第2327話・花火のもたらすもの

Side:久遠一馬


 夕刻になると、琵琶湖沿岸や造成中の町には溢れんばかりの人が集まっている。奉行衆の話では、周辺の花火が見えそうなところには人が集まっているそうだ。


 今回の花火は、あくまでも義輝さんの婚礼祝いだ。花火そのものはそこまで宣伝していなかったはずだが、義輝さんの婚礼を祝うために全国から諸勢力が集まっているからな。


 花火を打ち上げるという話が事前に伝わっていた。どこの勢力も周辺を刺激しない程度の大人数で来ているんだ。


 そこに花火を一度は見たいという人たちが集まっているんだ。正直、尾張より東からは尾張の花火大会があるから、そこまで花火見物にやって来ていないものの、近江や畿内などからは大勢の人が来ている。


 今回は特に寺社からの人も多いと聞いている。比叡山延暦寺、京都五山、石山本願寺、大和興福寺などなど、一部の高僧は義輝さんの婚礼を祝うために来ているが、それ以外の者たちも大勢来ていて花火見物を楽しみにしているんだとか。


 花火の情報は特に隠すことじゃないからな。義輝さんの婚礼に人を集めるためにも諸国に伝わることを想定していた。


「さすがに寒くなってきたな」


 旧暦だと九月、新暦だと十月末なんだ。もう秋も深まっていることで夜は冷える。


 御所の庭には大勢の身分ある人たちが集まっていて、花火を待ちわびている。花火を見ている間に寒くないようにと火鉢を用意して配っている。炭火が赤くきている様子は見ていてホッとする。


 今夜の花火見物をするための宴は、尾張流というか久遠流だ。席次も決めず、バーベキューや大鍋での汁物などを用意しており、あちこちに用意した椅子とテーブルや敷物の上に座って自由に見物するんだ。


 これ実は奉行衆が提案したことになる。久遠の花火を見るならば久遠の流儀で見るのが一番だとなったらしい。


 尾張では上皇陛下も経験済みだしね。特に権威がとか下賤なとかいう声はなかったと聞いている。


「殿、お酒をお持ち致しました」


 オレが動くと目立つから、邪魔にならないところでのんびりとしていると、留吉君と猶子の子たちがオレたちのところにお酒や料理を持ってきてくれた。


 妻たちも多いし、ウチの料理を作れる子とか何人か一緒に来ているんだよね。ちなみに留吉君、雪村さんと一緒に近江滞在中に義賢さんに頼まれて襖絵を描いていたはずだ。


「ありがとう。留吉もゆっくりしていいよ」


 余談だが、御所にはメルティと慶次と留吉君の西洋絵画や、留吉君と雪村さんの襖絵をお納めしてあるから、どこかに飾っているはずだ。あと留吉君の弟子のおみねちゃんの水墨画は慶寿院さんの私室に飾ってあると聞いている。


 おみねちゃん、今回は連れてこなかったけど、連れて来ていたら慶寿院さんと本来の身分で対面したかもしれないんだよなぁ。まあ、慶寿院さんが身分を明かすことをあまり望んでいないので、当面は実現しないと思うが。


 温かい汁物もある。猪鍋だなぁ。中には馬鈴薯も入っていて、合わせ味噌のいい味が染みていて美味しい。これはご飯も欲しくなりそう。


 今は妻たちもようやく一息ついて合流しており、周囲にはずっと一緒に働いていた織田家の皆さんもいる。いろいろ大変だったけど、それだけ充実した顔をしているように見えるのは気のせいではないだろう。


 義統さんと信秀さんは義信君と信長さんを連れて、まだ諸国から来た人たちと話をしている。


 公式の挨拶ではないはずだ。ただ、こういう宴の前後にも顔を売って誼を深めようと声を掛けてくる人は大勢いるからな。


 ある意味、これが本来の室町時代の政治の形に近いんだと思う。かつて守護が京の都で集まっていたと聞くし。


 こういう場を定期的に設けることが出来ればなぁ。多少でも意思疎通して調整出来れば、今よりはマシになるはずだが。まあ、そうなったらそうなったで諸国の問題も関与することが必要となるので、別の苦労が出てくるんだけど。


 足利政権は成立以降、中央で地方の諸問題を解決するような体制じゃないしね。


 考えても仕方ないか。今日は花火を楽しもう。




Side:六角義賢


 端から見ておるのと当事者になるのではわけが違う。左様なこと承知だ。されど、近江にて院の御幸と上様の婚礼をするという前代未聞のことを成してみると、改めて教えられたことが多い。


 奉行衆もよう務めたが、此度の婚礼は三国同盟の力なくては出来ぬことであった。特に久遠の下支えがいかに物事を作り上げ動かしていくのか。まざまざと見せつけられた。


 もっとも此度は陰働きと言えぬほど表立って動いておられたが。言い換えると、それだけ余裕がなかった証。


 上様の婚礼と南北の因縁を終わらせる。この場にてそれを確と世に示さねばすべてが無駄になってしまうからな。


「御屋形様、一献いかがでございますか?」


 空を見上げておると、後藤但馬守に声を掛けられた。静かに酒を受けると、注がれた酒を飲む。尾張澄み酒の熱燗か。これもよいの。


 上様は、院と慶寿院様、北畠卿らと共に花火を見物されるため、わしの近くにおられる。席次を決めたわけではないが、一番良い席を空けて待っておったからな。


「南北に分かれた者らが、泉下で喜んでおればよいがな」


「喜んでおりましょう。ようやく戦が終わったのでございます」


 後藤但馬守ばかりでない。家臣も宿老らも、皆、誇らしげな顔をしておる。確かに久遠の働きは並び立つ者がおらぬが、それでも皆で力を合わせたからこそ成したのだ。それ故、妬むこともせず誇らしく思うのであろう。


 父上も喜んでおられようか? わしは、ようやく遺言の通り、新たな世をつくるひとりとなれた。


 無論、これは新たな世への始まりに過ぎぬが。


 久遠の目指す世は、今の世とは違う。戦を起こさせぬ国。各々が所領を治め、己が所領以外は敵地となる世を変えることだ。


 これには、なによりも日ノ本を治める者が信じられることが必要となる。道のりはまだまだ果てしなく遠い。


 足利家にしても、長年積み重なった深き業をようやく始末し始めたばかり。さらに朝廷が積み重ねた業もいずれ手を付けねばなるまい。


 出来るのであろうか? 人の短い生涯で。


 いや、やらねばならぬのであろうな。是が非でも。


 天にある星すら霞ませる久遠がおれば……。


 そろそろ、花火が上がるな。


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