第2308話・戦う料理人

Side:細川藤孝


 上様が本来のお立場に戻ると、某もまた本来の立場に戻る。


 もっとも、頻繁にいなくなる身としては重要な役目は果たせず、あまり目立っては上様が菊丸として動くときに素性を見抜かれる懸念となるので、努めて目立たぬようにしているが。


 上様からはゆるりとしていてよいとお言葉をいただいたが、少し思うところもあり食師殿の手伝いをしている。


「ほんと、上達したわねぇ。包丁さばきに無駄がないわ」


 鰻を開いて見せると食師殿が感心してくだされた。尾張で料理を習って以降、菊丸殿の従者としてその腕を磨いたのだ。それなりに自信はある。


「私、来なくてもよかったかしら?」


 楽しげに笑う姿は、内匠頭殿の奥方そのものだ。されど、某では料理の差配は出来ぬ。あくまでも己で作るのみ。


 ふと見ると食材の中に懐かしいものがあった。


「これははもでございますな」


 尾張では見かけぬ魚だ。


「ええ、使えないかなと思って取り寄せたのよ」


「試してみたいことがございます。数匹頂いてよろしゅうございましょうか?」


「構わないわよ」


 大智殿や食師殿には多くを学んだ。あまり仰々しいことを出来ぬ身故、口外しておらぬが子弟と言うても過言ではないほど。


 お二方に学んだ料理の技は諸国を旅しつつ磨いた。


 久遠家の鰻を開く技から思いついたことがあり、いつかやってみたいと思うていたところだ。


「美味しいけど、骨がね」


 そう、この鱧は骨が多過ぎて、すりつぶすなどしないと食えたものではない。故に……。


 鰻のように開いた鱧に包丁を入れる。


 小骨が切れる音がする。皮は残したいが、皮の直前まで切りたい。およそ一寸の間に二十、いや三十か。ひたすら鱧に包丁を入れていく。


 よし、出来た。……いつのまにやら、料理番の者らが集まって見ておる。


「骨を切ったのね。それは自ら考えたのかしら?」


「はっ、鰻を開くことから一度、鱧も開いてみたのでございますが、骨が気になったもので」


 食師殿が興味深げに見られると要らぬ力が入りそうだ。


 ただ、正直なところ、ここまでは考えていたが、この先はまだ考えておらぬ。ひとまずこれを火で焙ってみるか。


「いかがでございましょう?」


 程よく焼き色を付けると、食師殿と料理番の皆と食うてみる。某の考える通りならば……。


「うん、いいわね! 骨切りとは上手いことを考えたわ。これなら骨が気にならないわ」


「確かに。鰻とはまた違った味でようございますなぁ」


 食師殿と料理番らの様子に安堵した。


「よろしければ食師殿の思うままに、これをお使いくだされ。鰻のように京の都の者たちが楽しめる形で出していただけたら本望でございます」


 上様はあまり好まれぬが、某は京の都も嫌いではない。古くからある京の都とそこに住まう人々もまた、新たな世に迎えるべきと思えるのだ。


 大智殿が鰻で京の都に新しい光明を見せたように、今また……。


「そうね。じゃあ、こっちは湯引きしてみましょう」


 某が切った残りの鱧を任せると、食師殿はしばし考えて湯引きを始められた。


「これは湯にくぐらせる時が難しいと思うわ。脂と臭みを少し落とすつもりで……。よし、このくらいかしらね。すぐに水に漬けて身を引き締めれば……」


 湯引きした鱧は、柔らかそうに開いており美味そうだ。まずは味を確かめようと、塩を振って皆で味見する。


「おお、さらに味がようなりましたな!」


 なんということだ。某の骨切りがより一層引き立った。見ておれば容易く見えるが、この湯引きの加減もまた難しかろう。初見でそれを見抜けるとは……。


「うふふ、いいわね。この鱧で料理を考えましょう。上様の婚礼の際の膳に加えたいわね。院と公家衆も驚かれると思うわ」


 確かに、これは料理を考えるだけで面白うなる。


