第2289話・第十二回武芸大会・その八

Side:真柄直隆


 昨夜は越前から武芸大会見物に来た越前の若い者らと宴をした。


 越前ではなかなか飲めぬ金色酒や尾張澄み酒を飲ませてやると、上機嫌となり越前のことをいろいろと話してくれたな。


 朝倉の殿は、尾張を見聞しろと命じて若い者らを寄越したようだ。


 一方で越前では、斯波と織田との力の差が広がっておる現状に恨み言をこぼす者もおるとか。


 そのうち家中で争い元の尾張に戻る。そう己の願望を語っておった者らが面白うないと騒いでおるのだという。


 公方様は尾張贔屓で三国同盟と共にある。慶寿院様が単身で尾張に武芸大会見物に来られるくらいには気を許しておられるのだ。朝倉家が斯波家と因縁となった原因の一端である管領細川家は、若狭管領殿が生涯若狭から出られぬのではないのかと囁かれておる。


 正しくは三好と争い逃亡しただけだが、公方様は若狭管領殿を無視して政をしており、若狭管領殿が争っておる三好ともその主家である細川丹波守護殿とも上手くいっておる様子。


 最早、流罪と変わらぬと越前ですら噂になっておるのだ。畿内の者らからすると、すでに再起などないと見ておる者も多かろう。


 見過ごせぬ動きもある。越前では病などと称して尾張から戻らぬ宗滴様が悪いのだと言うておる愚か者がおるとか。動けるなら戻せと未だに騒ぐ者もおると聞いた。


「これは真柄殿、次は試合でございましょう? いかがされた?」


 少し思案しておると、菊丸殿と与一郎殿と出くわした。塚原門下でも少し風変わりな男たちだ。いずこか名のある者の庶子であろうと言われ、なんでも顔立ちが公方様と似ておることから足利ゆかりの者とも噂される。


 武芸の腕前もある。共に武芸大会に挑めば本選には勝ち上れる力量はある。もっとも塚原門下の者たちは武芸大会を支える役目を担っておるので出ておらぬが。


「いや、故郷のことを少し考えていてな」


 オレが悩んだところでなにかが変わるとは思えない。ただ、生まれ育った国なんだ。時世も見ずに世の流れから離れてしまうと分かるだけに悩まずにはおれぬ。


「誰もが満足するようなことはありませぬからな。ただ、真柄殿こそが越前の光明でございましょう。勝っても負けても挑み続ける。過ぎたる誉などいらぬという姿こそ、越前の者らが見習うべきもの。いずれ気付いてくれる日が訪れましょう」


 かもしれぬな。


「挑める感謝を忘れねば、道は開けましょう」


 その言葉を残してふたりは去った。まことにその通りだな。尾張者には日々己の未熟さを教えられる。


 戦うしかあるまい。勝っても負けてもな。




Side:久遠一馬


 吉岡さんが昨年の優勝者である奥平さんに勝ったことで、会場は一段と盛り上がった。


「凄いな……」


 強いのは言うまでもないが、どうしても他国の人だと他流との手合わせや強い人と鍛練をする機会がなくて不利なんだよね。奥平さんにしても去年より劣るということは絶対にないし。


「吉岡殿、上様の鍛練のお相手を務めることが多かったから。それに警護衆のまとめ役としてかの者らとの手合わせもしていたわ」


 春の言葉に納得した。


 明らかに去年より戦い慣れている吉岡さんに驚いていたのだが、原因は義輝さんか。鹿島新當流・陰流・久遠流。織田家中で盛んに学ばれている流派を知る機会が多かったわけね。


 警護衆には織田家中から派遣されている人も割といる。そういう意味では尾張に近い環境で武芸の鍛練を積めていたのか。


 これで吉岡さんとすると面目が立つだろう。まあ、警護衆からの参加者たち、吉岡さん以外はみんな予選落ちだから、すでに面目としては十分だったかもしれないが。


「武芸大会に慣れるのも大変そうだからな」


 織田領では、尾張以外でも領国単位で武芸の他流試合は珍しくなくなりつつある。武官は日頃からやっていることだし、それ以外の者たちも鍛練で負けたからと言っていちいち騒がれることはないからね。


 一時の勝敗でどっちが上とか下とか、周囲が決めつけなくなったことが大きいと思う。石舟斎さんと愛洲さんがいい先例になってくれたんだ。


 正直、武芸大会がここまでみんなに受け入れられるとは思わなかったな。


「かずま?」


 おっと、オレの番か。春たちと一緒に試合を見ながら、吉法師君やお市ちゃんたちとも遊んでいるんだ。例によって、みんなで久遠絵札ことトランプをしている。


 ちなみに吉法師君、武芸も好きだ。ウチに来てオレたちが鍛練していると、一緒に参加することもある。無論、年相応にやり過ぎないように参加しているだけだけどね。


 ただ、それでもずっと集中して試合を見ているほどの落ち着きはないんだよね。そのあたりを心配する人もいるが、オレとしては子供なんだからこのくらいでいいと思っている。


「あっ、又左衛門殿ですね」


 次は槍の試合か。利家君が出てくるとお市ちゃんが反応した。いろいろと目立つんだよね。利家君。やんちゃというかなんというか。


 ちなみに史実で彼の正室となった、従妹のおまつちゃんと利家君を結婚させるという話があるはず。詳しく聞いていないが、血縁関係を深めるためだろう。


 おまつちゃんの父親である篠原さんは史実と違い健在で、今も織田家家臣として働いている。そのため彼女は前田家に預けられてはいないという違いがある。


 当然、彼女も学校で学んでいる子のひとりだ。父親が健在なため急ぐ必要がないのか、史実と違い、まだ結婚していない。


 ケティたちが、若すぎる子作りは危険だと指導している影響はあるのかもしれない。結婚年齢に関しては口を出していないが、子作りは女性の体がある程度出来てからが理想と指導しているんだよね。


「おまつ殿が言うていました。又左衛門殿は優しい殿方だと。珍しい品を贈ってもらったりしているそうですよ」


 それは初耳だなぁ。子供たちの情報はお市ちゃんのほうが詳しそうだ。


「意外だなぁ」


「慶次郎殿が若い衆に女性に好かれるための指南をしたとか。又左衛門殿が教えて欲しいと頼んだと聞いています。他にも若い武官衆に教えているとか」


 その言葉にオレと春たちは思わず噴き出して笑ってしまった。史実で叔父と甥だったふたりが、そんな関係になっているとは……。


 というか慶次は、相変わらず只人と違う道を生きているなぁ。モテるからなぁ。そりゃあ、モテる秘訣を聞きに行く人もいるだろう。


 さすがは織田家中でも有数の自由人だ。慶次と信光さんは別格なんだよね。


 ふたりみたいなタイプがあまり増えても困りそうだけど、憧れる若い子は多いのかもしれない。



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