第2297話・次なる課題
Side:近衛稙家
秋が深まると底冷えするような寒さを感じる。
体の節々が痛くなることもある。もう若くはないのだなと思い知らされるの。
「お呼びと伺い罷り越してございまする」
深々と頭を下げるこの男、伊勢貞孝。一時は都の皆が頼りにしたのじゃがの。大樹が京の都を離れようともこの者だけは残ったことで。
もし、大樹が今も権勢を得ることが出来ず朽木で燻っておれば、こやつが今も天下の政を担っておったのであろう。世の移り変わりとは無常じゃ。大樹を潰す気はないが、潰れようが知らぬという態度が大樹と近江におる奉行衆の怒りを買うた。
悪い男ではないが、いささか世の流れと己の立場を理解しておらぬと思える動きをする。頑固というかなんというか。
「近江御所の披露目の場に出ぬらしいな?」
「はっ、某は役目がございますので。名代を送りまする」
諸国から諸勢力が集まる披露目の場に出ぬと大樹に内々に伝えたことで、わしが動いておる。こやつを近江に引っ張り出してほしいと内匠頭に頼まれてな。
にしても、こやつはなにを考えておるのだ? 近江の奉行衆と会うと厄介なことになると考えたか? 綸旨の件ではすぐに謝罪した故、近江に逆らう気はないと思うが。
「そなたが出向かねば要らぬ懸念となる。承知のことか?」
「出向いたところで、某にはよいことなどございませぬ。すでに手遅れの身でございますれば。要らぬ騒ぎなど起こしとうございませぬ」
ふむ、やはり近江の奉行衆との内々の争いが理由か。
「そなたが今も健在なのは誰のおかげか存じておろう? そろそろ会うて確と話をしたいと言うておるのじゃ」
実のところ、吾もこやつの行く末を案じてやるほど暇ではないのじゃがの。内匠頭がこやつの扱いを決めるつもりのようでな。
「……尾張の内匠頭殿が?」
そこまで理解しておるなら、己から頭を下げてしまえばよいというのに。武士という者らは厄介じゃの。
「大樹と和解したくば、己自身で近江に出向け。内匠頭は慈悲深い男じゃが、相手が誰であれ見捨てることもある。まことに人の上に立つ者ぞ。そなたが尾張と争うというならば構わぬが、吾も口添えをするのは此度が最後じゃ」
こやつが尾張と争うのを望む者もおるのじゃ。細川と三好、それとこやつが力を合わせ動けばなどと愚かなことを語る者もおるとか。
これ以上、こやつが意地を張ると京の都で戦をと騒ぐ愚か者が増える。
「畏まりましてございます」
一言では言い表せぬ顔を見せたが、すべてを飲み込んだ。何故、罷免されぬのか。こやつ自身が一番理解しておると見える。故に内匠頭が手を差し伸べたのであろうな。
「これはわしの私見じゃがの。政所はそろそろ変えねばなるまい。そなたの働きに不満などないが、尾張や近江で新たな政を見ておるとそれが分かる。そなたひとりではいかんともならぬからの」
近江では内匠頭の助言の下で新しき形になりつつある。少なくとも管領やこやつが思うままにする程度の体制ではいかんともならぬのは吾でも分かること。
あれもこれもやれるだけの先例があるとはいえ、所詮、こやつの力は大樹あってのもの。己で大領を持つわけでもなければ、内匠頭のように己が力で世を動かせる男でもない。
倅もこやつくらい世を理解しておればの……。
Side:久遠一馬
武芸大会が終わると冬を迎える支度をする頃だ。織田領はもやしや二十日大根など、オレたちが広めた野菜が冬も食べられるからまだいいが、それでも漬物を漬けるなど、それぞれの家で冬を越すための支度がある。
ただ、オレたちはその他にも大きな仕事があるのだが……。
「面倒だなんて言えば、駄目なんだろうね」
ついつい漏れた本音にエルたちも資清さんたちも苦笑いを浮かべた。
町はまだまだ未完成だが、近江の御所が完成したことで年内に諸勢力にお披露目をすることになっている。
まあ、これ自体は夏前に日程を決めていたことなんだけどね。オレも参加せざるを得ないし、斯波家として織田家として諸勢力とどう向き合うか。そこらを含めて事前に考えておくことや意思統一をしておくことが山ほどある。
現在の織田家は中央集権型の評定衆による合議制を導入しているからね。細かい意思統一が欠かせないんだ。
もっとも、察しろというようなことは減っているので認識の違いによる大きな問題は起きていないが。
「大きな問題はないわね。ただ、神宮がこの機に和解をと望んでいるけど……。それと若狭管領殿との和解をという話もあるわね」
外務担当のナザニンの言葉に苦笑いが出る。そのふたつの件はオレに言われても困る。
まあ、神宮と絶縁したのはオレだけど。その件に関しては今のところ誰に仲介されても変える気はない。放っておいて潰れるなら考えるけど、神宮ならオレたちと絶縁しても後世に残るだろうし。
神宮はウルザたちの面目を潰した件と、毎年莫大な寄進をして世話を続けているのに、偉そうにするばかりな神官に対する不満とかいろいろとあるんだ。
まあ、神宮が和解を求めている一番の理由は、尾張が朝廷や畿内と争ったら敵になるとみんなが見ていることからだろうが。
根本的なこととして、神仏は朝廷や寺社の味方なのか? そんな疑問を尾張では普通に武士が議論をする時代になった。その結果だ。
この変化にはいいこともあって、身分や血筋が低くても真面目に祈りお勤めを続けているお坊さんとかはみんなで助けようという意思が生まれた。
まあ、神宮は放置しても挙兵するわけでもないし、構わないだろう。晴具さんと具教さんが動くなら任せるが。オレが口を挟むことじゃない。
若狭の晴元はなぁ。氏綱さん自身も放置でいいと言っているのが大きい。仙洞御所完成のお祝いに行った後から、彼とは斯波家と織田家として意思疎通が出来るようになっているんだ。
義輝さんに逆らう気もないみたいだし、細川京兆ということで相応に配慮をしている。無論、それまでも三好の主家として扱い配慮はしていたが。
若狭征伐をするのかとか、義統さんか義賢さんが仲介して和睦をするのかとか、いろいろな話は何度も持ち上がっては消えている経緯がある。
突き詰めると、氏綱さんは細川京兆の統一に対して積極的じゃないんだ。統一しても管領職をどうするんだとか、足利政権内で失った地位と利権をどうするんだとか面倒なことが多いからね。
それと、氏綱さん自身、細川京兆をまとめる自信もあまりないようではある。
反三好、反尾張である者たちが氏綱さんに近寄ることもあったが、のらりくらりとかわしてこちらや三好とそれなりの関係を維持していた人だ。
管領職は晴元で最後になるのかもしれない。
今でも彼に期待している人はいるが、譲位と御幸、この辺りにまったく呼ばれなかったことで過去の人となりつつある。
まあ、晴元はいいや。他の諸勢力のことをきちんと考えないと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます