第2311話・宴の席にて

Side:久遠一馬


 宴に参加者している皆さんの緊張感が伝わってくる。


 将軍や上皇陛下に慣れていない人には、この宴もまた畏れ多く感じるのだろう。特にオレの席は下座に近いからそう感じるのかもしれないが。


 近衛さんや公家衆は楽しそうだけど、あれは果たして本心から楽しんでいるのか? 大半の公家は、お祝いしようという接待に近い気がする。


 まあ、全体を通して雰囲気が悪いわけではない。慣れない人同士の宴なんてこんなものだと思う。


「キノコが美味しいね」


「左様でございますな」


 オレは隣にいる資清さんと一緒に普通に宴に参加するだけだ。スタッフ側ならともかく、宴の参加者側では特にやることがあるわけじゃない。


 下座の人たちは、オレと目を合わせないようにしている気がする。恐れられている。そんな感じかもしれない。


 オレの座る席もね。随分と悩んだんだよ。奉行衆からは、もう少し上座でいいのではという助言があった。今回は塚原さんも来ているから、オレを上様の師として扱い、塚原さんの近くならどうかという話もあったね。


 上手い言い訳とか落としどころを考えるものだなと感心した。


 結局、斯波家の席に連なる形の席にしてもらったけど。


 どちらにしろ注目されるのを避けるのはもう無理だ。どこに座ってもいいなら斯波家の席でいいというだけだ。吉良さんとか今川さんも同じだしね。オレも同じようにしてもらった。


 おっと、これが与一郎さんの考えた鱧の骨切りか。ほんと美味しいなぁ。


 セルフィーユが驚いていたからなぁ。ちなみにセルフィーユは鱧をすり身にして料理するつもりだったらしい。


 この宴はウチの料理技術で驚かすべき場じゃないし、新しい技とか使う予定がなかったんだ。ただ、与一郎さんが宴で使ってほしいと望んだので鱧の梅肉添えを出したみたい。


 あの人も慶次並に器用なんだよね。史実同様に文化面にも精通しているし。目立たないようにしているからあまり知られていないけどさ。


 しかし、こういう席に参列すると自分が小物だなと実感する。いろいろと周りが勝手に盛りに盛ったイメージでオレを美化しているが、中身が変わったわけじゃないからなぁ。


 オレと資清さんって場違いじゃないかと思える。相応に取り繕う術は身に付けたけど。


「かような場に同席を許されると、宴もまた天下のために意味があると分かりまするな」


 ふと資清さんがそんなことを呟いた。周囲に聞こえてもいいくらいの声だ。まったくの無言もよくないと思い、ほどほどに話しかけてくれているらしい。


「そうだね。書状や人伝の話だと印象が違ってしまう場合もあるからなぁ」


 個人的にはこういう席で人間観察をするのは割と好きかもしれない。そういえば公家衆の意外に思える一面、その場に合わせることを知ったのは宴だったかもしれない。


 慣例以外は許さないという感じでもないんだよね。宴は盛り上げるし、ちょっとした作法とかも合わせてくれる。


 ちなみに今回の近江滞在中には近衛さんや山科さん、二条さん以外の公家衆と会う予定もある。少し顔を見て話す場を設けないと望まぬ対立が増えるかもしれないからな。あまり追い詰めたくはない。


 諸国の使者レベルだと基本は義統さんと信秀さんにお任せだけど、必要であればオレも同席する。有名どころだと越後の長尾景虎と関東管領上杉憲政も来ていて、彼らとは後日会うことになっている。


 上杉憲政は譲位の時も名代だったんだけどね。前古河公方である足利晴氏さんが近江にいる影響だろう。


 あと朝倉義景さんとか毛利隆元さんとかもいるね。残念ながら毛利隆元さんとは会う予定はないけど。




Side:慶寿院


 新たな御所に居並ぶ諸国の者たち。あのお方が望んでも届かなかったものが、ここにはある。


 特に関東は、近江に滞在中である前古河公方殿と関東管領殿が揃って同席した。同じ席には関東管領殿と争う北条殿もいるというのに、争う様子すらない。


 これぞまさしく将軍の宴と言えるのかもしれません。大樹の天下は整いつつある。奉行衆ですら、そう考えている。


 ただ……、これもまた仮初のものであると私は知っています。きっかけさえあれば、天下は再び乱れる。


 無論、相応の者は分かっていることです。内匠頭殿もまた、このまま天下をかつての姿に戻すことを考えてなどいない。


 ここで大樹に対し、天下に号令をかけるように求めないのが内匠頭殿の政でしょう。


 偽の綸旨の一件は、私としては非常によいものでした。内匠頭殿と話す機会を得られ、あの御仁の人となりや目指す先がおぼろげながら見られましたから。


 あと、太閤の兄上とも久方ぶりにゆるりと話すことが出来ました。以前から存じておりましたが、兄上は実の子よりも内匠頭殿を気に入っておられる。まるで友のように思うていることには未だに驚かされます。


 最初聞いた時には一時の気の迷いかとも思いましたが、それは今でも変わらず年を追うごとに友として誼を深めている様子すらある。


 気難しいところがあった兄上とは思えぬ変わり様です。兄上は変わることなど望んでいなかった。いや、今もそこまで望んでいるとは思えない。損得を抜きにして内匠頭殿を気に入った。それだけのことなのかもしれません。


 懸念は甥の関白でしょうか。兄が変われば変わるほど権勢が増してしまう。ところが若き関白はそれが面白うない。


 兄上もまたそれを存じている故、尾張との取次を二条公に継がせることにした。致し方ないと言えるのでしょうが、それもまた兄上と関白の不仲の原因になっている。


 関白は何故、理解しようとしないのでしょうか? 関白であっても将軍であっても、思いのままになることなどないということを。


 悩みは尽きぬものですね。


 ただ、将軍であってもひとりで成せることは多くない。それは私もまた同じ。内匠頭殿からは人の使い方、人との関わり方を学びました。


 真似出来ることと出来ぬことがありますが、出来ることから真似ていかねば。畏れ多いと遠ざけてばかりでは生きてゆけません。


 内匠頭殿や大智殿ですら、ひとりでは無理だと皆を使う様子を見ると、意地を張ることすら愚かに思える。


 内匠頭殿が大樹と争った者の帰参を許すように働きかけ、地下家の者らを近江に呼びよせるなどしている理由もそこでしょう。


 勢力を広げたいのかと邪推する者が京の都にはおるようですが、手が足りていませんから。大樹の配下ですら。


 伊勢殿を許すように働きかけたのもあの御仁。要は人が足りぬのです。大樹に逆らいつつ京の都を治めていた伊勢殿を内匠頭殿は欲しかったのでしょう。


 私から見ても伊勢殿は己が天下を狙うようには見えませんでしたからね。故に伊勢殿を許すように働きかけるのを手伝いました。


 御所の披露目も済み、少しは人が足りぬ状況が改善するといいのですが。




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