第2294話・宴の席で

※書籍版、9巻。6月20日発売となります。

よろしくお願いいたします。


Side:六角義弼


 武芸大会が終わった。


 なんと言うべきであろうか。ここはもう日ノ本ではあるまい。わしにはそうとしか思えぬようになった。


 身分も血縁も因縁もない。強い者が勝ち上がる。勝った者は敗れた者を軽んじることなく、負けた者も恨むことなく再び戦えることを望む。左様なことが出来るのが信じられぬ。


 今宵の宴の席次も決まっておらぬ。いずこにいてもよいという。故に、わしはあまり目立たぬところで焼き鳥というものを食うておる。これが美味いのだ。


 曙殿が尾張に入る前に言うていた。楽しめばよいと。もうその通り、わしは楽しむだけでよいと考え、ここ数日過ごしておる。


 美味いものを食いながら試合を見て市を回る。それだけで悪うない。


「いかがでございますか?」


 目立たぬようにおるわしのところに内匠頭殿がやって来た。なんと言うべきであろう? 子らを相手にするような顔をしておる。わしが怯えておるのを察しておるのであろう。


「楽しんでおります。いかに言うていいのか分かりませぬが、見ておるだけでも楽しめておりまする故」


 この御仁を前にすると、わしは、とても畏れ多いことをしておるのではと思える。求められておらぬというのに頭を下げたくなるほどだ。


「それは良かった。実はひとつお願いしたいことがございまして……」


 わしに頼むようなことがあるのか? 一声掛けると天下が動くはずだ。


「春たちのこと、お願い致します。近江はいろいろと難しい地ですから」


 そう言うて頭を下げられると、いかにしていいか分からぬほど動揺してしもうたかもしれぬ。ただ、この御仁が表向きの地位が低いことだけは思い出した。


「相分かった。とはいえ、わしに出来ることがあるとは思えんがな」


 六角家の嫡男として頼まれた以上、相応の態度で答えねばならぬな。されど、わしなど助けずとも困るまい?


「四郎殿とはこれからも長い付き合いとなりますから。いずれ御父上の跡を継ぐのでございましょう?」


 そういえば、父上が言うていたの。わしの廃嫡を考えたと。止めたのは曙殿らだと。つまり、この御仁がわしを助けてくれたのか?


 何故、わしを……。


 その話をしようとして止めた。さすがに周囲に人がいるところでする話ではない。


「祖父上と父上の積み重ねを潰すことだけはあり得ぬ。確かに長い付き合いとなるはずだ」


 わしにも分かる。この国を潰せば、後の世まで愚か者として名を残してしまうことくらいはな。左様なこと、わし如きに出来るはずもない。


 そのまま内匠頭殿は別の者のところに行ってしまわれた。


 権威でも武威でもない。慈悲であろう。慈悲で恐ろしいと思うたのは初めてだ。仏の弾正忠といい内匠頭殿といい、ここは仏の国に一番近いのかもしれぬな。


 助けを受けた分くらいは恩を返したいものだ。そのくらいの意地はある。




Side:久遠一馬


 義弼君は大丈夫そうだな。新しい近習の子と隅にいたから気になって声を掛けたんだけど。


 オレも本来は目立つタイプじゃないし気持ちは分かる。焼き鳥ばっかり食べているのは性格だろうか? まあ、いいけど。


 今夜の主役は出場者たちだ。勝った者も負けた者も本戦出場という名誉と共にこの日を迎える。


 信濃の真田さんや奥羽の九戸さんなど史実でも名の知れた人は本選に勝ち進んでいた。早めに敗れていたけど。もしかすると訓練環境が今後重要になってくるのかもしれない。


 地域や地方が中央と同じくやれるというのは無理だしね。


「ようございましたなぁ、宗滴殿」


「ああ、夢のようじゃ。まだまだ未熟と思うておったというのに……」


 日頃、あまり斯波家や織田家の行事に公の立場として出てこない朝倉宗滴さんが今日は出席している。なんといっても真柄さんの優勝だからね。招かれたんだ。


 年配者を中心にお祝いの言葉を掛けていて、宗滴さんも嬉しそうだ。


 平手政秀さんが言っていたが、織田家中だと朝倉に対する意識がだいぶ変わってきたそうだ。因縁は因縁として受け止めるべきだが、どうやって解きほぐしていくのか、みんなで考えなくてはという意識が広がっているみたいなんだ。


 義統さんが朝倉にそこまで怒りもないからな。斯波家としてこちらから許そうと声を掛けることは出来ないが、あそこに手を出しても厄介事が増えるだけだし。


 そもそも、山ほどある因縁の解決に積極的なのは義統さんだ。あまりあれこれと求める人ではないが、過去の因縁にうんざりしていて変わることを望んでいる。


 ただまあ、変わったのは領内だけなんだよね。越前は相変わらずだし。


 もっとも、忍び衆の報告では、越前でもだいぶ温度差があるとのことだが。将軍や管領に従い戦もしてきた朝倉なだけに、足利政権を支えている斯波と織田相手に戦をしたい人は少数派らしい。


 というか、尾張と争うと日本海航路と尾張との流通が止まって戦より大変なことになると、相応の人が気付いている。


 堺の町と安房の里見が、何年も事実上の経済制裁を食らったままになっているのはさすがに知れ渡っているし、織田領以外で経済と流通を担う寺社が誰も助けていない現実がある。


 現状は一度振り上げた拳を降ろすタイミングを見計らっている人と、深く考えないで戦ってみたらいいと今までの価値観で考える人に分かれるだろう。


 国人土豪あたりだと、戦後に頭を下げたら許されるんだろうと安易に思っている人が多いみたいだし。


 越前内の空気を読んで、織田など物の数ではないと虚勢を張っているだけだ。実際のところ、そこまで上手くいくかはオレにも分からないが。


 越前が先例として見ている遠江なんかだと、斯波家は許すとも許さないとも言っておらず、今川家家臣として扱っただけだ。


 越前で言えば、朝倉家がみんなを従え守ってくれたら同じようになるだろうが。現状だと朝倉家中で尾張と協調を望む者たちはそんな気があまりない。


 良くも悪くも尾張の先例と現状から学んでいて、国人や土豪に対して助けるほどの義理があるか見極めているようなんだ。そういう意味では真柄家なんかは立場が完全に親尾張となっている。


 隣国である加賀と若狭を睨んで彼らと戦える戦力は欲しいが、尾張と戦なんて現実的に考えている人あまりいないしね。


 少し話が逸れるが、遠江衆、個別に斯波家との因縁の有無と大きさがあって、因縁が深いところは自主的に当主を退き仏門に入っている。中には腹を切った人もいるそうだ。


 今川臣従の際に独立しようとしたところも同じだ。


 織田家としてはそこまで求めていないんだけどね。けじめを付けることはそれぞれに考えている。


 真柄さんの優勝で少しでも越前がいい方向に変わってくれるといいけどなぁ。




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