第2320話・南北が交わる時・その七
Side:久遠一馬
いろんな人の表情を見ていると面白い。細かいことはいいんだよとでも言いたげに料理とお酒を楽しむ人、周囲の様子を伺うようにしている人。悲壮な様子で追い詰められていそうな人。様々だね。
何気に凄いのは塚原さんか。義輝さんの師として上座にいるが、堂々とした振る舞いが見事だ。周囲には名の知れた名門や力ある人たちが多いのに。
ちなみにケーキ、やっぱり先に食べていた。義輝さん、あれが作法じゃないって知っているはずなんだけど。もう、みんなその形を作法と思っているからな。そのほうがしっくりくるのかもしれない。
オレは料理とお酒を楽しんでいる。考え過ぎても駄目だし、こういう席は身分とか立場とか気にしすぎないで、素直に楽しんだほうがいいと以前教えられたからね。
「ああ、いい塩加減だなぁ」
メインのひとつに鯛の干物を焼いたものがあるが、これがまた美味しい。旨味が凝縮しているんだよね。
ふと上座から笑い声が聞こえた。公家衆の席のほうだ。話の内容は聞こえないが楽しんでいるようでなによりだ。
偽の綸旨の一件があったから少し心配していたんだよね。近衛晴嗣さんも笑顔が見える。まあ、彼は心底楽しんではいないと思うけど。
父親である稙家さんと従兄弟である義輝さんへの対抗意識とかある人だしね。ただまあ、流石は公卿だ。場に相応しい振る舞いはする。
個人的にあまり関わりたくないのは、むしろ東国の独立勢力かもしれない。斯波分家であり奥州探題家である大崎は、史実同様に伊達に従属しているような感じだ。
分家筋だということで来るなとは言えず、義統さんは可もなく不可もなく相手をしているという感じだ。今回、当主が近江に来ていて義統さんと信秀さんが挨拶を受けたが、こちらの出方を伺うような、期待するような感じだったらしい。
ここもねぇ。奥州探題という地位がかすむくらいに没落しつつあるのに、家にまとまりという言葉がないのではと思えるほど厄介なんだよね。
義統さんからは気をつけろと言われているところだ。間違っても配慮する姿勢を見せて勘違いさせるなという意味でだけど。当主はこちらに臣従するなら受け入れるしかないが、家中をまとめられないなら面倒しかないし。
奥羽、史実の東北は名門ぞろいで厄介なうえ、ここの争いが地味に中央の政治に絡んで面倒なことになっていた印象がある。
奥羽と言えば伊達。史実の大河ドラマの影響か、地域で一番メジャーな伊達政宗がいたところだ。足利政権とは相応の繋がりがあり陸奥守護を名乗る。
政宗はいないが、奥羽でこちらと争う姿勢を見せている数少ない勢力になる。今回も奉行衆には贈り物をして根回しを欠かしていなかったという話だ。
史実同様に奥州探題相当の扱いはされているが、同時期にウチが奥羽に進出してしまい現在は伊達を圧迫するように迫っていることで史実ほどの影響力はない。
ちなみに奉行衆からは、伊達から贈り物をもらったが……という相談を先日受けた。ウチと敵対しそうなところからの贈り物なんて突き返したいくらいだという口調だったが、それはそれで角が立って伊達を挑発する形になると困るからと相談された。
オレとしては遠慮せずに貰っておいてくださいとしか言いようがない。足利政権の奥羽政策、まあ、ここ数年で激変しているしね。スポンサーである斯波と織田の動きを否定するわけにもいかないし、それまでの方針を突然変えるわけにもいかない。
奉行衆とすると日和見するしかない。
余談だが、里見は贈り物を贈る前に奉行衆は誰も会っていなかったりする。足利政権の要人で直接会ったのは前古河公方の足利晴氏さんと関東管領の上杉憲政だけだ。晴氏さんは足利政権として儀礼的に里見の使者と会っていて、上杉憲政は挨拶を受けただけ。
里見は双方に奉行衆へのとりなしを頼んだというが、晴氏さんは織田とウチに謝罪する方が先じゃないのかとはっきり言い、憲政は曖昧な返事をしてはぐらかしたらしい。憲政の情報はシルバーンからもたらされたものだが。
憲政と彼を庇護している長尾が里見の件で動いた形跡はない。その程度の扱いなんだよね。里見は。
話は戻るが、伊達はどうするんだろうねぇ。戦略を練り直すと思うけど。
まあ、いいか。南部とか高水寺の斯波とか、現地の情勢に詳しい人たちが季代子たちの下で頑張っているし。オレが心配することじゃない。
せっかくセルフィーユたちが作った料理を楽しもう。
Side:織田信長
奥羽や関東からは諸勢力が近江に来ている。守護様と親父は、まだこれほどいるのかと少し疎むように言うていた。
我らが生き残るにはせめて東国は平らげておかねばならぬが、一方で配慮疲れが清洲にはある。配慮を続けた神宮の現状から、配慮は正しいのかという疑問となっておる。
一戦交えて従えてやればいいという者は多いが、あとから臣従した者らは待遇や地位に不満を持つ者も中にはおる。懸命に励めばいいが、誰もが働くわけではない。家禄に見合う働きをせぬと、名門の自尊心を満足させるような扱いは受けず陰で謗りを受け不満を抱える。
戦をして愚か者を炙り出して討ったほうがいいのではという考えが、家中には根強くある。
政とは難しいな。久遠に追い付けと皆で励み豊かになると、小うるさい寺社や名門など関わりたくないという者が増える。
才ある者、時世を理解する者は捨て置いても生き残るからな。厄介なのはそれ以外だ。
「美味しいね」
「はっ、左様でございますな。飯が足りませぬ」
「ハハハ、そうだね」
ふと、かずが八郎と楽しげにしておるのが見えた。かずに関しては今更言うまでもないが、八郎はまことによき武士となったな。
かずの心情を察して、その時々で相応しき態度を常に欠かさぬ。
初めて会うた頃は、そこらの武士と変わらなんだというのに。戦下手だったことから己の力量を低く見ていた男だ。
八郎がおらねば織田はいかほど苦労をしておったのか。考えるだけで恐ろしい。
あやつを見ていると思う。一見すると愚かな者にも手を差し伸べてやらねばなるまいとな。ひとりでもいい。八郎のように大きく変わる者がいるかもしれぬのだ。
名門や寺社の行く末など、オレはいかようでもいい。されど、その中に八郎ほどとは言わぬが、世のためになる男がおるはずだ。
探してやらねばなるまい。それがオレの役目だ。
いつか、かずらが憂いなく日ノ本を離れられる日を迎えられるように。
人を残していかねばならぬ。なんとしてもな。
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