第2293話・第十二回武芸大会・その十二

Side:朝倉宗滴


「真柄様、勝ちましたね! おめでとうございます!」


 子らに声を掛けられて感極まる。柳生殿と十郎左衛門。双方ともに悔いのない試合をしてほしいと皆で祈り、声を掛けてくれておったのだ。


「うむ、皆のおかげだ。この国の皆のな」


 感謝してもしきれぬ。あの悪童をこれほどの武士として育ててくれるとは……。


 一声掛けてやらねばと、十郎左衛門のところへと向かう。


 歩く程度ならば出来るが、もう戦をするほど力が入らぬ己の体が少しばかり憎らしい。残された時は多くないのかもしれぬ。そう思うと、案ずることばかりだ。


 控えの場の前で待とうとしたが、織田の者が気を利かせて中に通してくれた。尾張者はまことに情け深い。


 外を見ると十郎左衛門と今巴殿の試合が始まった。


 いつ見ても美しく強い。わしが若い頃でも敵わぬ強さがある。


 天に届きそうなほど観客が沸いたその時、十郎左衛門は敗れた。動きも攻めもすべて読まれておったな。格が違う。


「おや、宗滴殿じゃないか」


「宗滴様!?」


 試合場から今巴殿と十郎左衛門が控えの場に戻ってくるが、今巴殿の姿に武士としての血が騒ぐ気がした。立ち居振る舞いと姿に久しく忘れていた戦場を思い出させる。


 その姿に本気で相手をしてくれたのだと分かる。ただただ感謝しかないが、僅かだが挑んでみたいという思いが心の奥底にある。未熟よの。


「十郎左衛門殿、宗滴殿、アタシは先に行くよ。アンタたちも少し場を外しな」


 すべてを見透かしたように笑みを浮かべた今巴殿は、控えの場にいた警護の者などをすべて連れて去っていくと、外の賑わいが嘘のように静かな場となった。


 控えようとした十郎左衛門に、それは無用だと告げて言葉を掛ける。


「ようやったの」


「はっ!」


 尾張が武芸大会を始めたことも、十郎左衛門がそれに挑んだことも天の導きであろうか? されど、幾年も続けて一番になるまでに成れたことは、受け入れてくれた尾張と挑み続けた十郎左衛門の意思によるもの。


「そなたは尾張の国とすべての者に育てられた。分かるな?」


「はっ、それはもう……」


「この先なにがあろうと、その恩は忘れてはならぬぞ」


 あの悪童がここまで立派になるとはの。少し寂しいわ。


「さあ、行け。皆が待っておろう」


 長々と話す気はない。ただ一言、労い、それが言いたかった。


 十郎左衛門が外に出ると、一目見ようと集まった者らが騒ぐ声がここまで聞こえる。もうあやつは越前の真柄十郎左衛門ではない。いつまでも越前に縛り付けてよいとは思えぬ。


「わしも、遺言でも残しておかねばならぬのかもしれぬの」


「殿!?」


「案ずるな。天が与えたこの命、尽きるまで生きる。それだけはなにがあろうと変わらぬ。されど、あの男を越前と尾張の狭間に置きたくない。たとえ朝倉が滅んだとしてもな」


 わしはこの齢となり、殿や越前を裏切ることを言うておるのかもしれぬ。されど、十郎左衛門には生きてほしい。朝倉が滅んだとしてもな。


「左様でございましたか」


「慈母殿にでも頼んでおくか。なにかあっても上手く動いてくれよう」


 尾張に来て多くを学んだ。武士とは家とは、一族とはいかにあるべきか。遠からず世は変わる。あやつをその場に残すことこそ、わしの最後の務めなのかもしれぬ。


 殿の御意思にすら従わず、いつまでも斯波を敵とみなす愚か者どものためにあやつを死なせてはならぬ。


「さて、我らも行くか。あまり遅くなると皆が案じる」


「ははっ!」


 よき試合であったの。来年も楽しみじゃ。




side:久遠一馬


 個人戦、団体戦もすべて終わった。


 個人戦は真柄さんが優勝したことで大いに盛り上がった。優勝出来るのではと毎年言われつつも敗れていたからなぁ。


 真柄さんに限らないが、優勝出来るタイミングを逃がし続けると伸び悩むことがある。また、何年か挑戦して駄目だと諦める人も中にはいる。


 元の世界でも未完の大器と言われたまま終わったスポーツ選手とかいたが、この時代でもそんな人はいるんだ。


 諦めないことは大切なんだ。大人になると分かるが。


 さて、残るは初陣組の模擬戦だ。


 これも数年試しているが、評判はいい。中には賊狩りで初陣にする家もあるが、相応に形を整えて縁起を担ぐのが一般的な武士だからなぁ。


 余談だが、その縁起を担ぐことも尾張だと変化しつつあるが……。


 朝廷と寺社の信頼が揺らいだことで、担ぐはずの縁起の出どころまで考える人が出始めている。学校で歴史研究とかしているのでその影響だと思うが。


 無論、縁起を担ぐと言う価値観はなくなっていない。ただ、あいつらと同じ縁起を担いでも駄目だろうということで内容が一部で変化しているんだ。


 呪術師とか祈祷師とか尾張にもいるんだけどねぇ。基本的に彼らの役目はざっくり言うと相談役なんだよね。今の尾張を理解して賢い人なんかは、ウチの習慣とか尾張の習慣から新しい吉兆を示したりして生き残っている。


 あと縁起関連で消えたものは、出陣前に女を避けることと、妊婦さんを穢れとすることだろう。尾張の町とかだとほぼなくなった。


 若い子とかとかは縁起そのものを気にしない子もいる。これは古今東西同じだろうけどね。尾張だと、そういう朝廷や寺社ゆかりの価値観に否と言える国になっただけだろう。


 話が逸れたが、初陣。結局のところ小競り合いを禁止した影響で新しい形でやるしかない。今年からは各領国で武芸大会予選と一緒に初陣組の模擬戦も行った。


 報告としては、初陣の子たちが遠慮気味なところもあったそうだ。日頃、頭を下げるような相手を打ち負かして、あとで困らないかと心配する人は相応にいるそうだ。


 武官衆はその報告によくない傾向だと改善策を検討しているが、個人的には儀式化するのは仕方ないと思っている。本気で模擬戦をやりたいなら武官や同年代を相手にやるべきだろう。少なくとも初陣としての模擬戦を本気かどうかにこだわるのは必要か疑問がある。


 無論、検討と試行錯誤自体はいいことなので口を挟まないけど。


 尾張の初陣は双方本気だ。信光さんだからなぁ。初陣の子たちに手を抜くと許さないと怒る人だから。


「やっぱり初陣の子たちだと不利だね」


 序盤は五分だったし、良くやっていたと思う。子供たち同士でも人数を変えつつ模擬戦をやることもあるから、オレたちが出た頃よりは戦い慣れている。とはいえ、実際の戦も知る大人に勝つのはまだ無理だね。


 ただ、その先は? 戦というものが身近でなくなるとどうなるか分からない。


 まあ、それはその時代の人がきっと考えるさ。


 

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