第2302話・勝ち組と負け組

Side:足利晴氏


 関東からも続々と使者が到着しておる。氏康めが織田と誼を深めることで西との繋がりを強めておるからの。他もまた動いておる。


 もっとも、遅きに失したというべきかもしれぬがな。北条は十年も前から織田と誼を得ておるのだ。今更あがいたとて、容易く北条より厚遇などされまい。


「あの愚か者め」


 古河公方を継いだ次男は氏康が連れてくるようだが、長子は来ぬと書状が届いた。未だ古河公方の地位を諦めきれぬと見える。当人か周囲かは分からぬがな。来てしまえば、古河公方であるのが己でないと認めることになりかねぬからな。


 心情は察するに余りある。されど……。


「意地を張ったとて道はないということが分からぬか」


 本来ならば、あれが古河公方を継ぐはずであった。それは間違いない。故にあやつのことをなんとかしてやりたいと近江に来るようにと書状を出したというのに、わしの言うことも聞かぬ。


「心情は理解致しまする」


 家臣らも同情しておる。あれが不憫だと。だが、世の流れを理解出来ぬ愚か者である以上、助ける者は日を追うごとに減る。


 最早、北条などいかようでもいいのだ。あやつが関東を制するということはもうあるまい。あるとすれば、上様か織田の下で関東を平定するくらいだ。


「関東が日ノ本を治めることはもうない。いずれ西にも屈せぬと意地を張ることすら出来ぬようになる。里見の二の舞ぞ」


 近江に来て、己が目で世を見ると分かるのだ。関東だけではもう生きていけぬ。関東管領が里見を助けておるが、あやつが最後まで助けることなどあり得ぬ。己が領地と城すら捨てて逃げた臆病者ぞ。


 さらに関東が隆盛する織田と争えば、畿内におる織田憎しの者らが喜ぶかもしれぬ。されど、あやつらは織田以上に信が置けぬ。


「奥羽は思うたより盤石のようでございますからなぁ。噂の牛頭馬頭殿も参っておるとか。朝廷はさぞ胆を冷やしておりましょう」


 そう、それもある。


 奥羽は関東から見ても貧しい鄙の地。関東では誰も欲しゅうないと言うようなところ。されど、海の民である久遠が斯波の下であの地を得たことで一変した。東国の海路は久遠の思うままとなったのだからな。


 さらに楠木の末裔が奥羽で大きな武功を挙げて牛頭馬頭と称された。その勢いのままに上様と北畠の婚礼が待っておるのだ。左様な有様となりつつある西と対峙するには、それこそ氏康を超える男でもおらねば無理なのだ。


 少なくとも、わしの倅たちでは無理だ。


「まあ、よい。己が人生だ。わしの命を聞かぬというのならば、好きに生きればよかろう」


 憐れに思うが、あやつばかりに構ってもおられぬ。関東が尾張に頭を下げる以上、古河公方としての地位もいかになるか分からぬからな。居場所は作っておかねばならぬのだ。




Side:久遠一馬


 観音寺城下に着いたオレたちは、春たちが滞在している屋敷に入ったが……。春たちは仕事でいなかった。


 こっちは今、忙しい最中なんだ。無理に戻って出迎える必要はないと義統さんから言ってもらったので、仕事を優先させている。


 報告はオレたちの到着を待っていた家臣から受ける。いろいろと忙しいみたいだけど、想定内みたいでホッとする。まあ、のんびりしているほど余裕もないが。


「私はセルフィーユのところに行ってみます」


「私は御所のほうに……」


 オレたちもさっそく動くことにする。エルはセルフィーユの手伝い、メルティは御所の確認、ナザニンは奉行衆の様子を見に行くことにしたようだ。


 ちなみに御所に納める掛け軸や襖絵、それと西洋絵画はすでに納入済みだ。とはいえ不測の事態を想定して、予備の絵を持参している。それと、念のため留吉君と雪村さんとかも来ているんだよなぁ。


 御所そのものは完成しており、お披露目の時期を調整していたのでおかしなことにはならないと思うが。


 ちなみに義統さんと信秀さんは謁見を望む者が多く、しばらく動きが取れない。義信君と信長さんとオレたちが動かないと駄目だろう。


 ほとんどは実務と無縁の挨拶とご機嫌伺いの人たちなので、正直、必要なのかと言われると微妙なんだけど。無論、こういう挨拶から関係を構築して争いを避けるという意味では重要だが。


 とはいえ、近江に来たばかりの忙しい最中に来られても困るというのが本音だ。


「みんな忙しいな、御幸もあるからなぁ」


 忙しい理由の半分は御幸関連だ。尾張への御幸もあったのでまったくの未経験でもないが、あれこれと支度が多い。


 ただ、これに関しては朝廷の側も無理難題を言っているわけではない。上皇陛下からは過剰な形は不要だという内々のご要望があった。とはいえ、はいそうですかというわけにもいかない。


 上皇陛下がいいとおっしゃっても、それを見た諸国からの使者がどう見るかは別問題だ。


「婚礼もあるわ。南北の対立の終焉。これの意味は大きい。奥羽にいるとそれを実感するわ」


 季代子の言う通りか。それもあるんだよね。御所のお披露目の数日後には義輝さんの婚礼が控えている。これで忙しくならないはずがない。


 南北朝時代、南北双方に分かれた足利と北畠が縁組をする。しかも朝廷の意思と関係ないところで。こういう仲介を朝廷でやっていたら違った気がするね。


 その時、控えるように同席している楠木さんが笑みを浮かべた。


「内匠頭殿の見えざる功でございましょう。ようやく我ら一族も平穏に暮らせておりまする」


 季代子の近くで控えている楠木正忠さんの言葉に、なんとも言えないものを感じる。正直、足利と北畠の婚礼はオレたちが考えたものではない。


「無論、内匠頭殿が動いた件でないことは承知しております。肝心なのは足利と北畠の婚礼を成せる流れを整えたことかと。これで東国にて南朝方だった者が斯波家と織田家に降ることを拒む理由がひとつ減りまする」


 楠木さん、奥羽で一皮むけたな。なんというか威厳がある。あと地味にオレの顔色から考えていることを察したらしい。


「そうかもしれませんね。楠木殿、申し訳ないけど、近江滞在中はよろしくお願いします。貴殿と私たちが一緒にいると、奥羽が盤石だと示せる」


「承知致しておりまする」


 本人もそのつもりだったことだけどね。与力だというのに季代子の家臣のように振る舞っている。


「代わりというわけではないけど、なるべくみんなで生きられるようにするから」


 オレの言葉に楠木さんはニヤリと笑みを見せた。


 ほんと、この人ひとりいるだけで、奥羽を治める難易度が一段階は下がる。こちらの想定以上の活躍をしてくれた。


 おかげでシルバーンのシミュレートの振れ幅が大きくて、再度予測し直したくらいだ。


 戦略兵器並みの影響力がある。さすがは牛頭馬頭さんだね。



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