第2296話・大会後のあれこれ
Side:アーシャ
武芸大会本選を楽しんだ島の子供たちは、尾張の各地を観光しているわ。そんな日々だけど、尾張の学校の子たちとの交流もしている。
尾張という国が私たちを受け入れてくれて、そんな尾張を私たちの島で受け入れた。少しずつ積み重ねた相互理解は確実に成果となっているわね。
「うわ!」
「まて~!」
今はそんな子供たちが一緒に遊んでいるわ。これは司令のこだわりのひとつなのよね。よく遊びよく学べというのは。
校庭で遊ぶ子供たちの光景は、不思議と司令の元の世界と大差ないように見える。私は映像でしか見たことがないけど。
武芸大会でおなじみとなった綱引きや玉入れなんかを楽しんでいる子もいるし、この時代で見かけない遊びとして縄跳びや竹馬なんかもあるわ。
それと、この日は若武衛様が六角四郎殿を連れてきている。本領の子たちと尾張の子たちが共に過ごす様子を見せたいみたい。
「いかがじゃ?」
人は必ずしも平等ではないわ。それはこの時代も司令の生きた時代も同じ。ただ、身分というものは人と人が関わることすら制限してしまっている。
それもまた長年の積み重ねからなる、ひとつの知恵であり必要なことなのだと思う。でもね……。
「突き詰めると、人と人が信じることが出来る国と出来ぬ国の違いであろうな」
さすがに驚くことは減ったようね。四郎殿は冷静に振る舞いつつ、少し寂しげな顔をしている。
身分とは決して万能ではないわ。身分があることで得られるものは多いけど、同時に不便だったり得られなかったりするものもある。それを理解したということかしら?
「天竺殿、まことに近江で同じことが出来るのか? 近江には仏の弾正忠殿もおらぬし、内匠頭殿もおらぬ」
「焦らず積み重ねていけば必ず出来ます。私たちとて、ここまで十年以上の年月を費やしておりますから」
「近江だと、もっとかかるな」
その答えは正しくもあり間違ってもいる。ただ、可能性は自分で考えてほしい。私たちには見えない道があるかもしれないわ。
「そうだわ。四郎殿は弓が得意だとか。よろしければ子供たちに少しお教え願えませんか?」
「わしがか?」
「ええ、是非お願い致します」
心底驚いた顔をされた。彼を六角家の次代に相応しい男に育てる。みんな知恵を絞り学ばせようとしているのは分かるし、間違ってはいない。
彼に足りないものは、教わることばかりじゃない。人に教えることだと思うの。
「うむ……、まあ、そうじゃの。引き受けよう」
子供たちを通して、四郎殿はきっと多くを学んでくれるわ。もし学ぶことが出来なくても楽しんでくれればいい。
きっとそれが彼に必要なことだから。
Side:真柄直隆
一番になったが、武芸大会が終わると、鍛練の日々に戻った。
越前から来ている者たちは、これで越前に戻れるなと声を掛けてくれた者もおるが、正直、戻りたいとあまり思わなくなりつつある。
そもそも宗滴様の近習として残っているのだから、戻ることなどないが。
「しかしまあ、随分と頂いたな」
ああ、妻と家人たちは忙しい。あちこちから祝いの品が届くのだ。越前では手に入らぬような品まである。
反物、塗り物、焼き物などなど、返礼に悩むほどだ。
「若、こちらも……」
家臣が丁寧に運んできたのは、見たことのない大太刀だった。
「いずこから頂いたのだ?」
持ってみるとずっしり重い。オレの大太刀より幾分重いかもしれぬ。抜いてみると見事な造りだ。これは……。
「織田家職人衆より頂いてございます」
ああ、工業村のやつらか。中に入ったことはないが、職人とは幾度か会うたこともある。一度、大太刀を見せてほしいと頼まれて見せたことがあるのだ。
関や村正など、名のある鍛冶が今は織田の民となっておることで、尾張では上物の刀剣が手に入るが、さすがに大太刀は頼まねえと造る奴がいないからな。
しかも、あいつら武士どころか寺社の坊主よりいい暮らししている。返礼に悩む。
蔵にある金貨と銀貨でも贈るか。近年だと本選に出るだけで褒美として頂けるからな。毎年出場してそれなりに勝っているせいか、結構貯まっているんだ。
あれは、どう見ても銭にしか見えねえんだよな。織田家だと銭ではないと言っているらしいが、方便だろうな。
それを抜きにしても、ここ数年、銭には困っていない。親父と朝倉の殿が銭を送ってくれることと、宗滴様から禄を頂いているからな。さらに織田家中の若い衆と手合わせすると、礼金が貰える。
無論、こちらとしても世話になっている身だ。斯波家や織田家に贈り物をするなど銭は掛かるが、今のところは困るほどのことはない。
「すべて返礼せねばな」
越前にいた頃は、こういうことは親父がやっていた。尾張に来て親父の苦労が分かるようになったな。鍛練の前にこちらを片づけるか。
Side:久遠一馬
菊丸さんこと義輝さんと慶寿院さんとは、いろいろと話すことがある。特に綸旨の真贋に関してはそこまで口を出す気はないが、細かいところまで想定して話しておいたほうがいい。
ひとつ間違うと戦になるからなぁ。
「本物だからといってその通りにするのも難しいのですね。現状にそぐわない訴えは突っぱねるしかありません」
問題になったのは本物の綸旨だった。本物だと知っているところがいつの時代か分からない古い綸旨で、偽物や加筆した綸旨を持つ敵対勢力を潰そうとする者が出かねない。
そもそも朝廷にはもう統治能力はない。古い時代に大きな権力を与えた綸旨とか没落した者が持っていたとしても、それを理由に重用するなんて無理がある。
それと裁定を下しても従わないなんてことが珍しくない。自分たちの綸旨は本物だと主張して兵を挙げる想定もしておく必要がある。
まあ、ここらは御成敗式目にて該当する文章があるから、それを厳格に適当するべきだろう。
あれ、個人的にどうかと思うところもあるが、現実と世の中を見据えて作ったのだなというのは分かる。
「双方とも偽物と断定出来ぬ綸旨、しかも書いてあることが真逆の場合はいかがする?」
「それは朝廷に丸投げしていいかと」
義輝さんもあまりに厄介な話に不快そうな顔を隠さなかった。
統一見解なんてないからなぁ。その時々で都合のいい綸旨を出すのは朝廷だってあったことだ。公文書の偽造。これに関しては家系図の偽造とか割と普通に朝廷でもやっている仕事の一種だと言ってもいい。
本物で厄介な綸旨は全部朝廷に丸投げでいいと思う。義輝さんとして現実に即した仲裁や和解をするのは大いに構わないし、そうするべきだが。
責任は命令を出した者にさせるべきであって、それは朝廷だからね。そこまで面倒を見切れない。権力権威を守りたいなら自分たちで解決することもしてもらないと。
◆◆
真柄家には大太刀がいくつか残されているが、真柄直隆が永禄五年の武芸大会にて剣術で優勝した際に織田家職人衆から贈られた大太刀もある。
現代の刀剣とは違い、あくまでも実戦での使用を考えて作られたその大太刀は尾張工業村で造られた一刀だと記録に残っている。
尾張工業村は刀剣の製造を主産業としていたわけではないが、調査研究目的で少数生産を続けていたもののひとつだと思われる。
その大きさもあって真柄家の大太刀は刀剣の展示などをする際には人気となり、日本各地で行われている刀剣展示会などに貸し出されて人々を楽しませている。
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