第2323話・南北が交わる時・その十
Side:久遠一馬
婚礼の宴が終わると一段落……になるはずだったんだけどなぁ。
正直な感想として、義輝さんの婚礼を歓迎する声は思った以上に多い。武士や寺社や庶民に至るまで。
個人的にどうしても史実との対比をしてしまうので、そこまで足利家の婚礼を祝うと思わなかった。
理由は真継の件と南北朝の始末だと思う。やはり分かりやすい成果を出すと評価は上がるんだなと実感した。
南北朝の始末に関しては、晴具さんと具教さん、楠木さんたち南朝方だった者たちは大忙しだ。当然、織田家中にいる南朝方の名門の当主は揃って近江入りしていて、北伊勢出身の千草家、遠江出身の井伊家などなど、皆さん外務方と共に各地の諸勢力と挨拶を交わすなど忙しく働いている。
南北朝、敵味方がはっきりするほど、そんなに単純な問題じゃないんだけどね。とはいえ不遇だった者も少なくなく、彼らの晴れの場となる。
ちなみに普段は伊勢に滞在して北畠家の担当をしているシンシアたちだが、今回、北畠家に同行して近江でのサポートをしている。義輝さん主催の宴などとは別に、北畠家が主催する宴、歌会、茶会などもあるんだ。
間違っても北畠家が斯波家や織田家に劣ると思われてはいけない。宴などの規模や料理などはこちらで調整していて、北畠家のイベントには斯波一族や織田一族と共に妻たちや資清さんたちが出席するなど、もうウチが関与していることを隠してはいない。
さすがに婚礼のお披露目には出なかったが、他の宴や集まりには妻たちも出席している。エル、メルティ、ジュリア、ケティ、シンディあたりは名前も知られているので、引っ張りだこなほどだ。
また、奥羽代官である季代子たちと信濃代官代理であるイザベラは、それぞれに代官として近隣諸勢力との挨拶の場に同席するなどしていて忙しい。
「今日からは領民へのお披露目か。上手くいくといいけど」
それとお披露目の宴は終わったものの、まだ新しい試みがある。領民向けに義輝さんと正室のお披露目をするんだ。
当然、本来ならやらないんだけどね。ただ、京の都では朝廷の即位の礼などを庶民が塀の上から覗いていたなんて話も元の世界ではあった。近衛さんたちに聞いたところ、そういうこともあるとのこと。
義輝さんの婚礼をみんなで祝う。盛大に振る舞ったお酒や菓子の締めとしてお披露目を計画した。
無論、礼儀作法も知らないような不特定多数の人を御所に上げてしまうわけにはいかない。そこで元の世界にあった皇室への一般参賀を参考にした形を考えた。
義輝さんと正室さんには上座にある御簾の中にいてもらい、領民は庭で遠くから拝謁する。この形なら悪くないという結論に至って準備をしていたんだ。
御所に入れる前に持ち物検査をして武器や石などは取り上げる。そのうえで離れたところから拝謁するだけなら、問題は起きないだろうという意見が大勢を占めている。
「懸念はございますまい。念のため警護は厳にしておりまする」
ついつい呟いてしまったが、資清さんの一言に安心する。領民へのお披露目と一般参賀を参考にというアイデアは出したが、具体的な形は多くの人が関わって検討した。
みんなで祝うという形を実現したいと、身分も立場も超えて知恵を絞ってくれたんだ。
「八郎殿、明日の花火は?」
「はっ、万事抜かりなく」
今日明日の二日間、午前と午後に数回ずつ領民へのお披露目があるが、最後の締めは義輝さん主催の花火打ち上げだ。
これは義輝さんの要望になる。花火を新しい御所の祝いに集まった者たちに見せたいと。
すでに花火の噂を知らない人はいないだろうし、毎年、日ノ本全土から見物人が尾張にやって来るが、実は身分ある者たちは意外に見たことがない人が多い。領国を長く空けるとなにがあるか分からないことや、呼ばれてもいないのに遥々尾張に行けない立場の人って結構多いんだよね。
義統さんや信秀さんたちと相談して、ちょうどいい機会だから打ち上げることにしたんだ。婚礼の祝いにはちょうどいい。
ここまでやったんだ。斯波家と織田家の力もある程度示しておかないとね。今後、困ることになりかねないし。
Side:滝川資清
殿のところから下がると、次から次へと届く報告を頭に入れつつ命を下す。
此度は数多くのお方様がたが近江入りをなされ、尾張と同じように働いておられる。お方様がたに付いておる侍女と家臣からは新しい報告が次々と舞い込むのだ。
無論、わしひとりでは間違うかもしれぬ。報告はなるべく書面で、それが無理な場合は、わしと共にいる若い家臣が報告を聞き取りすべて書面に記しておる。
「八郎殿! ここにおられたか! すまぬ、急なことだが、この件はいかがするべきか!?」
廊下を歩いておると、奉行衆のひとりが、わしを探して慌てて駆けてきた。
前代未聞とさえ言われ始めた盛大な婚礼、これを動かしておるのは管領代殿と我が殿だからな。わしのところに殿への報告や取次を頼む者が後を絶たぬのだ。
「それは警護衆のところへ持っていかれるとよろしいかと。向こうで対処してくれよう」
誰がいずこで差配しておられるか。すべて頭に入っておる。警護衆のところにはジュリア様、セレス様、夏様のいずれかはおられるはず。
「左様か、ではすぐに参る故、御免!」
無礼にならぬようにと頭を下げつつ、すぐに急ぎ足で去ってゆく奉行衆を見送る。今は身分や立場などと言うておる暇はない。
故にわしも、求められたものをそのままお答えしておる。
「八郎様!」
「ああ、その件は殿に上申致せ」
「ははっ!」
にしても忙しいな。あまりの忙しさに田仕事のやり方を忘れそうだわ。甲賀におった頃が遥か昔のことのように感じる。
「八郎殿、申し訳ないけど文官を何人か寄越してちょうだい。当家でなくても織田家でも六角家でもいいわ」
御家として借り受けている政務の間に来ると、春様が自ら参られた。
「はっ、ただちに」
なるべくなら当家の家臣……としたいが、皆、出払っておるな。織田家の者に頼むか。あちらは幾人か余裕があろう。
「叔父上、この件だが……」
次は慶次郎か。こやつが忙しそうに勤めておる姿が、我らの様子を物語っておるな。
「ああ、任せる。よき加減でやれ」
誰から見ても分かるように働くこやつを見て、ふと嬉しくなる気がした。
へそ曲がり故にな。忙しい時こそ暇そうに見せつつ働く癖があるというのに。此度は左様な余裕もないらしい。
忙しいのも、あと数日だけだ。
皆で力を合わせて乗り越えねばな。
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