第2325話・南北が交わる時・その十二

Side:近衛稙家


 町の喧騒が、院の御座所まで聞こえてくる。


「皇位を巡る争いの始末を武士が付けた。これもまた世の流れであろうか」


 我と山科卿が拝謁すると、心穏やかに過ごしておられる院が滅多に明かされぬ本音を口にされた。


「楠木のこと、南朝方の者たちのこと。朕が心を砕くべきであったな」


 確かに、それはそうかもしれぬ。されど、数年前まで大樹が京の都を追われておったくらいだ。南朝方のことなど変えられることではない。下手をすると足利が怒ったかもしれぬのだ。


「北畠と足利を繋ぐなど、誰にも出来ることではございませなんだ」


 足利に北畠が輿入れする此度の形がもっともよき形であろう。されど、北畠とて軽々に娘を足利に出すなど許さぬはずだ。


「なればこそ、朕の役目であったはずだ」


 難しきところだ。戦の名目と実情は違う。確かに主上や院が取り持つべきことであったかもしれぬが、足利も北畠も権勢を戻したのは斯波と織田の助けがあればこそ。


 突き詰めると、内匠頭が成したようなものだ。あやつがひとりいるだけで皆が周囲を信じて動ける。


「今更なことよな。されど、急いて内匠頭の妨げをすることだけはあってはならぬ。朕は、大樹の婚礼を祝い、今宵の花火を共に楽しむしか出来ぬ」


 院……。この場にて共に祝う。その価値を御身がもっとも理解しておられる。


 南北の争いの終わった世だ。新たな世とは言い難いが、それでもこの時を待っておった者は多いのだ。


 花火と共にせめて、今この時だけでも……。




Side:慶寿院


 私のところにまで喜びの声が聞こえてくる。南北に分かれ争った末裔の者たちが、ようやく因縁が終わる時だと喜び共に祝う。


 こんな日が来るとは……。


 大樹の正室となった北畠の方は、武家の女とも公家の女とも違う様子です。礼儀作法は養女となった後に北畠で学んだようですが、那古野の学校で学んだ者とのこと。久遠の流儀も会得している新たな世に相応しい正室でしょう。


 多くは望みません。大樹の権勢とて一時のものかもしれぬのですから。共に歩み、足利の家を残してくれたらそれでいい。


 それで、あのお方と私の日々が無駄ではなかった。そう思える気がしますから。


 これからも世は変わり続けるのでしょう。足利もまた世の流れに逆らわず変わっていかねばなりませぬ。幸いなことに、その道を示してくれる者たちがいる。


「落ち着いたら、女たちで宴でもするのもいいかもしれませんね」


 ふと尾張で学んだことを思い出しました。尾張では女衆だけで宴や茶会、和歌を詠むことをしているとか。足利でも真似てもいいかもしれません。


 皆と共に生きる。それを示すことは決して悪いことではないはず。


 うふふ、なにをやろうかと考えるだけで楽しくなります。争い従えるばかりではない。新しき日々。


 落ち着いたら曙殿に話してみましょう。




Side:朝倉義景


 近江に来て以降、今まであり得なんだほど多くの者たちと顔を合わせた。


 無論、武衛殿と弾正殿にも挨拶に出向いた。越前に戻り、このことが知れると騒ぐ者もおろうが知ったことか。


 最早、格が違う。武衛殿が因縁を胸に収めてくださる以上、こちらが下座に座るのは当然のことだ。


 この日は、内匠頭殿のところに出向いた。


「若狭への備えの件、ありがとうございます」


 開口一番で、そのことを言われるとはな。内匠頭殿に頼まれて少しばかり若狭にて管領殿と武田が動かぬように手を打っただけだ。


「たいしたことはしておらぬ。斯波家との仲介をしていただいておる身としては当然のことだ」


 誰も出来ぬことを平気でする御仁だからな。それを誇ることもなければ、対価を求められたことなど一度もない。頼まれ事すら初めてだからな。当然、応えるわ。


「尾張では、真柄殿がとうとう剣の試合で一番になりましてね。尾張では大騒ぎでしたよ」


 十郎左衛門。あやつが越前と尾張と繋ぐか。宗滴が気に入って手元に置いたことで越前でも騒ぎとなった。


 近習が欲しいならば、我が子を使うてくれという者は多くおったからな。ただ、宗滴は左様な話を断わり、十郎左衛門だけを側においた。


「羨ましき限りだ。真柄家はこれで安泰であろう。越前と争うことになっても、あやつは尾張で生きていける」


「朝倉殿のことも、皆理解しておりますよ。宗滴殿が尾張にて因縁を終わらせるために生きております。もう少し時が必要でしょうが、必ず……」


 つい本音を漏らすと、思いもせぬ言葉をいただいた。わしにそこまで言うてよいのか? 未だ斯波家との因縁があるのだぞ。


「何卒、良しなにお願い申し上げる。斯波家と朝倉家との戦だけは、なんとしてもわしが止めて見せる故に」


 もう立場もなにもない。下座で深々と頭を下げる。近江に来て、この御仁の力を改めて悟った。最早、天下を動かしておるではないか。


「ええ、こちらこそお願いします。戦さえ避けられたら、あとはなんとかしますから」


 朝倉家が今の立場で生きられるのは、他でもない。内匠頭殿の慈悲そのもの。安房の里見などは、内匠頭殿の怒りが解けず寺社すら見捨てるほどだと聞き及ぶ。


 十郎左衛門に感謝せねばな。あやつが紡いだ縁だ。




Side:久遠一馬


 花火当日、今日も今日とて忙しいが、朝倉義景さんと会っていた。互いに忙しいので婚礼のあと早い段階で会おうと約束していたんだ。


 いろいろと情勢が変わる中、斯波家と朝倉家の因縁が懸案として残されたままだからな。


 越前あたりだと、今でも一戦交えてしまえば互角には戦えると思っている人が割と多い。まあ、一戦交えて駄目なら朝倉を犠牲にして降ればいいという本音が見えるけど。


 正直、朝倉と戦をするって、こちらにもデメリットが多い。越中、能登、加賀、若狭。あのあたりは独立したままだが、越中と加賀は一向衆で荒れているし能登も面倒なところなんだよね。能登では畠山と有力者が泥沼の争いしている。


 残る若狭は言うまでもないし。


 今は、あのあたりまで面倒見ている余裕はない。来年も冷夏で関東では深刻な飢饉になるのに。


「朝倉で厄介なのは一族と国人衆でございますな」


 義景さんが帰ると資清さんがなんとも言えない顔でため息を漏らした。


「分かっている人はいるんだろうけどね。斯波家と織田家に降るというと騒ぐんだろう」


 威勢がいい人、大口を叩く人、そんな人はいつの時代もいる。オレたちが来る前から斯波と織田など物の数ではないという雰囲気があって、変わることないまま今に至るだけだ。


 ある日突然、言うことが変わると臆したかと叩く人もいるしね。


 なんというか、変わるきっかけがないまま時が過ぎた。ただ、それだけの話なのかもしれない。


 義景さんにはなんとかそこを変えてほしいだけど、難しいだろうなぁ。



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