第2312話・一馬、嫌な顔をされる

Side:京極高吉


 御所のお披露目は一段落したが、宴は数日続く。そんな中、内匠頭殿に呼ばれた。


 あの御仁は放っておくと向こうから出向いてくるが、立場もあるので用向きがある時は呼んでほしいと以前に頼んだからな。家柄を重んじてくれるのはありがたいが、さすがに内匠頭殿に出向かせてはわしの風評に関わる。


「お呼び立てして申し訳ない」


 内匠頭殿、大智殿、絵師殿、ナザニン殿とルフィーナ殿など、奥方衆が複数揃う場に少し冷や汗が出る気がする。何事だ?


「あまりゆるりとしておられないので用向きを。京の都の政所のことです」


 ああ、その件か。伊勢を従えて戻すが、今のままでは人が足らぬし伊勢も困ろうな。


「近江から人と銭を出すしかないのでは? 五山などに任せるとろくなことになりませぬぞ」


「ええ、そう思います。困っているのは人選でして……」


 伊勢か、今更逆らうとは思えぬが、上様は京の都へ戻る気などないのだ。多くの者は京の都での勤めを望まぬか。かというて伊勢を恨んでいた者など出せぬしな。


「念のため確認しますが、京極殿は京の都へ出仕は望みますか? 相応の地位や俸禄は用意しますが」


 思わず顔をしかめてしまった。


「命じられるならば参るが、本音を言えば遠慮したい」


 この御仁ならば本音を言うてもよかろう。偽ったところで見抜かれる。


「ほらね。駄目だって言ったでしょ。第一、京極殿が抜けると外務方が困るのよ」


 ナザニン殿がわしを見て、少し呆れた様子で内匠頭殿に意見してくれた。内匠頭殿とて、わしの本音を理解したうえで言うたことであろう。無論、ナザニン殿もすべて承知で、わしの前で意見してみせた。


 そこまでせずとも察するのだがな。まあ、察せぬ愚か者も多いということであろう。


「分かっているって。でもさ、立身出世の話でもある。一度くらいは打診しておくべきことだよ。上様の直臣に戻すことも今なら難しくない」


 そう、これがこの御仁と奥方衆なのだな。望まぬとはいえ、きちんと話して考えさせる。その積み重ねが今の織田家だ。


 とはいえ、いくら立身出世しても足利が危ういのは変わらぬ。この御仁が見捨ておると、かつての姿に戻るだけであろう。


「偽りを言うても仕方ない故、打ち明けるが、わしは織田家家臣のままでよい。上様に含むところなどないが、直臣に戻ったとて、先行きが危ぶまれるだけであろう。それに、京の都など御免だ。己で働く場を選べるならば清洲がいい」


「そうですか。御足労頂いたのに申し訳ございません」


 言いたきことを言わせてもらったが、不快そうな顔をすることもなく謝罪された。伊勢と奉行衆に目を光らせる目付が欲しいといったところか。よう分かるが、厄介しかない役目だ。


「いや、こちらこそお役に立てず申し訳ない。推挙する人選なら幾人か思い当たるが?」


「ええ、お願いします」


 京の都は当面、様子を見るしかあるまい。




Side:久遠一馬


 宴は無事終わった。


 ただ、遠いところから来ている人たちに一度の宴で終わりとするわけにはいかない。当然、宴は数回あるし、他には茶会、歌会、能楽鑑賞などいくつかの行事がある。


 まあ、オレはすべてに出席するわけじゃない。奉行衆とかもそうだが、裏方としての仕事があるんだ。


 今日は、先ほどから近衛さんと二条さんと話をしている。


「なんと! あれはそなたの奥方の料理ではないのか!?」


 諸国の情勢などの情報交換から今後の予定など、話すことは山ほどある。そんな中、近衛さんが驚いたのは昨夜の宴の料理。具体的には鱧料理のことだった。


「味付けは私の妻が料理したものですが、驚かれた骨切りは与一郎殿が考えたものですよ」


 いろいろ誤解しているみたいだが、あの料理にそこまでの意味とメッセージはない。素材を京の都から取り寄せたのは、お披露目やこの後ある義輝さんの婚礼など宴がたくさんあることで料理のバリエーションを増やすために食材を集めただけだ。


