第2315話・南北が交わる時・その二
Side:久遠一馬
一日目の三三九度などは、少人数で行う慣例通りのものだった。
ただし、御所と観音寺城下では盛大な振る舞いをしていて、夜通しでお祭り騒ぎとなっていた。
振る舞う品の量と費用を最初に春たちが提案した時、奉行衆が引きつった顔をしていたというほどだ。当然、物量で妥協はしない。昨日を一日目とすると最後のお披露目の宴まで五日間になるが、その期間、毎日祝いの品を振る舞うことを続ける。
この時代だと寺社とかには割と気前よく寄進したりするけど、領民に振る舞うとかいうと物好きだと言いたげな顔をされるからなぁ。
費用は三国同盟で出すものの、表面上は目立たないように細工してある。あくまでも足利と北畠の縁組だ。両家が振る舞ったという形にしている。
まあ、この婚礼自体、予算が国家事業並だからね。今更なことだけど。
二日目の今日は、足利一門が出席するお披露目の宴だ。その準備で忙しい。オレもあちこち出向いて確認している最中だ。
「あら、殿。どうしたの?」
調理場に来ると、セルフィーユたちが宴の料理を作っていた。
「うん、確認に歩いているだけ」
「そう、こっちは順調よ」
忙しそうだが、予定外のアクシデントとかはないようだ。ちなみに義輝さんの料理番が一番偉いはずだが、差配しているのはセルフィーユらしい。
調理場の隅では、食器や硝子の盃を磨いている人たちもいる。白磁の食器や硝子の盃は尾張から運んだ最高級品だ。
「与一郎殿、料理番にしか見えないな」
「なにをやらせても出来るって凄いわね」
ふと気になっていた与一郎さんを探すと、料理番に混じって鰻を開いていた。正直、この場で料理しているのは一流の料理人ばっかりなんだけど。
ここは大丈夫そうだな。次は警護衆のところを確認に行くか。
「内匠頭様!」
警護衆の間に入ると、中の皆さんが一斉に控えた。こういう扱い、結構珍しかったりする。特に今日は忙しいし。ここは完全に体育会系だなぁ。
「そのまま、役目に戻ってください」
夏が警護衆をまとめるのに苦労したって言っていたからなぁ。完全にウチを上位として認めて上下関係が出来ている。まあ、これが一番いいんだろうね。
「ジュリア、夏。どう?」
「御所の中の警戒は厳にしているよ。町中のほうは少々騒ぎもあるが、まあ、よくある喧嘩程度さ」
「皆、よく励んでいるわ」
ないとは思うが今日の日に騒ぎを起こして、義輝さんの権威に傷を付けたいという人だっている。六角も多くの兵を動員しているし、ウチの忍び衆もいる。ただし、御所と町はジュリアたちが管理しているんだ。
上皇陛下は除くが、それ以外は例外なく御所に入る際に身体検査が行われている。もちろん公家衆も。ここらは近衛さんと二条さんに根回し済みだ。
「吉岡殿、引き続きお願いします」
「はっ、畏まりましてございます」
一部の畿内出身者だろう。オレを恐ろしい者を見るように見ているなぁ。気分が良くないが、それどころじゃない。吉岡さんに声を掛けて次のところに行こう。
「まさか院のご臨席があるとはな……」
次に訪れたのは義輝さんのところだ。いろいろと打ち合わせをしていくが、上皇陛下が婚礼のお披露目の宴にご臨席することに感慨深げにしている。
実は今日と明日の宴には上皇陛下がご臨席される。これは上皇陛下の御意思だ。
近江御幸は合意していたが、こちらに来てから具体的にどうされるのか。事前調整で決められなかったひとつになる。近衛さんとは書状でいくつかの可能性として話して検討していたが、最終決定は上皇陛下が近江に到着してからオレが直接確認した。
一緒に祝いたい。それが上皇陛下の御意思であり、近衛さんや二条さんと共に今後の先例となってもいいように形を整えた。
「よきことだと思います。これで誰にも文句は言わせませんよ」
南北朝の因縁を終わらせる。上皇陛下も、そのことを喜んでおられた。
「結局、そなたたちに頼ってしまったな」
そんな申し訳なさげな顔をしないでほしい。この婚礼でどれだけの人が救われ、新しい世へと導かれるか分からないほどだ。
「この婚礼には、それだけの価値があります。古より数多ある、天下を揺るがした
この先、どんな未来が待っていても、この婚礼は確実に歴史として残る。義輝さんと晴具さん、具教さんの名前と共に。
「一馬……」
「万事お任せを。こういう場での裏方は得意なんですよ」
戦で戦場を駆けろと言われても、オレには向かないだろう。所詮は普通のゲーマーだったんだ。ただね。こういう形で場を整えて物事を進めるのは昔から好きなんだ。
エルたちがいて、多くの味方がいる今なら、上手くやれる自信はある。
Side:足利義輝
前例なきことだと誰もが顔を青くしておる中、一馬は楽しげだ。己の晴れの場でもないというのに。
後の世に残るか。オレのことなどいかようでもいい。オレはそなたの思いと功を残したい。にもかかわらず、そなたは己のことは隠そうとする。
もっとも、すでに隠し切れぬほどになっておるがな。
今日ばかりは菊丸として動くことは出来ぬ。ただ、待つばかり。
「上様、茶でもいかがでございましょうか」
手持ち無沙汰にしておると、師が茶を持ってきてくれた。
「ああ、そうだな」
オレの顔を見た師は、一馬とは少し違うが楽しげな笑みを見せた。
「師よ。それほどの笑みを浮かべる理由はなんだ? 一馬も先ほど嬉しそうに笑みをこぼしておった。あれこれと世話をかけてしまったというのに」
「御所を出ると、皆が此度の慶事を喜んでございます。上様が日ノ本の光明となっておるのでございまする。それ故、某は嬉しゅうてたまりませぬ。内匠頭殿も恐らくは……」
光明か。思えば、オレと一馬を引き合わせたのは師であったな。
「オレは、少しは一馬の役に立てたのであろうか?」
「それは無論、此度のことでいかほど助かるか分からぬほどでございましょう。それだけは間違いございませぬ」
そうか。師がそういうならば、そうなのであろうな。流浪の愚かな将軍が新たな世を築く役に立てたか。
本来、人の上に立つべき者は、皆の光明となるべきなのであろうな。力や権威で従えることばかり考えておった己が恥ずかしい。
ただ、悔いてばかりいても仕方ない。過ちから学ばねばな。
将軍とて間違うのだ。ただし、同じ過ちは二度とせぬ。
決してな。
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