第2288話・武芸大会の最中に・その三
Side:久遠一馬
大会三日目は小雨が降ったことで早めに終わったものの、四日目の今日は朝から各種競技が続いている。
「凄い盛り上がりだなぁ」
四十五歳以上にした大人部門、いわゆる隠居部門が盛り上がっている。これは一昨年から続けている比較的新しい取り組みだが、一時代を築いたような名のある人も出てくれていて、応援するほうにも熱が入っているんだ。
ただ、元の世界では働き盛りの四十代と六十代となると、やはり衰えなどもあり対等とは言い難い試合もある。無論、若い人が必ず勝つというほど現状は甘くないが。
織田家ではもうひとつ上の年齢層に限定した部門を設けるか、検討が始まっている。出場者が多いこととなるべく対等な条件で試合をさせたいという意見からの検討だが、該当年齢の人たちの反応は今ひとつだと報告があった。
若い人に勝ちたい。そういう意識が強いらしく現状でこれ以上の高齢者を隔離するのは侮辱だと怒る人もいるみたい。
ちなみにウチの与力として長年働いていた河尻与一さん、彼も反対しているひとりだ。あまり年寄り扱いして甘やかさないほうがいいと言っていたことには驚いたが。
塚原さんも敗れて若い者のお手本になる道がいいのではと言っていたし、年齢制限は現時点ではあまり進みそうもない。
「一族や領民挙げて応援している人が多いようです」
セレスに言われて気付いた。確かにそうかも。孫くらいの子供たちが応援している姿があちこちで見られる。
「隠居して出家する者が減ってしまったと寺社は嘆いておりますわ。私のところには人手不足と武士との関わりが薄れた現状に困って相談に来る者もいますから」
シンディ、熱田の屋敷の差配より領内の相談役になりつつあるなぁ。お茶を習いつつあれこれと相談を受けることは何年も前からあったが、今では熱田以外の寺社からも相談される。
他にはケティとメルティも似たような感じで相談事が割と舞い込む。ウチに相談してくれるとオレと妻たちで出来ることなら調整してやるしね。不要な争いになるよりマシだから歓迎しているんだけど。
大変そうではある。あまり負担が偏らないようにしないとなぁ。
「出家以前にやれることが増えたしね」
家督を譲り次の世代を育てつつ、一族と領地を守るのに出家という俗世と離れるという形式がちょうどよかったのだろう。北畠晴具さんとかそんな感じだし。
ただ、領地というものがなくなったことで武士の役割は変化した。武官でも文官でも警備兵でも、年配者の人脈と経験は貴重だ。那古野の学校や各地の分校で教師をやることもある。
昔の体制では一族が生きて行くために必要な領地を守ることこそすべてであり、領地を守るために一族や家臣を従える必要があった。ところが現状だと領地がないから、真面目に働いたほうが立身出世するし一族も守れる。
もう少し言うと、自分と近い一族以外はもう守る価値がなくなりつつある。領地を守るために人が必要な時代じゃないからね。
親子や兄弟で家督と領地を争うことも減り、一族のまとめ役は名誉なことだが、同時に面倒なことになりつつあるんだ。
さらに娯楽も増えた。遊女屋などなどを中心に遊ぶ場所も増えたし、相応に人を集められる人だと模擬戦を差配して楽しむこともある。
暮らしに余裕がある人はメルティやシンディが教える絵や茶の湯を学び、そっちに凝る人も結構多い。
なにが言いたいかというと、出家するタイミングが減りつつあり出家の意味も変化しつつあるんだ。
織田家だと何度も寺社と争ったからな。今の年配者は苦労をした人が多い。本気で仏道に入らない人の出家を良くないという価値観が織田家では広がった。
織田一族にここしばらく出家する人がいないのも理由だろうが、出家しなくても働くことも趣味で生きることも出来るんだ。
無論、本気で祈りたい人は出家する。そういう意味では、とりあえず出家して形だけ家督継承をして責任取るとか必要ないから、寺社が本来理想とした形に戻りつつあるんだと思う。
まあ、肝心の寺社はそういう人材が来なくなって困っているのも事実だけど。
「各領国でも隠居して出家していた武士を還俗させて召し抱えていますから。時世が読めて地縁がある人は貴重です」
そうなんだよなぁ。この問題は尾張だけじゃない。尾張以外の領国でも同じ傾向にある。主に文官と警備兵は出家した武士なんかを率先して召し抱えているんだ。武官は戦の形態が変わり過ぎて、そこまで積極的に召し抱えていないけど。文官と警備兵は調整役として年配者の需要が高い。
警備兵とか、最初の頃は身分と合わないからと働いてくれなかった人たちが、今では働かせてほしいと頼んで来ることすらある。
「祈る前に人としてするべきことをまっとうするべきだと。殿が織田家に広めたことを皆が理解し、もっともだと思ったことも大きゅうございます」
千代女さんに真顔でそう言われると反応に困る。オレが新しい思想を広めたみたいに言わないでほしい。
正確には織田家の皆さんが、オレたちのやることから自力で見つけた道なんだ。信秀さんとか信長さんには似たようなことを言った気もするが、それを公の場で発言して誰かに強制したことは一度もない。
千代女さんも分かっているはずだ。とはいえ、この話、あまり突くと藪蛇になりそうだ。話を変えよう。
「寺社も規模を縮小しているところはあるからね。僧兵とか警備兵になった人が割といるし」
寺社、人手不足ではあるが名のあるところが存続に困るほどではない。権威を示すために人を維持しようとしない限りは。僧兵やら牢人を抱えて兵力を維持していたところなんかも、今は最低限の寺社内の警備要員以外は彼らのほうから減らしたくらいだ。
「叡山や熊野の者たちは驚いているはずですわ」
そうだなぁ。シンディの言葉に苦笑いが出てしまう。少し申し訳なく思うところもある。ここまで急激に寺社が変わるとは思わなかった。
本山の命令が来たけどどうすればいいかと、寺社奉行にそのままお伺いを立ててくる寺社が増えたし。東国の末寺末社への影響力をどう維持するのか。彼らも悩んでいるはずだと思う。
叡山とか熊野から高僧が幾人も来ているが、形式以上の歓迎はしておらず武芸大会のために働いている寺社が多いくらいだ。
叡山とか熊野と領内の寺社、対立とかしなきゃいいけど。寺社に残っている人は真面目な人が多いので、中には堕落した寺社に対して過激な思考を持つ人もいるんだよね。
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