 藤孝さんの骨切りがなければ驚くことなく終わったことだろうね。


「確かにあやつならば……」


「尾張で学ぶ者は驚くほど変わりゆくな」


 近衛さんは納得するように唸っているが、二条さんは藤孝さんの成長をため息交じりに受け止めている。


 個人的には、尾張で学んだからと言って誰でも出来ることじゃないと思うが。ただ、奉行衆のひとりである藤孝さんが、エルやセルフィーユの料理と勘違いするほどに料理の腕前が上達したことを驚くなというのが無理なんだろうな。


 京の都に関しては、近年、戦火に晒されていないことで落ち着いている。さらに尾張から足利家を経由して行われている献上で公家衆は多少なりとも楽になったはずだ。


 真面目な公家は図書寮に納める写本をするなど働いているし、家伝を残すことなど本来の役目に励もうとしている人はいる。


 そういう意味では朝廷や公家も少しずつ変わっているんだよね。


 もっともそれが新たな対立となりつつあるが。変わりつつある近衛さんや働く公家を疎む公家衆もまたいるんだ。


 お金の問題じゃないと考えている人だって多い。朝廷とそれに連なる自分たちの地位、それらをなにより重んじないと怒っている人だっている。


 正直、彼らはどんな状況になっても不満を言い続けるだろう。


 一例として、京の都に諸国から人が集まると都を荒らすので迷惑千万だと怒っていたが、人が集まらなくなりつつある現状では、不敬だ、下民が軽んじていると不満を持つ。


 近衛さんや二条さんたちを見てもそうだが、まともな公家は求めるものは求めるが働くんだよね。昔から。騒ぐのは祖先や過去を自分の都合がいいように解釈している人たちだけだ。


「内匠頭、もう少し近江に出す人は増やせぬか?」


 二条さんを見た近衛さんは少し申し訳なさげに話を切り出した。ほんと、こんな顔をしていい身分の人じゃないんだけど。


 もう、ほんと人をどんどん交流させるしかない。それは同意する。


「慶寿院様と話していることでございますが、綸旨の真贋を確認する人は早急に欲しいです。両殿下のほうで選んでいただけたら幸いでございます」


「ああ、その件があったの。しかし、よいのか? 乱となるやもしれぬぞ」


 近衛さんは少しこちらを心配している。オレが厄介事に口を出すのを嫌うのを知っているからだろう。


 偽物を持ち込むより、今の時代に即していない綸旨なんかを持ち出す懸念を察しているみたいだ。


「京の都のほうでやっていただけるのならば、お任せ致します。ただ、この件はいずれ片付けねばならぬこと。奉行衆には、無理難題を言う者がいたら突っぱねるように頼んであります」


 朝廷もね。残すなら、そろそろ周囲から足場を固めていかないと。ひとまず偽の綸旨や綸旨の内容の改竄には、リスクがともなうと示さないといけない。


「政所の伊勢はいかがするのだ?」


「伊勢殿は京の都に戻します。政所も当面はそのままですね」


 二条さんが懸念していたのは伊勢さんの後釜らしい。残念ながら代わる人がいない。役職もしばらくはそのままだ。ただし、権限は伊勢さんと話し合い、将軍の裁定をきちんと仰ぐ形に戻す。


 あと京の都は伊勢さんが義輝さんと対立したことで、奉行衆とか逃げ出してしまい人手不足になっている。そのため近江から人と予算を入れて政所をきちんと動けるようにする。


 実は京極さんあたりが京の都に入ると助かるんだけど、本人に確認したら嫌がったんだよね。あとナザニンにも反対された。いなくなると織田家の外務方が困ると。


 どうなるのか、調整しつつ様子見だろうね。



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