第2290話・第十二回武芸大会・その九
Side:織田信光
大人数での試合、団体戦と久遠では言うが、年を追うごとに変わりつつある。
皆がもっとも楽しみにしていて出場する者が多いのは模擬戦だが、ここ数年は荷駄輸送と野戦築城も出場する者が多い。
昔は雑兵かそこらの村の者にでも荷を運ばせておけばいいと軽んじて当然であったが、戦が変わると功となる場も変わる。
久遠に習い、武官衆では兵站やら補給という言葉も使うが、それらを任せられる者は一馬らの覚えが良くなる。それもあって自ら役目をと願い出る者も多い。一馬らの目に留まった者は立身出世するからな。
荷駄輸送はその年によってやり方が変わるが、数年前から最初の頃の形に戻して運動公園の外を走る形になった。騒ぎを起こしたりすることで数年の間、運動公園内での競技としておったが、今では新参者を含めて決まり事を守ることが当然となりつつあるからな。
そんな荷駄輸送を見ておると、他の者と違う目で静かに見ておる男がいた。
「いかがだ? 兵部」
飯富兵部、武田の者で織田のやり方が気に入らぬと隠居しておったと聞く男だ。ジュリアが自ら声を掛けた数少ない男として皆が驚いた。武官の地位を与えつつジュリアが務める教導奉行の配下に置くと、確かに役に立つ男であったな。
「はっ、皆、各々で知恵を絞っておりまする。今後の礎となることもございましょう」
恐ろしい男だ。己の信念と違うであろう久遠の教えをすぐに理解し、その先のためにと自ら動く男は多くない。立身出世を望まず、まるで長年仕える古参のように斯波家のため織田家のために動いておる。
「戦はさらに変わるか。そなたはいかが思う?」
この男の心の奥にあるものはなんなのだ?
「我らがやらねば、他の誰かがやるだけかと。戦のない世とは戦を起こさせぬ武威と政が必要でございましょう」
分からぬな。されど、それもまた致し方ないことだ。昔の織田ではないのだ。今の織田は気心が知れた者だけではないからな。
一馬の優れたところは、人の心の奥まで求めぬことだ。いかな信念があろうと胸に収めておくだけなら察しても問わぬからな。
わしもそうありたいものだ。されど、気になるとついつい知りたくなってしまう。未熟ということなのかもしれんな。
Side:柳生宗厳
剣術の試合はここ数年、同じ者が勝ち上がってくる。出場する者は多いはずだが、その分、勝ち上がるのが難しい。
すでに流鏑馬や馬上槍の試合は終わり、残るは剣・槍・弓などの武芸の試合と団体戦だ。剣術の最後の試合は拙者と真柄殿だ。真柄殿は愛洲殿に勝っての決勝だ。
他の者が強くなったこともあり、拙者や愛洲殿も負けることが増えたな。
初見の相手に勝つのも難しいが、互いに力量を知った者に勝つのも難しい。だが、それ故、面白い。
槍は前田又左衛門と本多平八郎殿か。若さで押して戦う又左衛門と心技が円熟しつつある本多殿の試合は楽しみだ。本多殿の嫡男、鍋之助殿も武芸においてよき才を見せておる。父として倅が見ておる前で戦うのだ。若い者には負けられぬと意気込んでおる様子だ。
弓は太田又助殿と内藤甚一郎殿か。又助殿は同じ久遠家中故、よく顔を会わせるが、文官としての役目を本分としておるというのに、弓の腕前は武官衆をもしのぐのだからたいしたものだ。
内藤殿は武芸大会に出ることをあまり好まぬと聞いていたが……。今年も出ることにされたらしい。我が殿が気にしておられたのだ。望まぬ者に無理強いをするのは駄目だと。そのため大殿に願い出て無理強いをさせるなと家中にご下命があったほど。
鉄砲は滝川儀太夫殿と明智十兵衛殿か。儀太夫殿は武芸大会を行った当初から出ておった故、馴染みだが、明智殿は去年に引き続き勝ち上がって来たか。二年続けてとなると、確とした力量がある証。
いかな試合になるのであろうな。皆、悔いが残らぬように力を出し尽くしてほしいものだ。
Side:滝川益氏
まさかわしが勝ち上がるとはな……。正直、立身出世を望んだわけでもなければ、己の力量を示したくて出たわけではない。甲賀の頃とは比べ物にならぬほどの暮らしを得た故にな。
理由はひとつ。我が殿は、家中の者らが武芸大会で戦うのを見るのを楽しみにしておられるからだ。他の者は知らぬが、わしはそれだけだ。
忙しい身だというのに、家中の者の試合には足を運んで楽しまれる。故に難しく考えずわしも己が力量を試しつつ楽しむくらいで出場しておる。
我が殿はいくら立身出世しても日々の様子は変わらぬ。仕官した頃のままだ。今でもご自身の寝所は自ら掃除をしておられ、それ以外においても誰かに命じることなく己で働こうとされる。
わしや慶次郎などは行儀がいい育ち方をしておらぬからな。身分に合わせた立ち居振る舞いを求められておれば苦労したであろう。未だかつて我が殿が左様なことを命じたことは一度もない。
慶次郎など、おかげで甲賀におった頃より好き勝手に生きておるくらいだ。
八郎殿は困った顔をするがな。殿はむしろ慶次郎くらい遊んでいいと言うてしまう。しかも本心からだ。
いつからであろうか。殿の在り方を尾張者が真似るようになったのは。公の場とそれ以外を分けて考える。年配の者には目下であろうと敬意を払い、幼子は学ぶばかりではなく、思う存分遊ばせる。左様なことが広まりつつある。
「先手、滝川儀太夫!」
昔を懐かしみつつ待っておると、わしの番となる。気負い? そんなものはない。わしは、敗れたとて笑うて終われる。
殿やお方様がたと共にあるがままに生きて、お仕えするのみ。名を上げることも武功も要らぬ。
「
ほう、今日の鉄砲は随分と素直だな。狙うたところにまっすぐに飛びおったわ。
「楽しそうに鉄砲を撃たれるのだな。武芸を楽しむのではない。今この場を楽しむように」
一息つくと、明智殿に声を掛けられた。なかなか切れ者という噂は確かということか。
「ああ、それがわしのやり方だ」
「滝川三将は、皆、噂以上か」
言葉少なに自身の番となった明智殿は鉄砲を構えた。
滝川三将か。誰が言うたのか知らぬが、わしと彦右衛門と慶次郎のことだ。将というほど戦をしておらぬのだがな。
殿が市井の民に拝まれて困ると言うておられた心情が少し分かる。己が力量以上に評価されるのは迷惑だ。
まあいい、いずれ気付く者は気付く。たとえ世の多くが誤解しようとも殿と同じ久遠家中の者が分かっておればよい。
我ら滝川一党は日ノ本の武士にあらず。久遠の武士なのだからな。
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