第2318話・南北が交わる時・その五

Side:細川藤孝


 名を上げるつもりなどなかったのだがな。


 鱧の骨切りを披露したことで、上様の婚礼の最中だというのに騒がれるくらいには名を上げてしまった。口止めをしておかなんだ己の失態か。


 内匠頭殿に限らず久遠の方々は功を確と認めるからな。わしの技が、久遠が技と勘違いされれば真相を話してしまう。そこまで至らなんだ己の不覚だ。


 もっとも内匠頭殿はわしが名を上げても困らぬと考えており、そこは安堵したが。


 上様の治世と菊丸殿としての日々を邪魔立てしないならば、それでいい。


「食師殿、味見をお願い致します」


 わしは今日も料理番と共に料理作りに励んでおる。名が知れてしまった以上、隠れる必要もないが、もっとも忙しいのはここだからな。奇しくも久遠料理を作れる身とあってお役に立てておるのだ。


「……うん。いいわね。もう少し煮込んでくれればいいわ」


「はっ!」


 あとは煮込むだけか。己の考えと同じと分かり安堵する。火加減に気を付けつつ、煮込まれる鍋を見張る。


 ここでは京言葉も聞こえれば、近江言葉や尾張言葉も聞こえる。尾張から多くの料理番が助けとしてきており、近江者や上様の料理番と共に励んでおるのだ。


 かつて、大智殿は鰻料理を伝授したことで京の都を驚愕させた。皆、あの件で改めて料理の奥深さと大切さを理解したのであろう。


 南北朝の最後を締めくくるに相応しき料理を作ろうと、皆でひとつとなり励んでおる。


 変わるはずだ。またひとつ新たな世に近づく。その礎となれることに身震いしそうになる。


 わしは上様と共に新たな世を迎えたい。ただ、それだけだ。




Side:足利晴氏


 いつ以来かの。関東管領と会うたのは。もとより上杉もわしにとっては敵でしかない。挨拶を受けたくらいしか面識がない相手じゃがの。


 ただ、伝え聞く様子と少し違った。良くも悪くも己が力量を察しておると見えた。倅など己が北条の傀儡だと不満げな顔であったというのにな。


 長尾景虎。あやつはよう分からぬ。愚かとは思えぬが、わしに対して型通りの挨拶をする以外は口を開かなんだからの。もっとも、あやつは越後や関東だけを見て世が収まるとは思うておらぬ。それは長尾の動きを見れば分かる。


 そういう意味では、愚かな関東管領を御しておるのはあやつかもしれぬな。


 関東諸将の様子は少し様変わりした。


 もとより畿内との繋がりは各々の家であるが、尾張との繋がりが心もとないことで慌てておる者もおった。


 畿内などなにするものぞ。関東は坂東武者が治めるのだと豪語する者は畿内ばかりか尾張も軽視しておった。されど、途中の織田領と近江の栄えた様子を見て同じことを言うならば、今後が危ぶまれる。当然のことであるがの。


 かの者らが慌てておるのは里見の置かれた立場もある。そろそろ和睦かと勝手に思うておったのであろう。奉行衆もわしも五山の僧も誰一人、里見に手を差し伸べず腫物を触るように扱うことで関東の置かれた立場を理解した者すらおる。


 氏康めは十年も前から織田と誼を通じて三国同盟に従う姿勢を示しておることで、他の関東諸将より遇されておるからな。


 畿内との繋がりも大切なれど、尾張との繋がりがなければ何一つままならぬとようやく気付いた者がおる。嘆かわしいことだ。


 まあ、奴らが意地を張るのは勝手であり、織田が意地の相手をせぬのも勝手。織田は敵となる者の意地を汲み取ってはくれまい。


 奥羽では斯波分家の者らが、名目上でさえも奥羽代官の上に置かれず臣下として扱われたくらいだ。斯波や織田と縁がない者がいかがなるなど考えるまでもあるまい。


 いっそ、皆滅んでしまえば面白きことになるのじゃがの。わしを軽んじて己が家のことばかり考えておった者。滅んで当然。


 まあ、慶事の日に考えることではないか。




Side:久遠一馬


 婚礼、三日目。今日は諸国の守護やそれに準ずる名門や有力者が参加するお披露目の宴がある。当然、昨日よりも出席人数は多くて準備も大変だった。


 開始時間は午後二時頃からになる。本来の仕来りでは夜にお披露目を行うものだが、尾張では義信君の婚礼以降、午後にお披露目の宴をすることが当然となりつつあるんだ。


 正直、今回は夜でも良かったんだけど。義輝さんの婚礼だからね。義輝さんが望んだものを可能な限りそのまま実行するだけだ。


 義信君の婚礼との違いは、オレの妻たちが参加することがないことか。これも義輝さんは参加してほしいようなことを言っていたが、いろいろと厄介なことになるので勘弁してもらった。


 義輝さん本人は、諸勢力の者たちをお披露目の宴に招くこと自体要らないと言っていた時期もあるんだけどね。そういうわけにもいかないし、なるべく争いを減らしたいならと招く形にしている。


 この時代の名門や偉い人のひとつの特徴として、人を従わせる、一族や家臣筋をまとめるのは一種の義務であり中には好まない人もいるということだ。


 尾張でもそうだが、自前で領地を維持して戦が出来なくなった時点で関係性が薄い親族家臣を切り捨てているのは珍しくない。


 多少、世間体を気にする人でも冠婚葬祭くらいしか呼ばなくなっていて、会う機会自体が減るんだ。役目で元領地を離れるから一族家臣がバラバラなところで働いているのも普通だからね。


 義輝さんにしても、一族や諸国の武士たちを新たな世に導きたいと考えると同時に、勝手ばかりして争う人たちを潰したいという相反する考えと気持ちが入り乱れているみたいなんだ。


 まあ、その辺りはオレも似たようなものだけど。苦労して残してやるほど義理がある相手は少ない。北畠と六角は、それこそお世話になっているから一緒に太平の世を迎えたいと思うが。


 オレは宴を前に昨日の様子を義統さんから聞いているが、正直、義統さんは喜びよりも今後への懸念が大きいようだ。


「これを機に愚か者が騒がねばよいがの。没落した名門などいくらでもおる」


 足利将軍の権威が戻った時のデメリットだからなぁ。それ。家中にいる吉良家や石橋家は大丈夫だと思うけど。足利一門であっても苦労している人は多い。


 義輝さんの権威で己が家の復興とか言い出すと面倒なことにしかならない。


「上様は騒ぐ者は助けないでしょうね」


 義統さんほどじゃないが、義輝さんもドライだ。一度は将軍を捨てようとしたくらいだからな。勝手をする一族一門を厚遇するほどお人好しでもないし。


 まあ、少し賢い人ならそれも察する。なんといっても足利一門である細川晴元が、今回も無視されたし。


 諸国からの者には驚いている人すらいるとか。そこまで許されないのかと。


 トータルで見ると、すぐに大騒ぎする人はいないだろう。あとは政治でなんとかするしかないね。



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