第2319話・南北が交わる時・その六
Side:上杉憲政
おお、なんとも美味そうな膳ではないか。されど、見知らぬ料理が多い。
まず目を引くのは源氏の白が映える料理。ケイキと言うたか。噂の久遠料理だという。美味そうな料理が並ぶが、まずはケイキから食うのが祝いの作法とか。
まあ、いずれでもよいか。一度、食うてみたかったもののひとつじゃ。どれ……。
おお、なんと柔らかく甘いものじゃ!? 今まで食うた菓子のどれとも違う。驚きなのは上様も院も作法通りに黙々と食うておることか。皆、この味に驚きつつ、声を上げられぬことに戸惑う様子が面白き様じゃ。
ああ、あれよあれよとなくなってしまう。もっと欲しいが、祝いの膳もある。ひとまず出された酒、尾張金色酒にて落ち着くとしよう。
硝子の盃で頂くと、澄んだ味わいに酔いしれそうになる。
さて、なにから食うてみるか。漬物は珍しゅうない。どれ……。……ん?
なんともよき塩加減じゃ。これは飯が食いたくなる。
「ほう……」
一口飯を頬張ると箸が止まる。
なんじゃ、飯も美味い。織田が領外への持ち出しを禁じておるという南蛮の米か。甘みとなんともいえぬふっくらした米が美味い。これで握り飯を食いたいの。程よい塩の握り飯は格別であろう。
汁は……、これは先日御所のお披露目の宴でもあったカレーという天竺料理か!? 此度は汁物にしたのか。
「……美味い」
なんぞ知らぬ芋が入っておるの。これもほくほくして良き味じゃ。肉を丸めた団子も入っておるが、これも臭みなどまったくない。
これは存じておるわ。にしても大振りな椎茸じゃの。これほどの椎茸を集めるとは……。そのまま焼いただけの椎茸を僅かな醬油に付けてかぶりつく。
うむ、椎茸の旨味が口いっぱいに広がる。なんとも贅沢な食い方じゃ。これだけ美味いというのに他の料理との和も乱しておらぬ。
酒にも飯にも合う。
参りて良かったの。口だけは達者な家臣らは異を唱える者も多かったが、越後守の勧めで来たのじゃ。やはり頼れるのは越後守ただひとりじゃの。
おっと、酒のお代わりが来たか。今宵は上様の祝いじゃ。存分に飲み食い致そうぞ。
Side:朝倉義景
宗滴がこの場を見れば、いかに言うたであろうか。
世は宗滴の見立て通り、斯波と織田が動かしつつある。宗滴の置き土産である久遠との誼が日を追うごとに重くなるほどに。
会えば温和でよき御仁なれど、気難しいとも言われる。まあ、武士など皆、気難しいと言えばその通りであろうがな。その程度のことだ。
御所のお披露目の宴以降、上様の宴には久遠料理が当然のように出されておる。宴の作法まで久遠流とはいかぬが、京の都の料理も久遠料理も等しく扱ったというところか。
わしには考えられなんだな。荒れ果てた世をここまで鎮定するなど。
越前にも若狭にも、いや、日ノ本の多くが三国同盟と畿内が戦をするのを待っておる。勝者に取り入るため、隆盛を続ける尾張を潰すため。
朝廷や公方様とて信が置けぬが、かというてよく分からぬことをする尾張も信が置けぬと騒ぐ愚か者は相応におるのだ。
もっとも、騒ぐ者の大半は己を高く売り込みたいか、他が潰しあうことで己の所領を広げようと考える程度だが。
されど、手遅れであろう? 尾張を潰したくば十年前にやるべきであったはずだ。さすれば、少なくとも意地を見せる程度の戦は出来たと思う。
宗滴がいて、今川がいて、武田もおった。北畠はいかに動くか分からぬが、六角がその気になり美濃がまとまる前ならば……。
まあ、そうなっておれば、内匠頭殿が今以上に武勇を知らしめるだけで終わるかもしれぬがな。
斯波と織田の隆盛は面白うないが、多くの者らは一族郎党の命を懸けてまで織田を討つほど恨みがあるわけでもない。戦をして己の武勇を示し、気が済んだ者から織田に降ったはずだ。
朝倉はそちらのほうが良かったのかもしれぬ。宗滴ならば、一戦交えて矛を収める道を探したはずだ。
今の三国同盟と対峙出来るのは細川氏綱と三好長慶くらいだが、あの様子を見ると己が矢面に立ち戦う気はないようだ。畠山には往年の力がない。若狭管領ならば叡山か石山を焚きつけたいのであろうが、双方共に織田と争う気は今のところなさそうだ。
無論、今ならば朝廷がその気になり兵を挙げると相応にまとまるとは思う。特に畿内以西はまだ尾張の恐ろしさを知らぬ者が多かろう。
ただ、やるまいな。真柄や尾張におる者らからの知らせを聞く限り、朝廷とて尾張では立場が危ういとか。三国同盟が戦に応じれば、まだいいほうだ。
内匠頭殿が東国の民のために朝廷を見捨て戦を避けることを決断すると、朝廷は東国を失う。近江以東で独立をすると言い出せば、止められる者がおらぬはずだ。無論、わしも止めぬ。仮に内匠頭殿が王となり立ち上がるなら頭を垂れるかもしれぬ。
孤児を慈しむという御仁が、果たして面目のためだけの戦に応じるのであろうか?
今川の様子を見るに、武衛殿も謝罪すれば朝倉を残すことは許してくれるであろうしな。今以上に因縁になることなど、わしは加担せぬ。
結局、上様を盛り立てるという体裁を取る以上、誰も尾張と雌雄を決すことはするまいな。まことに隙がない。そういうところは宗滴以上だ。
南北朝に終わりを告げるこの婚礼、勝者は朝廷でも足利でも北畠でもない。斯波と織田と久遠であろうな。
今まであまり縁がなかった畿内以西に己が力を示す。ここで亡き大内卿の遺言が効いてくる。
内匠頭殿に日ノ本を統べる気があるのかないのか。それはわしにも分からぬが、戦を仕掛けられぬ程度の策は講じるはずだ。
ああ、久方ぶりに食う久遠料理の美味さが身に染みる。上様と院がお認めになられた久遠料理。その美味さをこの場の者たちが領国に戻って吹聴するだけで、それだけで内匠頭殿の利となる。
都に憧れることから尾張に憧れる。左様な者が増えれば増えるほど斯波と織田に利することとなるからな。
あとは、西国に内匠頭殿と奥方衆と対峙出来るだけの者がいるかどうか。それだけか。
高みの見物というほどの立場ではないが、見物だな。
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