第2321話。南北が交わる時・その八
Side:久遠一馬
三日目を終えて婚礼は折り返しを過ぎた。
四日目と五日目は、三日目の宴からもれた各地の使者や婚礼に貢献した商人などを招いての宴となる。こちらは上皇陛下の御臨席はないし、オレも出席しない。
守護代家やそれに準ずる名門などは三日目の宴に出ていたが、それ以下の者たちも結構来ている。あとは各地の寺社、本山クラスの使者は昨日の宴に招いているが、それ以外は四日目と五日目の宴に参加してもらう。
四日目のこの日、オレたちは情報収集しつつ外交交渉へと軸足を移していた。一緒にいるのは妻たちと、義信君、信長さん、六角義賢さん、北畠具教さん。その他、三国同盟各国の重臣たちだ。
「先例なき婚礼で上様の権勢はさらに高まるな」
具教さんが、集まる情報を聞きつつそんな感想を口にした。婚礼に関しては、最初は当然のことながら先例を基に考えたらしい。ただ、今の義輝さんの権勢だと出てくるのが義満公とかそんな時代になってしまう。
義満公と同じ形で婚礼を挙げるのは、はっきりいうと今の時代に即していない。
あれは変えよう。これは変えないと難しいとか検討しているうちに、今の形になったと聞いている。オレたちは相談には乗ったが、婚礼には口を挟んでいないのでほぼ義輝さんと奉行衆が決めたことだ。
「
守護にしても任官者がいない領国が普通にあるし、勝手に勢力を伸ばしたオレたちみたいなのが各地にいるからさ。崩壊寸前だった足利政権が権勢だけ回復してもたかが知れている。所詮は義輝さん個人の力による影響力だし。
「関白殿下は大人しかったな。上様に思うところがあるようだが……」
足利政権というか、オレたちにとって懸念となりつつあるのは、やはり近衛家だ。信長さんも憂慮していて、その名前に義賢さんも困ったと言いたげな顔をした。
ただ、この件は朗報もある。二条さんが上手く晴嗣さんとこちらを取り持っていたこと。偽綸旨の真継を処分した時、稙家さんと晴嗣さんを取り持つと書状をくれたが、思った以上に動いてくれている。
僅かな懸念があるとすると、評価を上げているのは晴嗣さんではなく二条さんなんだ。関白を立てるという立場で動いているので批判出来ないだろうが、晴嗣さんがそれをありがたいと思っているのか。それとも……。
「己の責で動くという覚悟はないのかもしれません。それに、所詮は関白も持ち回りの役職ですから……」
エルは覚悟が足りないと見ているのか。史実だとわりとこの時代としては常識外れのことをやっている人なんだけどね。よく言えば改革者、悪く言えば常識がないんだ。史実の近衛前久は。覚悟があったのかどうかは知らないけど。
この世界では父親である稙家さんが改革寄りになったことで、父親へのあてつけのように保守寄りになっている。当主だけどそこまで実権もないだろうしなぁ。
史実では長尾景虎が彼と共に動いたが、この世界では両者が親しい兆候すらない。景虎は相応に評価されるものの、越後の実力者というレベルだ。相変わらず戦には強いらしいけどね。
景虎に関しては、同じ時代を生きる者として対峙してみて分かったことがある。戦好きらしいが、少なくとも負け戦は好きじゃないらしいってこと。勝てない相手を怒らせるようなことはしないってことだ。
上野で北条と戦っているが、史実ほどやりたい放題で攻めていない。戦場を上野の外に広げようともしていないし。
少し話が逸れたが、晴嗣さんも現状では越後に下向なんてしないだろうし、行っても景虎は動かないだろう。正直、今は二条さんにお任せするしかない。
「内匠頭殿、神宮と熊野は今のまま変えぬのか?」
次々と案件を整理して相談している中、義賢さんはこちらの様子を伺うように聞いてきた。
「そうですね。神宮は元の形に戻られるならば、こちらは応じますよ」
なんか、今回の婚礼で関係改善すると期待していたらしいが、正直、困るんだよね。権威のある寺社は、世の安寧に寄与するどころか妨げになりつつあるし。
こちらから頭を下げて厚遇して、常にこちらのイベントに呼んで持ち上げないと満足しないとか、困るとしか言いようがない。生産性の欠片もないのに。
「朝廷で面倒をみてほしいところじゃの」
うん、義信君の意見がこちらの大多数の意見になる。寺社、お金かかり過ぎるんだ。一部の人の見栄や体裁のために。ほんと日ノ本の寺社の悪いところだと思う。しかも大きいところになればなるほど、庶民のことを考えない。貴人が神仏の名を用いて搾取するための寺社なんだから。
面目、体裁。結構なことだ。自分たちでやってくれれば。寺社の恩恵に与れていない斯波家や織田家が必要以上に彼らを厚遇するメリットはない。神宮には寄進を続けているし、熊野とは商いをしているんだから、それで満足してほしい。
あと里見、堺の町、若狭管領。どこも今回の婚礼で関係が改善する予定はない。
いつまでも彼らに構っている余裕はない。諸国の諸勢力との交渉事がいくつもあるんだ。足利政権への献策も三国同盟から上げないと駄目だし。
Side:近衛稙家
院の御臨席する宴が終わり安堵する。共に祝うという形がなにより必要であったのじゃ。
「これほどの町を造りつつ、まだ広げておる。京の都はいかになるのやら……」
大樹の権勢に異を唱える気はないようじゃが、二条公は先々を案じておるか。されど、大樹とすると、己と足利家を潰してまで京の都を守ろうとは思うまい。それもまた世の流れ故、致し方ないことじゃ。
「あまり案ぜずともよかろう。なるようになるはずじゃ」
内匠頭ならば、京の都を潰すことはあるまい。以前言うた通り、あの地を豊かにするには吾らを含めて皆が痛手を被る覚悟で変わらねば助けもするまいがな。
それよりも二条公には一度礼を言わねばならぬことがある。
「倅のこと、済まぬの」
吾ら親子の諍いを、二条公がこれほど気に掛けて本気で仲介するとは思わなんだわ。近江に来てからも関白を助け、三国同盟と関白を取り持つように動いてくれておる。これはわしには出来ぬことじゃ。
「気にされるな。誰かが仲介せねばならぬこと。尾張にて多くを学んだのは吾も同じ。内匠頭ほどとは言わぬが、吾らも皆で生きていくべく変わらねばなるまい。吾らの祖先にも左様な者らがいたはず」
確かにの。古の世では吾らの祖先が日ノ本を治めていた。日ノ本のことを皆で考えて治めておったのかもしれぬ。武士の台頭もあり、吾らは大切なことを忘れておったのかもしれぬ。
やはり尾張との繋ぎ役を二条公に託すことにして良かった。二条公ならば、大きく間違うこともあるまい。
「そなたがいて良かった。吾ひとりならば、今頃、朝廷はいかになっておったのやら」
「尾張と内匠頭の配慮を理解せぬ愚か者が多いからな。嘆かわしいことだ」
確かに。倅を含めて多くの者は、本心から内匠頭の配慮を理解しておるまい。
他ならぬ内匠頭だけは、唐のように乱れた王朝など滅ぼしてしまえと言うてもよい立場の男だというのに。
まあ、内匠頭は心底嫌がるであろうがの。己が帝となることは。
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