第2287話・武芸大会の最中に・その二
Side:とある織田家家臣
これから試合だっていうのに、こいつはいつまで食う気なんだろうか?
「かぁ~、美味え!!」
近頃、尾張で見かけるようになった鶏の串焼きをもう二十本も食うておるわ。
試合前には心を落ち着かせ、己と向き合うべきであろう。それがこやつだけは腹が減っては戦えぬと言うて、あれこれと物売りから買うてその場で食う。
本選に出ておる者の中では三本の指にはいるほどの腕前で、武芸大会くじでは一番人気だ。鍛練では技が荒いとお叱りを受けるが、それを超えるだけの力量がある。
「ほら、てめえらも見ておらんで食え」
「もう腹いっぱいだ」
「オレも……」
滅茶苦茶な奴だが、若い奴の面倒見はいい。織田家では若い奴も相応に俸禄を頂けることから食うに困らぬが、それでも親や一族の手前遊び歩けぬ者が多い。左様な者たちを連れて酒を飲ませることが常日頃からある。
今も本選に勝ち上がれなんだ者たちを連れて、祭り見物だと称してあれこれと食わせておる。さすがに試合前故、当人は酒を飲んでおらぬがな。
「食わねえと強くなれんぞ。店主、あと五本頼む!」
まだ食うのかと皆が半ば呆れるが、当人は気にする素振りなどない。
こやつの場合は、敗れてもまた挑めばいいと軽く考えておる。家を継ぐ立場でもなく気楽だと笑うておるからなぁ。
二十を超えて、そろそろ妻を迎える頃だというのに、左様な話もない。まあ、とある若い娘と親しいらしく、その娘を妻に迎えるのではと噂されておるが。
年寄りの中にはこやつの振る舞いに眉を顰める者もおるが、それで𠮟られることはあまりない。織田の若殿も昔は大うつけと陰口を叩かれておったが、己の道を貫いたことで今があるからな。
さらに内匠頭様や今巴様が、役目の時以外は好きにしろと言うお方だからであろう。もとは久遠家の習慣だったとも聞いた。公の時とそれ以外を分けて考えると。
「そろそろ行かぬと試合の刻限だぞ」
「ああ、そうだな。行くか」
最後の串焼きを頬張った男に声を掛けると、男は店主に礼を言うて立ち上がった。
よう食べる男だが、巷の評判は悪うない。血の気が多いのか、たまに喧嘩をしているが、それも含めて憎めぬ男というところか。
「相手が可哀そうになるな。一族や家を背負い試合をするというのに……」
「そんなもん背負うから負けるんだよ。試合に要らんもの持ち込み過ぎだ」
共にいる男が何気に呟いた一言に男は少し真顔になった。
「武芸大会を立身出世のために使う者ばかりになったら終わりだ」
こやつは、時折、本質を突くようなことを言う。確かにその通りであろう。立身出世のための場になると、武芸大会は血筋や家柄を誇る者のための場になってしまうかもしれぬ。
今は内匠頭様や今巴様がいるからいいが……。
「勝てよ。又左衛門」
「ああ、勝ってやるさ。上を見たらまだまだ遠いからな。こんなところでまけられねえ」
前田又左衛門。派手な格好をするなど、目立つことを好み、型に嵌められるのを嫌う。久遠の言葉で傾奇者と呼ぶとか。
勝ってほしいものだ。そう願うのは、オレも同じだ。
Side:久遠一馬
各競技が白熱している。十一年前の第一回大会から大きく変わったのは、無手の部門かもしれない。
相撲はこの時代にもあるし、組討ちと呼ぶ無手で鎧をまとった相手を制する技などはあるが、久遠流が普及した影響で無手の技術が一段と進化した。
他の剣や槍の部門でもそうだが、武芸大会の形に合わせて武芸が変化するのは以前からあったんだ。無手では打撃技から関節技など多彩な試合が見られる。
剣・槍・無手などは白熱する分、観客も盛り上がり、古い時代の映像で見たプロレスに熱狂する人々の姿のように観客が総立ちで見ていることもあるんだ。
一方、鉄砲や弓、馬上槍や流鏑馬は落ち着いた試合が多い。こちらは通好みというべきか。ゆっくりと長時間試合を見たい人なんかが多いんだよね。
出場者は史実では武勇で名を馳せた人もいるし、そうでない人もいる。藤吉郎やウチの一益さんのように、史実と違う分野で活躍している人も割と多い。ふたりとも史実ほどの地位は得ていないが、評価はそれに匹敵するほど高い。
それに史実で無名だった人も決して劣っているわけじゃないんだ。家を継げないような立場で名を挙げる機会がなかった人なんかが多い。ウチの金さんなんかその典型だろう。
なるべくみんなが活躍出来る国にしたい。甘っちょろい理想論だろうけどね。
ふと槍の試合を見に来ると、目立たぬように観戦している勝家さんを見つけた。
「内匠頭殿か」
過去の優勝者というだけあって周囲にいる人も勝家さんに気付き声を掛けている人もいた。そんな中、勝家さん本人は試合を真剣な様子で見ている。
総奉行になったことで武芸大会への出場を辞めた人だ。今でも鍛練は欠かしていないと聞くが、武官と比べると鍛練に取れる時間は多くないし、半端なことを好まない人だからね。
「三左衛門殿は奥羽から戻られぬが息災か?」
唐突に問われたことに少し驚く。
「ええ、鍛練を欠かしていないようですよ。向こうでは子らに武芸を教えることもあるとか。忙しいはずなんですけどね」
伝説の死闘、世が世ならそんなフレーズが最適に思える試合をしたふたりだ。特に交流はないらしいが、互いに現状が気になるのだろう。
「あの愚か者め。技が荒いわ」
ああ、又左衛門君に文句を付けているらしい。強いんだよね。ただ、若くて荒々しい試合をする。
「もう一度、本気で挑んでみるかい? その気があるなら役職を変えてもいいんだよ」
一緒にいるジュリアが唐突にそんな言葉を掛けた。思わず、エルと顔を見合わせると互いに苦笑いを浮かべてしまう。ほんとジュリアって前置きとかすっ飛ばすんだよね。本質を突く。それは分かるんだけど。
ただ、確かにもう一度あの場に立ちたいのではと、オレにも見えるのは確かだけど。
「いや、今の役目をまっとうしたい。農務という役目で飢えぬようにする。これも楽しゅうてな」
嘘ではないらしい。後悔をしているわけでもない。ただ……、昔を懐かしみ血が騒ぐことはあるみたいだけどね。
「あと二十年、いや、十年でよいはずだ。さすれば、我らのこの十年余りの日々を子や孫の世にも残せる。無駄には出来ぬからな。今までの日々を」
「そうだね。これから十年が胆だろうね」
そのまま勝家さんとジュリアは無言になった。
立身出世も難しいね。ただ、こうして時折、昔を懐かしむように武芸大会を見る日々も悪くないのかもしれない。
勝家さんを見ていると、なぜかそう思えた。
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