第2303話・一馬と晴氏

※宣伝失礼いたします。

 9巻で書き下ろしの新規書下ろしキャラクター、立ち絵を公開しました。

 書籍版立ち絵集が近況ノートにあります。良かったらどうぞ。

 1巻から9巻の表紙もついでに立ち絵もまとめて掲載、立ち絵集で見られるようにしました。



Side:二条晴良


 近衛公と関白の様子は相も変わらずか。親子ではあるものの、互いに不満を隠せぬようになりつつある。


 まあ、公卿の親子などいずこも似たようなものだが。吾の父とて京の都を捨てて周防に出て行ったまま陶に討たれたからな。正直なところ愚かな父であったと今でも思う程度だ。それ以上の情などない。


 近衛公と関白の不仲の原因は尾張だ。僅かな年月で隆盛し京の都すら超えるのではと思えるほど大きゅうなり、今も勢力は広がり続けておるかの者らをいかにするか。そこからして互いの考えが違う。


 近衛公は共に歩むしかないと自ら歩み寄り、内匠頭と誼を得たことで朝廷を残そうと必死だ。ところが関白からすると、それが面白うない。


 家督を譲り隠居した父親が権勢を振るうこと自体、面白うないのだ。今までのように並みの父親程度ならばいいが、近衛公は今や院と主上が頼りとするほど。


 関白からすると、皆、己を軽んじておると思うておろう。


 そもそも、あやつは勘違いしておるからな。摂家で持ち回りとなる関白の地位に大きな力などない。平安の世ならばいざ知らず、今の世で関白が政をすることなどないのだからな。


 主上の御心を察してお支え致すのが今の関白だ。ところがあやつは、尾張を信じる主上と反りが合わぬ。


 若いのだ。気概があるくらいならば構わぬが、今のままではようない。


「こればかりは内匠頭の助けを借りるわけにはいかぬ」


 公家の内輪の争いなど内匠頭が一番好まぬことであろう。故に吾がふたりを取り持っておる。


 内匠頭は情け深く情に厚い。あれほど高徳な者などおらぬとすら思う。ただ……、それ故にあやつは朝廷すら見捨てることもあり得ぬとは言えぬのだ。


 久遠の家のため己の民のため、斯波や織田、そして東国のために必要とあらば朝廷を見限る。近衛公はそれを理解すればこそ、内匠頭と誼を持つことで争わぬ道を模索した。


 まあ、吾とてここまで理解したのは近衛公に跡を継げと言われてからだが。


 もっとも、近衛公と内匠頭はそれ以上のなにかがあるがな。互いに立場がありつつ、どこか友のように思うところがあるように見える。


 それもまた関白が面白うないひとつであろうな。実の子より尾張の内匠頭に心開いておることがな。


 関白が己の中でいかに思うてもよいが、今の朝廷を守り支えるなど出来るはずもない。数年大人しゅう役目に励み、頃合いを見て関白を辞してくれればそれでよいのだが。


 はてさて、いかになるのやら。




Side:久遠一馬


 まあ、忙しいね。オレは織田家の一介の家臣だからと言って昼寝でもしていたいが、そんなわけにもいかないし。


 今日は、朝から前古河公方の足利晴氏さんと話をしている。


 晴氏さんが関東諸将との仲介をしているんだ。関東も関東で、因縁やら争いやら家柄やら、いろいろ面倒だからな。晴氏さんが仲介すると、安易に不満だと騒ぐことが出来ないのでスムーズに話が進む。


 ただ、それでもデリケートな問題がいくつかある。ひとつはオレも関係ある安房の里見だ。


「私としては、なにも言いません。ただ、当家への挨拶は遠慮してもらえるように、取り計らっていただけたら……」


 安房の里見の扱いについては、足利家としては含むところもないし相応に扱っていい。それはすでに奉行衆に伝えている。


 ただ、それでも気を使うんだよね。織田家として絶縁したままになっているから。


 実は里見の使者から、義統さんと信秀さんに挨拶をしたいと申し出があったが拒否しているんだよね。それもあって奉行衆が少し動揺している。


「やはり許せぬか」


さきの古河様が仲介するとおっしゃるのならば考えますが、今のところ許す以前の話です」


 晴氏さんが苦笑いを浮かべた。


「言いたきことは分かるが、わしにも無理じゃの。薬師の方殿を狙うたなど、武士にあるまじき卑怯な行為。そなたと薬師の方殿を信じる多くの者に恨まれてしまうわ」


 そうなんだよね。頭を下げてもいない相手との仲介とか出来るものじゃない。仲介する人にもリスクだってあるのに。


「まあ、里見はなるようになるでしょう。他の関東からの使者は前古河様のお考えの通りでいいかと」


 里見、使者が相応に扱われてお披露目の場に出席は許されるだろう。ただ、それで終わりだろうね。誰も触れないまま参加したという形だけ残す以外はどうしようもない。


「内匠頭殿、話のついでに少しお教え願いたいことがあるのじゃが……」


「なんでございましょう?」


 お教え願うとは随分とまあ丁寧な、というか身分を逸脱した言葉を使うなぁ。この人もオレを独立国の王として扱うのか。この下郎がと言ってもいいのに。


「各々が所領を持つままでは豊かになれぬか?」


 これはまた難しい話を持ち出したなぁ。


「そのままでも皆をまとめて、争わせず国を整えることが出来る。そんなお方がいれば豊かになれると思います」


「なるほど、なんとも分かりやすいことじゃの」


 苦笑いを浮かべた。これは本心からのものだろう。本来、まとめる立場だった人だ。オレの言うことが現実として可能かと言われると理解してくれたみたいだ。


「力関係が変わりますからね。豊かに出来る土地、出来ない土地があります」


 別に領地制でもやれる。現状ではね。手間と苦労がものすごく増えるけど。先に開発したり復興したりした土地は先に豊かになる。一方で後回しにされたり、開発が難しいと放置されたりする土地は貧しいままになる。


 権威や家柄以外の、土地の場所や開発能力などで豊かになる者とそうでない者に分かれる。この流れが争いにならないわけがないので、難しいけどね。


「ならば俸禄にしたほうが面倒はないな」


「こちらの領内で寺社が揉める理由のひとつがそれですからね。寺領などの価値が下がるんです。まとめて豊かに出来ないので」


 情報伝達や交通インフラが未熟な時代なだけに、領地制が無難だったのは分かる。それにオレたちの想定しない方法で上手くやると同じく発展する可能性はある。


 ただ問題は、領地制にこだわる人は、自ら新しい試みを行おうとあんまりしないんだよね。


「わしもな、いろいろとあった。北条や上杉とな。決してよき公方ではなかったが、それでも懸命に務めておったのだ。何故、そなたたちだけが上手くいくのか気になってな」


「心中お察し致します。はっきり申し上げると、今の形のままであれば私たちも大差ありませんよ。先人たちが出来なかったことを同じやり方でやれるとは思えませんね」


 足利体制のまま太平の世をつくり、発展させていくのはほぼ不可能だ。どちらにしろ変えるところは変えないといつか行き詰まる。


「まこと、理に適うの。道理であろうと思う」


 関東もね。今のままではどうしようもないんだ。誰が公方となろうが関東管領となろうが、争いはなくならない。


 そこは理解していただけただろうか。



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