第2291話・第十二回武芸大会・その十
※2289話で決勝進出者を書きましたが、剣の部門で柳生と愛洲と書きましたが、柳生と真柄に修正しました。
Side:内藤正成
勝ち上がってしもうたな。
相手は皆、一廉の者だ。他家ならば弓で名を上げておった者らであろう。わしが勝てたのは運が良かったのか、神仏の導きか。
ただ、家と一族を守りたい一心で武芸に励み、戦場で使うてこそ武芸であると定めるわしのような男は古いのであろうな。
誰ぞを責める気はない。世が移り変わるのは当然のことだ。少し虚しさはあるがな。
そろそろ試合か。ふと相手である太田殿を見ると、僅かにわしを案じるような顔をしておった。わしが見るとすぐにいつもと変わらぬ様子に変えたがな。
「太田殿、わしはわしなりに武芸大会を楽しんでおる。あまり案ずるな」
ここまで勝ち上がってくる者だ。皆、優れておるのであろう。わしの様子から心情を察してしまう。若いことで理解しておらぬ者も中にはおるがな。
変われぬ男など捨て置けばいいものを。皆、左様な者も見捨てぬのだ。家と一族の働き場を与えてくださるだけでよいというのに、皆で変わろうと手を差し伸べる。
「いや、試合の前に済まぬな。少し気になっただけだ」
楽しんではおるのだ。妻子も一族の者も、皆、楽しんでおろう。ただ、他の者のように挑めぬだけでな。太田殿が気にする必要などない。
斯波家家臣から久遠家に移った唯一の男。他は皆、大殿の直臣になった中での話だ。一時は守護様に疎まれておったのかと噂もあったとか。
もっとも、内匠頭殿の名が上がるに従い、左様な噂は消えたようだが。
「後学のためにお教え願いたい。内藤殿は武芸大会をいかにするべきだと思われる?」
黙った太田殿に変わり口を開いたのは柳生殿か。武芸大会を皆のための場にしようとされておる男。わしのような者の考えすら求めるのか。
「今のままでよいのではと思う。合うこと合わぬことがあるのは戦場も同じ。愚かな戦を減らす以上は、武芸にて身を立てる場は必要であろう」
武士も坊主も民も愚かで勝手だ。おかしなことを考えぬようにするにはよい場だと思う。
「勝っても負けても遺恨なし。それは気に入っておる。あとは……柳生殿や太田殿の心情を理解出来るまで挑んでみるつもりだ」
勝ち上がった者ばかりではない。負けた者も幾人も見てきた。それ故に、半端なままで出場してもよいのかと思うところがあった。
ただ、太田殿や柳生殿、それと先ほど鉄砲で一番となった滝川殿を見ておると、それでもいいのだと教えられた。
「願わくは、戦場でお役に立ちたいがな」
斯波家と織田家を守りたいという思いは、わしにもある。戦となるならば馳せ参じたい。左様な思いは同じだと思う。
そこまで言うと、わしと太田殿の試合の番となった故、試合の場に向かう。
しかし、久遠とは恐ろしいな。人を従えるのではない。その心の在り方を変えてしまうのだ。坊主のように証立て出来ぬことを語ることなくな。
まあ、生きてみたいとは思うのだ。戦のない世を。いささか頑固者であるが、それでもいいというならばな。
Side:久遠一馬
鉄砲部門は益氏さんが優勝した。
ウチの子供たちも益氏さんが勝って大喜びしている。なんというか、勝っても負けても楽しんでいるようで、益氏さんの試合は見ていて楽しい。
しかも益氏さんは加減が上手いんだ。適度に力を抜いて見られるような、そんな様子で頑張ってくれた。
「次は太田殿と内藤殿ですね」
おっとそうか。セレスの顔色が少し真剣になる。
内藤さんに関しては、一族の者が無理矢理出場させたと聞いたから、評定で話し合い、周りが強制することを止めるように信秀さんが命令を出したんだ。それでも今年も出てきたんだよね。
あんまり楽しそうじゃないし、かといって名を上げたいとかそんな様子でもないし。端から見ていると不思議な人だ。
「望まないなら無理強いはしたくないんだけどな」
「そう案ずる必要はあるまい。あの者はあの者なりに自ら出てきたのだ」
思わず本音をこぼしてしまうと、塚原さんが声を掛けてくれた。
「去年の初めは望まず無理に出ておったように見える。だが、今はなにかを求めて出ておる。わしも年老いたからの、僅かながら内藤殿の心情が分かる」
そうか。単純に割りきれない。複雑な思いがありつつも出場したい人もいるか。それに気付かないなんて、オレも未熟だなぁ。
内藤さんの一射目だ。
「ですね。迷いはありません」
セレスの表情が戦闘モードに入っている。どっちが勝っても模範演技として共演するからなぁ。最後に妻たちが模範演技として優勝者と対戦するの、まだ続けているんだ。
オレは心配だから、そろそろ変えたいところもあるんだけど。
衰えて負けたら誰かにその役目を譲ればいいのではと考えているみたいで、それまでは出場するらしい。セレスやジュリアばかりじゃなく、春と夏とかも。今年はウルザとすずとチェリーが妊娠していて出てないから、幾分模範演技をするメンバーが変わったが。
ちなみにセレスは一足先に準備運動とか試射をしてすでに万全だ。ジュリアは今この場にはおらず、模範演技というか、本気の試合をするために準備をしている。
ふたりの試合は接戦だ。あまりに接戦なため、一射ごとに矢が刺さった位置と中心部からの距離を測定しているくらいだ。
弓の競技は、今のところ正確性を競うものだからね。一部には距離を競うことや連射の正確性を競うこともやってみてはという意見があって、そっちも検討されているけど。
観客がいる会場だと、どうしても正確性を競うほうがやりやすいんだよね。
会場では一射ごとに盛り上がり、内藤さんを応援する声も多い。内藤さん自身はどちらかというと寡黙であるものの、武士らしい人だと領民の人気もあると聞いている。
「またすけ!」
「頑張って!!」
ウチの子たちは太田さんの応援をしている。オレも太田さんの応援だ。双方ともに力を出してほしいけど、やっぱり太田さんに勝ってほしい。
太田さんの家族もウチの観覧席で応援しているだろう。太田さんと奥方であるお藤さんの間には二男一女の子供がいて、すっかり賑やかなんだよね。
ウチの屋敷でよく一緒にいるから、太田さんの子たちの気持ちになってしまうところもある。
お父さんに勝ってほしいと願っているだろうなってさ。
「勝った!」
「ちーち、勝ったよ!!」
会場がどよめき子供たちが大騒ぎした。接戦を制したのは太田さんだ。
いや、あまりに僅差なため貴賓席からはどっちが勝ったのか分からず、見届け人による判定待ちだったんだ。
オレはホッとしたね。喉の渇きを覚え、残っていた紅茶を飲もうとして気付いた。いつの間にか手に汗を握っていたことに。
どうしても家臣のみんなの試合は感情移入してしまうな。
益氏さんの分も合わせて、お祝いの宴をしなきゃな。
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