 他の料理番も同じだ。ただ、某だけは気付いた。食師殿もまた料理番を育てようとしておるということを。


 教えを請うと頭を下げなくても、いつのまにやら周囲におる者らに知恵と技を教え、次の世に伝えるべく広める。


 一子相伝もまたいい。されど、かようなところもまたいいものだ。見習いたいものだな。




Side:久遠一馬


 上皇陛下と公家衆が到着すると、さらに忙しくなる。


 オレたちは新しい御所に入ってすでに働いている。もう表向きな立場が低いからとか言い訳をしている段階ではない。


 妻たちも奉行衆や六角家家臣たちと一緒に仕事に励んでいるんだ。


 オレはエルと春、それと義信君、信長さん、北畠具教さんと一緒に、義賢さんと一連の差配をしているが、本当に忙しい。春たちもいたことで事前にスケジュール管理をして調整はしていたはずなんだけどね。それでも、やはり想定外のことが起こる。


 御所のお披露目と義輝さんの婚礼、そこに御幸が重なるとね。そんなものだろう。


「尾張は、よくかようなことを成せたものだ」


「今とあまりかわらぬぞ。一馬らが差配して皆で動いていただけ。違いは一馬らの考えや差配に慣れておるか慣れておらぬかの違いであろう」


 義賢さんの愚痴のような一言に、義信君は隠すことなく答えたことで思わず苦笑いが出る。体裁とかまったく気にしていないね。


 まあ、事実ではあるが。


 ちなみに義統さん、信秀さん、北畠晴具さんも、諸国からの使者の挨拶を受けるなどしていて忙しい。暇な人なんていないだろうね。


「此度は別格ですよ。尊氏公が征夷大将軍となって以降、これほど重大なことは幾度もなかったと思います。やはり足利家と北畠家の婚礼が与える影響は大きいです」


 婚礼はオレたちが口を出していないから、こちらが誘導した流れではない。ただ、オレたちの考え方を学んだ皆さんが知恵を絞った結果だ。


 足利一門の斯波家当主である義統さんが、足利将軍家が結ぶことを望まなかったことも理由の一つではあるが。その先にあるのはあまりいい流れでないと察していたんだろう。


 困った時の北畠頼りっていうのが尾張だと割とあった。そこに南北朝時代から残る問題を考慮した結果、両家の婚礼となった。


 無論、これは南北朝の争いを終わらせるための一手だが、同時に新時代へ向けた足利家と北畠家の覚悟の一手だろう。


 慶寿院さんもまた積極的に両家の婚礼を推し進めてくれたことで、大きな憂いはない。近衛家出身で将軍の生母である慶寿院さんが最後の難関だと思っていたしなぁ。


 こちらと一定の距離を保っていた勢力も、当主か一族が名代として出向いている。


 百年先、五百年先を考えないならば、このまま足利政権を立て直すことも出来るかもしれない。


 ちょっと覚悟が揺らいでしまいそうだよ。




◆◆

 鱧の骨切り


 京都名物といえば鱧になるが、鱧料理の基本とも言える骨切りを考案したのは戦国時代の武将、細川藤孝である。


 『足利将軍録』の執筆者としても有名で、文武両道として名が知れている藤孝は料理にも精通していた。


 大智の方こと久遠エル、食師の方こと久遠セルフィーユに師事していたという記録が残り、久遠料理も作れる当時としては有数の料理人でもあったとされる。


 久遠家より教えを受けた鰻の開きを参考に鱧の骨切りを自ら考案し、永禄五年秋にあった近江御所のお披露目の前に、その技をセルフィーユに披露している。


 味は良かったが骨が気になった鱧を骨切りにより食べやすくしたその技に、セルフィーユも驚いたという記録がある。


 現代の鱧料理の基本である湯引きはその際にセルフィーユが考案したとされ、ふたりの試行錯誤の結果、現在の鱧料理が生み出された。




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