江でもおきている。


 まあ、昔から地元の寺社以外は無関係だからと、そこまで信を集めていたわけじゃないけど。さらに比叡山あたりもお膝元の地域では今も昔も好き勝手にしていて、酷いなんて話は珍しくない。


 義輝さんが京の都を離れたことで、朝廷の権威は今も落ちたままだ。それに連なる比叡山の権威には近江でさえ疑問を抱く人が増えつつある。


 こちらとしては特に動いていないんだけど、織田領がまともになればなるほど、昔から変わっていないところは評価が下がっていく。


 慶事も終わって、さっそく粗が出てきたというところだろうね。




Side:比叡山の高僧


 近江御所での御婚礼のあとも、諸国から訪れている者らと会うなど忙しき日々を送っておるが、慌てて駆けこんできた者の知らせに頭を抱えた。


「愚か者どもが……」


 怒りが込み上げてくるが、ここで怒鳴るわけにもいかぬ。近江御所周辺や六角領にて、叡山に連なる坊主どもが勝手な所業をして上様と管領代殿の怒りを買うておるとか。


 六角は捨て置けぬと兵を出して狼藉者を捕らえ始めた。


「いかがする?」


「捨て置け。愚か者などいらぬ」


 諸国の者が参っておるというのに叡山の恥を晒す気か? 共に上様の婚礼祝いにと参っておる者らと話すが、誰一人愚か者を庇い立てしようとする者はおらぬ。


 当然だ。左様な者がいたら絶縁してやるわ。


「だが、こちらで動かねば管領代殿の不興を買うぞ。三国同盟は寺社の横暴に厳しい。商いを止められたらいかがする?」


 無量寿院や神宮の先例がある故、我らとて他人事ではない。にしても、畏れ多くも上様の慶事で騒ぎを起こすとは……。


 斯波と織田と久遠は無法者を許さぬと評判だ。怒らせると相応の覚悟がいる。


 対峙するとしても、上様の慶事を穢したとあっては、いかほどの者が我らの味方となるのか。五山や石山などは手を叩いて喜び、三国同盟に味方してもおどろかぬ。


「捕らえるならば好きにさせればよかろう。あとは叡山に逃げ戻った愚か者を罪人として引き渡せばよいのではないのか? まさか兵を出して我らに捕らえろとは言うまい」


「確かに、三国同盟は恐ろしいが話が分からぬ者らではない。上様の婚礼を穢した者を差し出せば納得するやもしれぬ」


 兵など出せば戦になってしまうではないか。とすると他の者らの言う通り、上様の慶事を穢した罪人として幾人か引き渡せばいいか。


 上様は今でこそ落ち着かれたが、数年前はその御気性を懸念する声もあったのだ。鹿島の塚原殿や久遠内匠頭殿と知己を得て落ち着かれたがな。


 今の上様の権勢では叡山を征伐するなどと言われると止められなくなる。


「管領代殿に謝罪するしかあるまい。わしが行こう」


 叡山に連なる身でありながら、愚かなのは奥羽の者ばかりではないということか。商いでは久遠に勝てぬ。叡山が荷留されたなどとあっては末代までの恥となる。神宮のような恥さらしは御免被る。


 此度は久遠を愚弄したわけではない故、そこまでせぬと思うが。上様がご命じなされると……。


 やれやれ、騒ぎなど起こさずとも花火は楽しめよう。尾張に花火見物に行く者は、皆、そうしておるのだぞ。


 此度は叡山から近いこともあって、愚か者が多く出てしまったか。荒れ果てておる京の都や畿内と近江以東は違うというのに。


 言わねば分からぬのか? 言うても分からぬのか? 寺社というだけで安泰な世ではない。ようやく訪れつつある太平の世を叡山に連なる者が汚すのか?


 我らとてこの数年無策で遊んでおるわけではない。綱紀粛正など試しておるが、一向に上手くいかぬ。俗世と繋がり勝手な振る舞いを続ける者が後を絶たぬのだ。


 いっそ我らが頭を下げて久遠の知恵でも借りねばならぬのか? されど、己が所領を治められず配下の者すら御せぬとは言えぬ。


 困ったものだ。



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